■16//DAY3:仁義
ここまでたどり着いた東郷たちを見て、西行はというと流石に驚いたようだった。
祭壇の上であぐらをかいていたかと思うと、東郷たちを見て慌てた様子で立ち上がり――芝居がかった動作で彼らを見回し、目を丸くしてみせる。
「おいおい、まだ生きてたのかよ。しぶといなぁ?」
「てめぇみたいなくたばり損ないには言われたくねえな」
そう東郷が返すと、西行は口の端を歪めて肩をすくめた。
「吠えやがるぜ。……ったく、途中に念のため罠も張ってたはずだが」
「あんなもんで足止めできるかよ。全部叩き壊してやったぜ」
東郷の言葉に、後ろの舎弟たちも頷いて各々の武器を構えてみせた。
そんな血気盛んな様子に、西行は「マジかよ」と呟く。
「ったくよぉ、メチャクチャしやがるな。綺麗に殺してやって俺の依代にしてやろうと思っていたが――やっぱりてめぇは確実に、俺の手で殺しておくべきだったぜ」
そんな彼の言葉に、東郷は怪訝な顔をする。
「依代? ……どういう意味だ」
「文字通りの意味だよ。ああ、そういやさっきはそれを言う前にいなくなっちまったんだったな」
けらけらと笑うと、東郷から奪った例のビデオテープを取り出して掲げてみせる西行。
「呪詛で殺した人間の命――そいつを集めて、この世とあの世の間に通り道を作る。それがこの村で伝わっていた、反魂法ってぇ奴でな。だがその術を成立させて死人を蘇らせるためには依代……つまるところ、魂が入る体が必要ってわけよ」
そう言いながら西行は自身の体……草壁の顔を軽くつねった。
「もともとは、俺の血が入っているこいつの体を依代にするつもりだった。そのために『境界印』の前であの女を孕ませて、こいつを産ませたんだからな」
彼が言っているのはあのビデオに記録されていた行為のことだろう。だとすれば――
「……最初から、自分の入れ物にするために草壁を産ませたってのか」
「おうとも。……いや、まさかそれから数年後に、殺されて死んじまうたぁ思ってなかったけどな」
くけけ、と笑ってみせた後、西行はさらに続けた。
「このビデオを作るのも大変だったんだぜ。ビデオの撮影でじっくりと嬲って、
「……おい、まさか――」
なにかに勘付いた東郷に、西行はにんまりと厭らしい笑みを浮かべながら頷く。
「てめぇの父親と母親の命も、こいつの材料にしてやったよ。……ま、そのせいでビデオの呪詛がようやく完成した直後に俺がおっ死ぬとは、流石に思ってもみなかったがなぁ」
「てめぇ――」
東郷よりも先に、散弾銃を構えて声を荒げるリュウジを……東郷は手で制しながらじっと、西行を睨む。
「回りくどい話しをしやがって。……そんなことよりさっきの話だ。てめぇは俺を依代にしようとしたって言ったな。そいつぁどういう意味だ」
少なくとも今の彼は、ビデオによって蒐集した命を使って半ば黄泉返りを果たし、草壁の中に入り込んでいる状態のはず。
ならばそのままでも良いはずだろうに、なぜ今度は東郷を依代として狙うのか。
そんな東郷の疑問に、西行はあくまでこちらを見くびっているのだろう、軽い調子でこう答えてみせた。
「文字通りさ。こいつの体は馴染み自体はいいんだが、いかんせん妙なところで
「だから」と彼は指を伸ばし、東郷へと向ける。
「だから乗り換えようと思ったのよ。てめぇなら、とにかく体は頑丈そうだしな――この俺の入れ物としちゃあ悪くない。そういうわけで、あそこでゆっくりと綺麗に水死してもらおうと思ったわけさ。
「ああそうかい。長々と教えてくれて、ありがたいこった」
そう吐き捨てると――東郷は腰の白鞘に手を添えて、臨戦態勢の構えをとる。
「どうあれ、そこにある骨がこのクソッタレな呪いの核なんだろ。なら……そいつを叩き壊して、ついでにてめぇもあの世に送り返してやる」
それに併せて舎弟たちも身構えるのを見て、西行は小さく鼻で笑った。
「……ったく、暴力的だねぇ。ヤクザのカチコミかよ。てめぇら勘違いしてるみてぇだけどな、ここまでの道すがらに置いていたのはこのテープのダビング品、単なる劣化コピーだ――本来の呪詛は、比べ物になんねえ。チャカやドス振り回したところで相手になんねえぞ」
「うっせーッス! やってみなきゃ分かんねえッス!」
「そうだそうだァ、俺らァとっくに慣れてんだ、怖かねえぞ!」
一歩も退かずにそう吠えるヤスとコイカワ。リュウジも無言ながら、気合十分に散弾銃を構え直して東郷の指示を待つ。
そんな彼らを背中に感じながら、東郷はまっすぐに西行を見つめ。
それからいきなり中腰にかがむと、白鞘に当てていた右手を離して――掌を上に、手招きするような格好でもって重々しく口を開いた。
「――お控えなすって、お控えなすって。これよりあげます言葉の後先、粗忽者ゆえ前後を間違いましたる節は、まっぴらご容赦願います」
その場にいた者の誰もが、東郷のその姿勢、その口上でもって理解する。
仁義を切る……それは任侠同士の、古い挨拶の流儀だ。
唖然としている西行に向かって、東郷は着ていたジャケットを脱ぎ捨ててシャツも乱雑にはだけさせ、その背の「白虎」を晒しながらさらに続けた。
「手前――稼業上親と発しますは、経極家三代目を継承いたします、経極兵三郎に従います若い者、姓は東郷、名は兵市。稼業を若頭、人呼んで『経極の白虎』と発します」
厳しく発されるその言葉は決して怒声ではなく、ただただ静かで……しかしそれゆえに広間の中でよく響く。
広げていた右手を再び白鞘に添えると、東郷はその体勢のままするりと刃を引き抜いて。
「――面体お見知りおきの上、万事万端。ドクサレ外道のクソ悪霊は、手前の白鞘にて斬り捨て御免と参りましょう」
切っ先を西行に向けてそう宣言すると同時――西行の顔に、愉快そうな笑みが浮かんで。
それから弾かれるようにして、両者が動いたのは同時だった。
開戦の号砲のように響いた銃声は、西行のもの。
両者の距離は、10メートル程度。決して遠くない距離ながら、しかし西行の狙いを読んだ東郷は当然のように白鞘の刃で銃弾を弾くという曲芸を見せてすり足で一歩を詰める。
たった一歩、しかしそれだけで5メートルほどの距離を一瞬で踏み越えて西行へと迫る――が、まだ一足一刀の間合いには遠い。西行が放った次射が頬を掠めるのもいとわず、東郷はさらにもう一歩踏み出そうとして……しかしそこで足が止まった。
草壁の母親の怨讐たるあの「髪」が、地中から無数に這い出てまとわりついてきたのだ。
「くそったれッ」
悪態をつく東郷に、西行が嬉々として銃口を向けようとして。しかし東郷の肩越しに何かに気付くと同時、彼の足元から生え伸びてきた「髪」が壁を作り――彼に向けて放たれた散弾を防ぐ。
リュウジだ。彼が撃ったのだ。そして、参戦してきたのは彼だけではなかった。
「ほらほら、散るッス! 悪霊退散ッス!」
「オラオラ、近付くんじゃねェ気色悪ィ!」
言いながら木刀片手に塩を辺りの地表に振りかけているヤス、そして隣でコイカワも、塩が掛かって動きが鈍った「髪」をバットで殴りつけている。
例によって塩は有効らしい。湧いてきたかと思ったらすでにヤスとコイカワの応戦だけであっさり力を失い、数を減らしつつある「髪」を見て、西行の顔に初めて焦りが浮かぶ。
「んだよ、そりゃ。清めの塩程度であれだけの呪詛が弱体化されるとか……アリか??」
その隙を、東郷が見逃すはずもなく。足元の「髪」を斬り伏せると一気に突っ込み、祭壇を目指す。
東郷の狙いは西行ではなく、呪詛の中核たる草壁の母の骨。それを察知して西行も手をかざし、新たな「髪」が土中から起き上がってくるが……呪詛に塗れ呪具と化した東郷の白鞘の前ではそれこそただの髪同然に切り払われてゆく。
「なんだってんだよ、その気味の悪ぃ長ドスは――」
「てめぇみてぇな死にぞこない野郎にだけは、言われたくねえだろうよ!」
東郷に銃口を向けようとする西行だったが、もはや間合いは東郷のもの。
「――草壁、悪ぃがお前にもケジメはつけてもらうぜ!」
そう言い放つと同時に東郷の剣閃が奔り、とっさに防ごうとした西行の右手……握られた拳銃ごと、その小指がすっぱりと斬られて宙を舞った。
血の玉が弾け、苦悶の呻き声を漏らしながら後ずさりする西行。東郷が峰側に持ち替え、さらにもう一撃を加えようとした……その時。
「……なっ、がっ、ぁ……!?」
――急に西行が、体を震わせて悶え始めた。
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