■14//DAY2:反魂法(2)
「あんた……どうして、ここに」
さすがに思いもよらないその登場に、東郷は驚きを隠しきれずに彼女をまじまじと見る。
一体いつの間にここに。そう問う前に彼女は肩をすくめて呟いた。
「細かいことは、後です。まったくもう、ちゃんと頼って下さいと言っておりましたのに――」
言いながら東郷の手に絡みついている「髪」を一瞥すると、着物の袖口から彼女が取り出したのは扇。
「――離れなさい」
呟きながら彼女が扇を軽く払うと同時。巻き付いていた「髪」は力を失い、東郷は腕の自由を取り戻す。
そうなってしまえば後は何ということもない、腰の白鞘を引き抜くと足に巻き付いていた「髪」をあっさり切り払い、東郷はそのまま水を押し分けて出入り口の方へと向かっていった。
階段を登ってひとまず仏間まで戻ったところで一息ついていると、水滴ひとつ付いた様子もなく燐もまた横にいた。
色々と疑問はあるが、もはや超常的なことが起こりすぎていて今さら気にしても仕方がない。それよりも、ひとまず東郷は彼女に頭を下げた。
「助かったぜ。久々に死ぬかと思った」
「ふふ。お役に立てたようで何よりです」
そう笑ってみせる彼女に、東郷は気になっていたことを問う。
「……それより、どうしてあんたがここに?」
「いやぁ、事務所を出てから忘れ物があって、戻ろうとしたのですが……ちょうどその時東郷さんが知らない顔のヤクザさんと神妙な顔でどこかに行くのが見えまして。ひょっとしたら、と思ったわけです」
「大した勘だな、あんた」
「母の勘は強し、ですよ」
ふふ、と可憐に微笑んだ後、彼女は「それより」と続ける。
「さっきの方……あの方が例の、草壁さんという方ですか?」
「いや、ちょいとばかし妙な事情でな。どうやら今は中に西行が……草壁の父親だった男が乗り移ってるらしいんだ」
「乗り移り。憑依、ということですか」
目を丸くして反芻する彼女に、東郷は先ほどに聞いたあらましを伝える。
この村の呪術師の血族であったという、西行。彼は「反魂の術」を用いて蘇り、草壁の体に憑依しているのだと。
その話を聞き終えて、燐は難しい顔で「ふむ」と唸った。
「……だいたい分かってきました。だとすればこれは、非常によろしくないですね」
「どういうことだ?」
そんな問いに。彼女は東郷をじっと見つめてこう続けた。
「例の、呪いのビデオ――西行は恐らくそれを使って命を蒐集し、その力で自身の黄泉返りを果たそうとしているのでしょう。だとしたら……」
彼女が何やら言いかけたその時。屋敷の入り口の方から、何やら複数の足音が聞こえてくる。
警戒の構えをとる東郷だったが、しかし燐が「大丈夫です」となだめてくる。
「舎弟の皆さんです。私の方から、ご一報差し上げておきました」
「そいつは……何から何まですまねえな」
「いえ。今までヤスくんを何度も助けて頂きましたから、ご恩返しとしては安いものです。それより……最後にひとつ」
そう言うと、彼女は東郷から一歩離れながら最後にこう付け加えた。
「今はとにかく、草壁さんを追って下さい。皆さんの呪いを解くためには、西行というその術者を祓うしかありません」
そんな言葉の一瞬後に、仏間に足音が近づいてきて見知った顔たちが入ってくる。
散弾銃を構えてフル武装のリュウジにヤス、しかもコイカワまでもが、全身に包帯を巻いて腕は三角巾で吊った満身創痍の状態で参上していた。
「カシラ、ご無事でしたか!」
「めちゃくちゃびしょ濡れッス! 大丈夫ッスか!? タオルあるッス!」
東郷の姿を認めるなり口々に声を上げる舎弟ども。そんな彼らを見回して、東郷はぶっきらぼうに鼻を鳴らす。
「なんてことねえよ。幸い、助けも早めに来たんでな」
「助け……?」
「ああ、この――」
そう言って東郷が振り向くと、後ろにいたはずの燐の姿は忽然と消えている。
しばらく呆然とした後、「なんでもねえ」と手を払った東郷に、リュウジが問うた。
「それで、カシラ。一体何だってこんなところに……?」
「あー、説明するとちょいと長くなるんだがな」
そう前置いて東郷はまず、手短にこれまでの経緯についてをリュウジたちに話した。
草壁が、恐らく西行に取り憑かれていること。西行は例の呪いのビデオを使って自身の黄泉返りを計画しているらしいこと。
一通り聞いたところで、リュウジは難しい顔で唸る。
「……信じられない話ですね。蘇りだの、乗り移りだの……今までのトンチキな経験がなかったら耳を疑うところです」
「だな。俺もそう思う――だんだん慣れてきてるのが、我ながら怖いが」
深く同意しながら、今度は東郷のほうからリュウジへと問いを返す。
「それより、お前らは何でここが分かったんだ」
「ええ、それが……その、妙な電話があって」
「妙な電話?」
眉をひそめる東郷に、リュウジは頷いて。
「事務所の電話から――若い女みてぇな声で、カシラが危ないかもしれないってタレコミがありまして。んでカシラの携帯のGPS調べてみたら移動してたもんで……慌ててこいつらにも声掛けて来たんです」
そう言うリュウジの言葉を受け、東郷は黙り込む。彼の言う電話を掛けてきた女というのは間違いなく燐のことだろう。
なぜ名乗らなかったのかとも思うが、ともあれ彼女のおかげで助かった。
後で改めて礼を言っておかねばなるまい、そう思いつつ――今度はヤスの隣に立っているコイカワを、東郷はじっと睨んだ。
「……んで、おい。なんでお前までいんだよ」
「何でってェ! ヤスんとこに電話かかってきてよォ、カシラの一大事だって言うじゃねェか! こういう時にしっかりポイント稼いで……もとい役に立たねェで、舎弟を名乗れますかい!」
「その怪我で出てきても邪魔なんだよ、とっとと帰れとっとと」
リュウジの格好はというと、着ているものこそ普段と同じアロハシャツだが、頭や腕など至るところに包帯がぐるぐる巻きになっていてついでに腕も三角巾で吊っている。つい昨日に大怪我をして生死をさまよっていた人間の姿とは思えない。
だがそんな東郷の指摘に、コイカワはというとピンピンした様子で胸をどんと叩いてみせた。
「この程度の怪我なんざァ、怪我のうちに入りませんって。俺ァ不死身ですよ、不死身」
「お前が言うとそろそろ本気でそんな気がしてくるが……」
苦々しく呟きつつ、東郷は肩をすくめて大きく息を吐いた。
「……まあ、やばいと思ったらすぐ逃げろ。分かったな」
「うっす。んじゃあ地獄の一歩手前くらいまではお供しまさァ」
そんな彼の言葉に頷くと、東郷は「さて」と一同を見回す。
「俺を助けに来たってんなら、準備はできてんだろうな」
「ばっちりッス。昨日準備したカチコミ用のブツ、たっぷり持ってきてるッス!」
そう言ってリュックサックを叩くヤス。彼はいつもと同じく木刀を、コイカワも金属バットとこれまたリュックサックを担いでおり、準備は万全なようだった。
彼らの気合十分な様子を見て、東郷はにいっと笑うとこう続ける。
「なら――行くとするか。お望み通り、地獄の底まで。あのクソったれを追いかけて、今度こそ決着つけてやる」
そんな東郷の言葉に一同も頷きつつ……しかしそこで、コイカワが例の地下室へ続く階段を一瞥してぼやいた。
「けど、どうするんでェ? その西行って奴はここの下からどっかに行ったんでしょう。この有様じゃあ……」
階段すら、もはや半ばまで水面がせり上がっているほど。この状態では到底、あの「印」のあった場所を目指すことはできまい。
素潜りするというのもナンセンスだし、どうしたものか。東郷たちが考え込んでいると……その時ヤスがはっと顔を上げた。
「カシラ、カシラ! 俺に名案ありッス!」
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