■5//ポルターガイスト(2)
二階の事務所内部は、なるほどお世辞にも広いとは言えなかった。
およそ十畳ほどだろうか。その中央部に事務机が6個ほど詰められて、さらにその周りを囲むように書類整理用の戸棚などが置かれている。
一番奥はすりガラスの窓になっているが、どうやら方角的にちょうど日差しは入らないらしい。まだ日のある時間帯だというのに、内部は全体的に薄暗かった。
そんな事務所の中、デスクに向かって作業をしていたのは3人の社員らしい男たち。彼らは入ってきた八幡父に気付いて挨拶をしようとして――それからその後ろにいた東郷たちを見て、怪訝な顔をした。
「あの、社長……そちらの方々は、一体?」
「ああ、ええと――きょうご」「社長さんから事務所の内装のことでご相談を受けた業者です。なのでちょいとばかし、中の見学をと」
正直に喋りかけた八幡父を遮って東郷がそう言うと、社員たちはほっとした様子で胸をなでおろしていた。
「ああ、そうでしたか。びっくりした……てっきり社長、また詐欺師を連れてきたのかと」
「僕ぁいよいよヤバいところから金でも借りたのかと思いましたよ」
「馬鹿、お客さんに失礼だろうが」
口々に言う社員たち。どうやら彼らもこのお人好しの社長の性質はよく理解して付き合ってくれているようだった。
「すいませんが、少しばかりお邪魔しますよ」
仕事中の彼らにそう断ってから東郷は事務所の中に足を踏み入れて――瞬間、その顔を険しくした。
「……どうしたの、東郷さん?」
すぐにその異変を察知した美月に、東郷は眉間にしわを寄せたまま呟く。
「分からん。分からんが……どうにも空気が淀んでるような気がしてな」
ちりちりと、首筋がうずくような感覚。鉄火場を幾度もくぐり抜けてきた東郷にとってはもはや馴染みの、敵意の感触――ここにいる誰でもないなにかが、東郷という侵入者に対してそれを向けているのだ。
だがそれを物ともせず、東郷はずかずかと中へと入り込んで、内装を確認しながら八幡父へと問う。
「八幡さん、この事務所になんか曰く付きのものとか、持ち込んだりはしてないですよね」
「それはもちろん。ああでも、戸棚とかデスクとかは全部中古品なので、断言はできませんが……」
その言葉にそれらを一瞥する東郷だったが、とはいえ見た限りでは何の変哲もないオフィス用具ばかりである。
だがそんな中で、戸棚の中にひときわ浮いているものを東郷は発見した。
「……何スか、こりゃあ」
見たところそれは、急須だった。しかもただの急須ではない、「悪霊退散」と汚い筆文字がでかでか書き込まれた、見るからに怪しげな急須だ。
半眼で見つめる東郷に、八幡父は何やら嬉しそうにその急須を戸棚から取り出して見せてきた。
「これはですね、除霊急須です」
「そのまんまッス」「説明になってねェ」
「この急須でお茶を淹れて飲むとですね、魔除けになるんだそうですよ。皆様も是非いかがですか」
「いらんいらん」
東郷が首を横に振ると、「そうですか……」と残念そうに言う八幡父。そんな彼に、美月はというと深いため息をついていた。
「この急須、10万円で買ったのよ」
「10万……解体匠機が買えるッス」
「何だそりゃ」
愕然とした顔で呟くヤスを東郷が怪訝そうに見つめていると、八幡父は今度は何やら別のものを戸棚から出してきた。
それは……監視カメラ映像で見覚えのある、手のひら大のダルマだった。
「これはですね」
「除霊ダルマか?」
「いえ、悪霊退散ダルマです。悪霊の侵入を防いでくれるというものだそうで」
「映像で思いっきり戸棚から落ちてたやつッスね」
「やっぱり効果ねえんじゃねェか?」
「ちなみにこれ、3万円」
木彫りの本格的なものならまああり得なくはない値段だが、あいにくゴム製の子供の玩具みたいな代物だ。お値段相応とはいかないだろう。
微妙な空気が漂う中……見守っていた社員たちが、続々と手元のオフィス用品を手に取り初めて、
「これ、除霊付箋らしいです」
「こっちは除霊ホチキス」
「退魔クリアファイル」
誰もが信じてはいない顔で手元のそれらを掲げているのを見て、美月が頭を抱えていた。
その有様を前に、東郷は額を押さえながら呟く。
「俺らみたいな悪党が言うのも妙な話ですがね、八幡さん……もう少し人を疑うってことを覚えた方が、いいと思いますよ」
「はあ……」
きょとんとする八幡父。まあ、こういう部分が部下などから慕われている要素なのかもしれないが――とはいえこのままでは美月の胃に穴が空きかねない。
そんな忠告だけ残すと、東郷は事務所をもう一度見回してから踵を返した。
「まあ、大体は見させてもらいました。……また明日伺いますんで、後はその時にしましょう」
「分かりました。お待ちしております、東郷さん」
そう言って頭を下げる八幡父と美月、そして社員たちに見送られながら、東郷たちは事務所を後にした。
車に乗り込んだところで、コイカワが生き生きとした顔で言う。
「明日、二宮とかいうインチキ野郎を喚び出してシバき倒すってワケですね! 腕が鳴るぜェ!」
「馬鹿。ンなことして警察沙汰にでもなったらどうする気だ。やらねえよ、そんなこと。そもそもまだ……その二宮とやらが詐欺師だって保証はないんだ」
そんな東郷の返答に、コイカワは意外そうに目を瞬かせた。
「でもよォ、高値でワケのわかんねえもん売りつけて、しかも効果が出てねェんですよ。なら……」
「効果が出るのに時間がかかるとか言われりゃあそれまでだ。だから――明日だ」
「明日?」
怪訝そうな顔をする舎弟二人に向かって、東郷は指示を飛ばす。
「コイカワ。お前はこの事務所を斡旋した不動産屋を調べて、過去に何か起きてないか調べとけ」
「わかりやしたァ!」
「ヤス。お前は……二宮って野郎について調べといてくれ。一晩でやれる範囲で構わねえ」
「ッス! ネット掲示板のスレとか漁ってみるッス!」
口々に頷く二人を見やると、東郷はその顔に悪辣な笑みを浮かべながら宣言する。
「さーて……野郎が詐欺師かホンモノか、しっかりと見せてもらうとしようか」
……そして、翌日日曜日の午後。
先んじて事務所に来ていた東郷が応接室で待ち受けていると、八幡父に案内されて一人の男がやってきた。
年齢は四十代くらいだろうか。撫で付けた黒髪に「それっぽい」羽織姿、そしてとにかく目を引くのが横にやたらと長い口ひげ。
胡散臭さここに極まれり、という外見のその男は――ヤスから「参考に」と見せられた動画に映っていたのと同じ男。
自称霊能者、二宮雲海その人であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます