■呪いノAV-エピローグ(2)

 さて、これからは蛇足である。


「あ、おかえりなさいッス、カシラ」


「ごくろうさんです!」


 事務所に戻った東郷を出迎えたのはそんなヤスとコイカワの挨拶と、大音量で鳴り響く女性の嬌声だった。

 頭を押さえながら奥へ行くと、応接室のテレビ画面で例によってモザイク処理の為されたお見せできない類の映像が流れている。


「お前らな」


「きょ、今日こそ美月ちゃんはいないッスよ! 今日は登校日だからお昼ごはん作り置きしとくって言ってたッス!」


「そういう問題じゃねえよ。っていうかそこまで美月ちゃんに面倒掛けさせてんじゃねえ」


 本当に、こいつらは……。呆れ半分、感心半分でため息をつきつつ、東郷は彼らを半眼で見る。


「よくあんな事件に巻き込まれた後で観られるな」


「いや、これも大事な仕事ですからよォ。“モザイクカクシ”が薄いと各方面から色々と苦情が来ちまいますから」


「この前の即売会で狙ってた同人誌も、消しが薄かったせいで頒布停止になったッス……。消しのチェックは大事ッス」


「知らんが」


 そう言い捨てて奥の自分の椅子に座る東郷。頬杖をついてヤスたちを眺めていると、どうやらまだまだ余りがたっぷりあったらしい、例の桃缶をつまんでいた。

 それを見ながら東郷はなんとなく、彼に向かって口を開く。


「そういや、ヤス。今回はその桃缶が随分と役に立ったし……礼を言っといてくれ」


「はいッス! うちのクソジジイに礼を言うのはちょっと抵抗あるッスけど、伝えとくッス!」


 そう返すヤスに東郷は「ん?」と首を傾げた。


「実家って、神社の方からだったのか」


「? そうっスよ。うちの親父の方は、世界中を飛び回っててどこにいるかも分からない人ですし」


「いや、てっきりお袋さんの方かと。最近よく会うし、今回も助けてもらったしな」


 そう言った東郷に、ヤスは珍しく露骨に怪訝な顔をしてみせた。


「……カシラ? どういうことッス?」


「いや、お前のお袋さん――いや、正直あんなちっこいのがお前のお袋さんだってまだ信じ切ってねえけど、燐ってぇ人のことだよ」


 そう言う東郷に、ヤスはしばしの沈黙の後で自分の携帯を取り出し、何やら一枚の写真を表示させた。

 そこに映っているのは彼女――着物姿で微笑んでいる宮前燐だ。


「この人ッス?」


「ああ、そうだ。ひょっとして、母親ってのは嘘で兄妹とか、そういうオチ――」


「死んでるッス」


「………………あん?」


 思わず訊き返した東郷に、ヤスは青ざめた顔のまま、


「うちのかーちゃんは、俺がちっちゃい頃に失踪して……その後、死んだって聞かされてるッス」


 なんて、そんなことを言う。

 そんなバカな。彼女とは何度も会話をしたし、何ならあの地下で、彼女がいなければ東郷は死んでいたかもしれない。

 それに美月だって、彼女のことは認識していたはずだ。

 信じられない気分のまま東郷は、名刺ケースに仕舞っていた燐の名刺を取り出し――紙面を見て固まる。

 そこにあったはずの電話番号などの情報は、きれいさっぱり消え失せていて。

 ただ真っ白な名刺の片隅に、彼女の手書きの下手くそな猫の絵と――


『バレちゃいました☆』


 という手書きの一文が、ひっそりと添えられていた。

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