■4//ポルターガイスト(1)

 その日の予定を確認すると、東郷たちは午後には早速、準備を済ませて美月の父親の会社へと足を運んでいた。

 東郷たちの事務所から車で十数分程度、郊外に位置する2階建てのこぢんまりとしたプレハブの建物に「八幡建設」と控えめな看板が添えられている。ここで間違いないようだ。


 今日はリュウジが不在のため(家族旅行らしい)、代わりに運転をしていたコイカワが車内でぽつりと呟く。


「あー、暑ィ……。カシラ、なんだって今日はこんな格好しねェといけないんです?」


 そう言う彼の格好はというと――普段の趣味の悪いアロハシャツではなく、明らかに着慣れていなそうなビジネススーツ姿。

 パンチパーマはそのままなので違和感しかないが、そんな彼に後部座席、黒のスーツとネクタイをきっちりと着込んだ東郷は「馬鹿野郎」と返す。


「明らかにヤクザだって格好で土建屋の事務所になんざ来たら、何噂されるか分かったもんじゃねえだろうが」


「なるほど……でもカシラはどっちにしろ“スジモン”にしか見えねェですけど……」


「何か言ったか?」


「なんでもねェです」


 そんな会話を交わしていると、社屋の方から二人ほどこちらに駆け寄ってくる姿があった。

 一人は美月、そしてもう一人は――まるでモデルみたいにスーツがよく似合っている、金髪をオールバックで撫で付けた好青年然とした男。

 というか、ヤスだった。


「カシラー、美月ちゃんのお父さん、今ならお話できるみたいッス。……カシラ? なんスかその気味悪いものでも見てるような顔……まさかなんか憑いてるッス!?」


「いや、お前が気持ち悪い」


「ひどいッス!?」


 口を開けばいつものヤスだが、びっくりするほどスーツが似合っているその姿を半眼で見つめつつ、東郷とコイカワは車を降りて社屋へと向かう。

 一階部分、安っぽい立て付けの扉を開けたその中が応接間らしく、そこに作業服姿の美月の父親もいた。


「ああ、東郷さん……どうもご無沙汰しています、美月がいつもお世話になっていて」


「いや、世話になってるのはむしろ俺らの方です。すいませんね、今日は急にお邪魔しちまって」


「いえ、そんな。どうぞおかけ下さい」


 そう言って案内されて、いかにも中古で買ったらしい安っぽいソファに腰掛ける東郷たち。

 その向かい側に美月と父親が並んで座ったのを確認すると、東郷の方から早速話を切り出した。


「それじゃあ、八幡さん。まどろっこしい前置きは抜きにして本題に入りますが……娘さんからこの事務所の監視カメラ映像、見せてもらいました。ありゃあ一体」


 東郷のその言葉に、美月父は難しい顔で頷く。


「この建物に事務所を入れたのが、ちょうど一ヶ月ほど前だったのですが。最初は、ただたまに物が少し動いていたりするだけだったので、誰も気にしてはいなくて――だけど日に日に、動く物が増えたり、備品が壊れることもありまして。念のため防犯用のカメラ映像を確認したら……あのようなことに」


「つくづく運がねェな、あんたも」


「うぅ……」


 コイカワの無遠慮な言葉に肩を落とす美月父。「黙ってろ」と軽くコイカワを小突きつつ、東郷は話を続けた。


「んで、困り果てて探したのが――二宮って霊能者だと。そこまで、間違いはないですね?」


「ええ、はい。皆さんにお頼みするというのも……その、悪い気がしまして」


 苦笑まじりに言う八幡父を、半眼で見つめながら美月が呟く。


「それであんな詐欺師に騙されてたら、台無しじゃない」


「美月、そんなこと言うもんじゃないよ。雲海先生は立派な霊能者さんじゃあないか。『これまでにも同じような経験があったんじゃないか』ってずばりと言い当ててくれたし……」


「心霊現象で悩んでる人の半分くらいは当てはまりそうッス」


「最初に無料でもらったこの数珠だって、いかにもって感じだし……」


「俺これ近くのダ○ソーで見たことあるぜェ」


 口々に言う舎弟どもに、八幡父はしばらく考え込んだ後、しょんぼりと肩を落として東郷を見る。


「……ひょっとして、騙されているんでしょうか、私」


「どうでしょうね。俺たちだって素人ですから、その除霊グッズに効果があるかどうかは分かりません。でも少なくとも、今もまだこの事務所で妙な現象は続いているんでしょう」


「はい……。むしろだんだん酷くなっているような気も、しなくもないような」


「なら、どうあれ次の手を考えなきゃあいけない」


「次の手……ですか?」


 不思議そうな顔をする八幡父に、東郷は頷くと。


「八幡さん、俺たちもその二宮って霊能者に是非会わせてくれませんか。……もちろん、揉め事にする気はありませんからご安心を」


 と、そう提案を示してみせた。そんな東郷に、八幡父は「それなら」と頷く。

「ちょうど明日、雲海先生が除霊の経過を見にいらっしゃいます。ぜひともその時にご紹介できれば」


「そりゃあ何よりです。それと……もうひとつなんですが、よければ例のカメラで映っていた事務所を見せて頂きたい」


「それも構いません。ぜひご案内しますよ――と言っても、手狭ではありますが」


 そう言って苦笑交じりに席を立つ八幡父。

 彼の後を追って、東郷たちは建物二階にある事務所へと向かうこととなった。


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