■15//DAY3:地下水脈

 ヤスの提案に乗って、一行が向かったのは屋敷の外――庭にあたる場所だった。

 その一角を探っているうち、コイカワが「おっ」と声を上げる。


「ありましたぜ!」


 彼が指差した庭の一角。そこには地下へと降りる通路だろう、鉄の取っ手がついた重い石蓋があった。


「やっぱり、思った通りッス!」


「やるじゃねえか、ヤス」


 喜ぶヤスをそう労うリュウジ。

ヤスの提言は、こうである。屋敷自体の構造が例の「死霊の館」と同じなら、地下通路の構造も一緒なのではないか。だとすれば、あの「死霊の館」と同じように、地下通路へと繋がるもう一方の経路が庭に用意されているのではないか――というわけだった。

リュウジとコイカワが二人がかりで蓋を開けてみると、中は暗く、先が見えない。

試しに近くに落ちていた小石を投げ込むと、乾いた音が聞こえてくる。……どうやらこの先の空間は浸水してはいないようだ。

 「死霊の館」での位置関係を考えると、西行が入っていったあの壁の先は恐らくこの空間と繋がっているはず。

 加えて、この雨ながら出口周囲に足跡の類がないところを見るに、出ていったわけでもないのだろう。ならば――奴は間違いなく、まだ地下にいる。


「入るぞ」


「ッス!」


 そう声を掛けながら一番に東郷が、その後をヤス、コイカワ、リュウジが続く。

 鉄製の梯子を伝ってしばらく下ると、やがて足が地についた。手に持った懐中電灯で辺りを照らし出すと――そこに広がっていたのはおよそ人の手が入ってはいないであろう、広大な鍾乳洞だった。

 高い天井からは幾重にも鍾乳石が垂れ下がり、地下水脈の影響でできたものだろう、洞穴が奥まで伸びている。


「……地下水脈、ってか。こんなところに繋がってるとはな」


 呟きながら進んでいく東郷を、舎弟たちも周囲を警戒しながら追っていく。

 懐中電灯の明かりだけが頼りで、足元はおぼつかないが……聞こえてくる流水の音に、東郷は耳を立てる。

 どうやらすぐ近くを水路が通っているらしく、照らしてみると東郷たちの歩いているすぐ近くを小川が流れているのが見えた。


「カシラ。西行がどこへ逃げたかは、分かるんで?」


 散弾銃を周囲に向けて警戒しながらそう問うたリュウジに、東郷は「ああ」と頷く。

 そんな東郷の手元にあったのは、彼の携帯電話――その画面には、GPS地図が表示されていた。


「念のため、例のビデオに発信機付けといて正解だったぜ」


「さすがカシラ、抜かりなさがマジに怖いッス」


「どういう意味だ」


 なんでもないッス、と首をぶんぶん横に振るヤスをひと睨みした後、東郷は地図の表示に視線を落とす。位置情報を見る限り、やはり奴はこの地下水脈の先にいるようだった。

注意深く周囲を見回しながら、一歩一歩足元を探って歩を進める一行。ろくに整っていない足場だ、油断すればすぐに隣を走る水脈に落ちかねない。

 そうして進み続けるうち――あるところでヤスが「ぎゃっ!」と盛大に大声を上げた。


「なっ、なんだてめェヤス! うるせェぞ馬鹿!」


「だって、コイカワさん、あれぇ……」


 そう言ってヤスがヘッドライトで照らした先。そこにあったものを見てコイカワもまた「うぇ」と気味悪げに呻く。というのも。

 鍾乳洞の壁面……その一角の岩の間にはまり込むように、一台のブラウン管テレビが鎮座していたのである。


「……妙なことしやがるな。なんだこりゃ」


 呟いて東郷が目を落としたのは、テレビの置かれている辺りのちょうど前――突き立った日本の尖った岩に括られた、注連縄だ。

 見たところまだ新しいもののようで、間にはご丁寧にしっかりと紙の四手も垂らされており、その置かれ方はまるで神棚か何かのようにも見える。


「誰が置いたんスかね、こんなん……」


「どう考えても、西行の野郎だろ。……だが、だとすれば――」


 そう東郷が呟くのと、ほぼ時を同じくして。不意にテレビ画面が点滅し、砂嵐の画面が表示された。

 ざー、という耳障りな音に肩を跳ね上がらせるコイカワとヤス。東郷は白鞘に手をかけ、リュウジが迷いなく散弾銃の銃口を画面に向けようとして――しかし全員の動きが、そこでぴたりと止まった。


「どうした、お前ら」


 怪訝に思って舎弟たちを見回す東郷。だが彼らはその視線をテレビ画面に釘付けにして、微動だにしない。

 画面を見ると――そこにあったのはさっきまでの砂嵐ではなく、あの反魂の赤い印。

 東郷にはただそうとしか見えずにいたが、どうやら他の面々にとっては違うようだった。


「おっ、おほォ……! なんだよ、なんでこんなところにいきなり美人のねーちゃんがいるってんだァ……? しかも、へへへ、なんか色々見えちゃって――」


いきなり鼻の下を伸ばしながら、うわ言のようにそんなことをのたまい出したのはコイカワ。何を言い出したのかと東郷が注意を払うよりも先に、隣のヤスもまた蕩けたような顔をして、


「ななな、なんで魔法少女プリティ☆任侠ちゃんが!? 本人!? 本人なわけないっス! 二次元なのに――え? プリティ☆任侠ちゃんは二次元じゃない……? 現実? プリティ☆任侠ちゃんは現実だった……?」


 何やら途中から悟りを開いたような顔をしてそんなことを呟き出す。ちなみにプリティ☆任侠ちゃんというのは、東郷はよく知らないがヤスがよくコイカワと一緒に見ている日曜朝のアニメ番組だった。

 もしやと思いリュウジを見ると、彼は散弾銃を構えたまま、その場で棒立ちのまま止まっていて。


「リュウジ、お前は大丈夫か――」


「…………」


 しかしその鼻からはぼとぼとと鼻血が垂れていて、やがて彼は散弾銃を取り落しながらそのままの姿勢で固まり続けた。

 彼もダメだったようだ。そう認識するや東郷は元凶と思しきブラウン管テレビに向き直り、その白鞘を引き抜こうとして――しかしどうしたことか、ついさっきまでそこにあったはずのテレビは忽然と姿を消している。


 代わりに、あのテレビが置かれていたはずの場所に……どうしたことか彼女が。

 八幡美月の姿が、そこにあった。


「……美月、ちゃん?」


 いつもの制服姿で、そこに立っている彼女。

 東郷が呼びかけると、彼女はゆっくりと東郷の方へと近づいてきて――妙にしっとりとした、艶やかな笑みを浮かべて手を伸ばしてきた。

 背を伸ばして、抱きつくように東郷の首へと腕を回してくる美月に、東郷は思わず「おい」と声を荒げる。

 年齢の割に豊かな彼女の胸元の感触が、温度が、胸板に伝わって。それらから意識を逸しながら、東郷は彼女に向かって告げる。


「どうしたんだ美月ちゃん。なんだってこんなところにいるんだ、おい……」


 だが彼女は、答えずに。東郷に体重を預けるようにしてきて、そのまま潤んだ瞳で彼を見て……何を思ったことかその唇を近づけてくる。

 一体何が起きている。思考を巡らせようとするが、頭に靄がかかったように考えがおぼつかない。

 このまま場の空気に流されて、ただ身を委ねてしまいたい。そんな生温かな無気力に包まれかけて――しかしその刹那、東郷が感じ取ったのは首筋に走る強烈な寒気。

 強い敵意を感じた時特有のそれに、東郷の意識と肉体は強制的に闘争の形へと組み替えられ、呼び覚まされる。

 思考はクリアに、視界ははっきりと雲が晴れ。

 すると……そこにいたのは、美月ではなかった。

人の形に混ざり合い、組み合わさった、おびただしい量の「髪」の集合体――それが口を開けて、東郷に向かってその口から「髪」を伸ばしていたのだ。


「――ッ!」


 動けるようになった体でとっさに片手の白鞘に手を伸ばすと、東郷は眼前の「髪」を袈裟懸けに斬り捨てる。

 断末魔の声もなく、斬られた瞬間に単なる毛束となってぱらぱらと地に落ちる「髪」。それを踏みつけにしながら東郷が他の面々を見ると、彼らの体にも同じように「髪」がまとわりついていた。

 一人ずつ剥がしていてもキリがない。視線を移して「髪」の出処を探すと、それは案の定あのブラウン管テレビ。

 ――ならば、手っ取り早いのはこうだ。


「……らぁッ!」


 白鞘を振りかぶり、渾身の力でもってテレビの画面に振り下ろす東郷。すると金切り声のような耳障りな音とともに画面が割れ飛び、瞬間、舎弟たちにまとわりついていた「髪」も力を失った様子でその場でぱらりと落ちて散らばる。


「おい、大丈夫かお前ら」


 そう言って棒立ちになっていたコイカワを小突くと、彼ははっとした様子で辺りを見回して、呆けた顔で「あれェ」と呟いた。


「今ここに、とんでもねェボン・キュッ・ボンのマブいねーちゃんが股開いてたんですけどよォ……いや、ンなわけねえよなぁ……何だったんだ?」


 その横でしゃがみ込んでいたヤスも同様に意識をはっきりさせたようで、東郷たちの顔をまじまじ見回すと「三次元ッス!」と訳のわからないことをのたまっていた。

 彼らの様子に眉根を寄せながら、立って固まったままのリュウジを小突く東郷。すると彼はすぐに落としていた散弾銃を拾い上げると、鼻血が垂れた顔のまま東郷に向き直ってぽつりと呟いた。


「うちのカミさんが、目の前に出てきました」


「そうか。鼻拭け」


「うっす」


 無言でポケットからティッシュを取り出し鼻を拭くリュウジから視線を外し、東郷は壊れたテレビを一瞥しながら呟いた。


「どうやらこいつに幻覚みてぇなもんを見せられていたらしいな。もう少しでお前ら、あの『髪』の化け物と合体するところだったぜ」


「イヤすぎるッス……」


 呟いて震え上がった後、ヤスは「でも」と付け加えた。


「あの幻覚……めちゃくちゃエロかったッス。俺の最推しキャラが薄い本みたいなこと言って近づいてきましたし……」


「確かになァ。……ひょっとしてアレか、あの幻覚見せられるから例のビデオを観た連中が『最高のAV』とか言ってるのか!」


 両手を叩いてそう声を上げたコイカワに、ヤスも「そうに違いないッス!」と同意した。


「きっとアレっスね。その人間が一番性的に見ているモノが出てくるとかそういう奴ッス」


「お前二次元かよ。いや、悪いたァ言わねえけどよォ……」


「含みを感じる言い方ッス!」


「うるせぇな、馬鹿なこと言ってんじゃねえよぶっ飛ばすぞてめぇら」


 東郷の一喝で「すんませんッス」と押し黙るヤスとコイカワ。と、そんな折にリュウジがぽつりと呟いた。


「カシラは、美月ちゃんでも出ましたか?」


「ぶっ――リュウジてめぇ、何ヤスみてぇなこと言ってやがる。殺すぞ」


 そう凄む東郷に、彼はしかし珍しく小さな笑みを浮かべて返すのみで。

 東郷は鼻を鳴らしながら、すでにガラクタと化したテレビを蹴飛ばして歩き出した。


――。

 そうして、正確なところは分からないが数十分は歩き続けたか。


「……ったく、いい加減芸風がマンネリなんだよ、クソッタレがよ!」


 そんな苛立ちに満ちた怒号とともに白鞘で殴り飛ばされたブラウン管テレビが、鍾乳洞を転がってそのまま水路へと落ちてゆく。

 後に続く舎弟たちの態度も、もはや皆一様に真顔。というのも……


「これで5個目ですかね。足止めとしても、そろそろ見飽きるってもんです」


 どこか呆れたように呟くリュウジの言葉通り、すでにこの地下水脈に侵入して、例のブラウン管テレビとは5回に渡って遭遇していたのだ。


「幻覚の中身も、芸がねえ。同じモノ見せられたところで、バカ以外は二回目で気付くっての」


「俺らバカっス!?」


 そう言って衝撃を受けるヤスとコイカワは、性懲りもなく3回目くらいまでは例の幻覚で何度も鼻の下を伸ばしていた面々だった。

 とはいえ、一度手品の種が割れてしまえばなんのことはない。東郷が蹴り飛ばし、あるいはリュウジが散弾銃で吹き飛ばし――もはや例のテレビは、罠としての機能は果たしていなかったといえた。


「でも、今回のやつは少し変化球でしたね。見た人間の恐れるもの……ってところでしょうか」


 そう呟いたリュウジに、東郷は頷く。ちなみに彼の前に今回現れたのは親父殿……経極組の現組長たるあの好々爺だった。


「お前らは、何が見えたんだ」


「カシラっス」


「カシラでしたぜ」


「カシラですね」


 口を揃えてそう返す舎弟どもに何か言おうとして、けれどため息とともに流すと、再び前を照らしながら歩を進める。

 最初はまるで人の手が入っていない――そう認識していたが、探索するうちに東郷はその認識を修正していた。この妙なテレビはもちろんのこと、足場についても一定の部分は最低限道として均されており、どこかへと続いている。

 壁面にもまたやはり注連縄が張り巡らされ、あるいは呪符のような古びた紙切れが貼られていたりして、どうやらこの洞窟は随分と昔から……何かしら宗教的な用途で使われていたようだ。

 歩いているだけでも、常に敵意のようなものを感じ続ける。この場所に込められた怨念、とでも言うべきか。それは相当のものであるように思えた。

 そうこうして、さらに数分ほど歩いたところだった。

 流れる小川の音が、不意に絶え。一行の目の前に拓けていた道は途切れ、ただ岩壁だけが、そこにあった。……行き止まりだ。



「……行き止まりッス」


「見りゃ分かるってェの。……でもおかしいですぜ、カシラ。俺らが見てた限りじゃ、一本道でしたもん」


「ああ、そうだな。……どうなってんだ、こりゃ」


 舌打ちしつつ、携帯電話の画面に目を落とす。明らかに圏外だが、東郷の用意していたアプリは登山などの用途でも用いられるもの。問題なく地図は表示されている。

 地図上は、どうやらこの場所は千引ちびき山という山の中腹に位置しているようだった。山の中をそのまま入っていっている――といったところだろう。三次元的な位置関係こそ分からないが、西行の持っているビデオテープに取り付けたGPS発信機もほど近くには表示されている。

 いや、というよりは……もう目と鼻の先と言っても良い。

 顔を上げて正面の岩壁をもう一度見る。扉のようなものがあるわけではない。だが……よくよく隅まで懐中電灯で照らしていると、ある箇所に、例の「印」があった。


「……『門』、か」


 燐の言っていたことを。それから、先ほどの――西行があの地下室から逃げた時のことを思い出すと。

 東郷はその印のある部分へと近づいて、そのまま岩壁に、拳を打ち付ける。

 衝撃音は――ない。代わりに、その場にいた全員が、その有様に目を疑った。

 岩壁を殴りつけた東郷の右腕が、その中へと吸い込まれるようにして入っていたのだ。


「カシラ、それどうなってるッス……?」


「分からん。だが、あの地下室にあった『印』――西行はあの時、壁に入っていった。ならここも同じようになっていても、不思議じゃねえ」


 そう言うやずいずいと壁に入っていく東郷。その後を次にリュウジが、それから二人して戸惑うように顔を見合わせた後でヤスとコイカワも駆け込んで――次の瞬間、目を開けた彼らの前に広がっていたのは、広大な空間だった。

 背の高い、ドーム状にくり抜かれた広間。壁や天井には洞窟と同様に、けれどよりびっしりと札や注連縄が巡らされていて、それだけで独特の気味の悪さがある。

 そして何より……広間の、そのちょうど中央付近。

 そこには白木で組まれた、祭壇のようなものが配置されていた。

周囲をやはり縄で四角形に仕切られた、大掛かりなものだ。だが奇妙なのは、その中央に祀られているのはブラウン管テレビが一台と……人のものと思しき白骨。

 そしてそこにいた人物の姿を見て、東郷は白鞘を握り直しながらその名を呼ぶ。


「……西行ォ。今度こそ、ぶっ殺しに来てやったぜ」


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