■6//霊能者、二宮雲海

 応接室に入ってくるなり、そこにいた東郷たちを見て雲海は怪訝な顔をした。


「ふぅむ、ミスター八幡。こちらの方々は社員さんですかな? 今日はお休みのはずでは」


「ええと……その」


 ちらりと東郷の方を見る八幡父。東郷は席を立つと、二宮に向かって軽く一礼してみせた。


「いきなりすいませんね。俺ぁ経極組の東郷ってぇもんだ。あんたが俺らのシマで面白い商売してるってぇ話を聞いて、どんなもんかと見に来たんですよ」


「なっ……経極組ぃ!?」


 東郷の名乗りに即座に警戒の表情を見せると、二宮は八幡父を睨んだ。


「どういうことだね、ミスター八幡! 経極組といえば、泣く子も黙るヤクザ集団じゃあないか! なんでそんな連中がここにっ……」


「ええと、その。話せば長くなるのですが……こちらの皆さんが、二宮さんとぜひお会いしたいとおっしゃっていて」


「ブルシット! ワタシは帰らせてもらう、こんなところにいられるか!」


 そう声を張り上げると、勢いよく踵を返して応接室を出ていこうとする二宮。だがしかし、扉の外では予め控えさせていたヤスとコイカワが立ちはだかっていた。


「まァまァ、落ち着けって」


「ひぃ!」


 顔だけはいっちょ前に怖いコイカワに凄まれて、二宮は萎縮して尻もちをつく。するとヤスがしゃがみ込んで、いつも通りの気の抜けた顔でこう続けた。


「別に俺ら、取って食おうってワケじゃないッス。なんなら俺、二宮さんの動画よく見てるッス」


 そんなヤスの毒気のなさに若干落ち着いたらしい。二宮は二、三回目を瞬かせると、髭を指でいじりながらこう呟いた。


「む、キミはワタシの視聴者なのかね……ということはまさか、そちらのミスター・ヤクザも!?」


「……まあ、面倒くさいからそれでいいや」


 なんだか妙なテンションのこの男に東郷の方も若干気勢を削がれつつ、雑に頷く。すると二宮は一気に元気を取り戻して立ち上がり、自信満々な顔で東郷に向き直った。


「な、なーんだ、そういうことかねミスター八幡。つまりはワタシのリスナー諸君が、ここでの怪現象をワタシが解決中だと聞きつけてやってきたと……そういうことなのだね?」


「ええと……」


「まあそんなところだよ。二宮さん」


 そう言って二宮の正面に立つ東郷。その威圧感のある強面と巨躯を前に冷や汗を垂らす二宮――そんな彼に、東郷はにんまりと禍々しい笑みを浮かべながらさらに続けた。


「あんた、八幡さんに随分と色々売りつけてるらしいじゃねえか。それもなかなか強気の値段で」


「そ、それがなんだというのだね。……あれはワタシが直々に霊力を込めた特別な除霊アイテムたちだぞ。多少値段が張るのは仕方がないというものだろう!」


「まあ、確かにな。あんたがホンモノの霊能者だって言うなら、安いもんかもしれん」


 そんな東郷の台詞に、二宮は気分を害した様子で髭を落ち着きなく撫でつける。


「……その口ぶり、まるでキミはワタシが詐欺師か何かだとでも言いたいのかね」


「さてね。ただ、もしあんたがホンモノだって言うなら……証拠を見せてほしいのさ」


「証拠?」


 怪訝な顔の二宮を見返すと、東郷は頷いてこう続けた。


「あんたがそれほど大した霊能者だって言うなら、こんな道具に頼ったまだるっこしい手段なんざ使わねえで直接、この事務所に取り憑いてるモノを祓うことだってできるだろう」


 その言葉を受けて、二宮は「む……」と眉根を寄せて唸りながら、視線を泳がせて呟く。


「まあ、無論、できなくはないが……しかしね、霊というものは非常にデリケートなものだからね。直接祓うとかそういうことをするよりはその、こうやって穏便な方法の方が……」


「できるんだな」


「むぐっ……だがね、その」


「なら話は早い。俺たちにもあんたの腕前を、見せてもらおうじゃないか」


 そう言い放った東郷に、二宮は怪訝な顔をした。


「どういう意味だね」


「今日、あんたにはこの事務所で一晩過ごしてもらう。そこで心霊現象が起きたら、あんたにばっちり除霊してもらう――って算段さ。どうだ?」


「じょ、冗談じゃない! あの監視カメラの映像を見ていないのかキミたちは! 明らかにヤバいじゃないか、こんなところに一晩なんていられるものか!」


 怒り出す二宮だったが、その時彼は部屋の片隅で沈黙していた人物に気が付いて、口をつぐむ。

 ……そこでじっとハンディカメラを構えていた、コイカワに。


「あんたがどうしてもイヤだって言うなら、今のやりとりを上手いこと編集して動画として上げるぜ。霊能者で売ってる動画配信者のくせにそんなこと言ってちゃ、マズいだろ?」


「このッ……なんという卑劣な! それでも人間か!」


「人でなしの極道だよ。何とでも言いな」


 肩を揺らして笑いながら、東郷は腕を組んで二宮を睨みつける。


「あんたがこの条件を呑んで、一晩ここで過ごしてくれりゃあそれでいいんだ。……ああ、カメラもしっかり回しておくから、いい心霊現象が撮れたらあんたにくれてやるよ」


「ぬぐ……」


 二宮は冷や汗をだらだらとかきながら、たっぷり数十秒ほど黙り込んで――やがて観念したように、小さく頷いた。


「ようし、そうこなくちゃな。じゃあ今晩は頼むぜ、雲海先生・・・・



 ……そんなやり取りを遠巻きに見つつ、カメラを構えていたコイカワとヤスがひそひそと、


「なんか、どっちが悪党なのかわかんないッス」


「まあ、俺らもヤクザだしなァ」


 などと話していたのは、幸いにして東郷には聞こえていなかった。



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