■14//DAY2:反魂法(1)

「草壁てめぇ、どういうつもりだ。……ナシつけんのは後にしろって言ったろうがよ、おい」


 牙を剥いて睨みつける東郷。対する草壁はというとしかし、拳銃を東郷に向け続けながら彼らしからぬ薄ら笑いを浮かべてみせた。

 そんな彼の顔を見て――東郷はそこで怪訝そうに呟く。


「お前……誰だ?」


 何か確証があったわけではない。ただ直感から出た言葉に過ぎない。

 だがその言葉に――「草壁」は少しばかり驚いたように「ほう」と声を漏らした。


が草壁じゃないときたか。く、ひひ……いい勘してるな。それなら親父さんと同じ、優秀な刑事デカになれたろうに」


「何だと、てめぇ。何言って――」


 ぱちん、ぱちん。上機嫌に指を鳴らし続ける草壁を見て、そこで東郷は低い声で唸るように言葉を継いだ。


「……西行か、てめぇ」


「御名答――久しぶりだなぁ、刑事ンとこの坊主よぅ」


 にんまりと歯をむき出しにして笑う草壁……否、西行に、東郷は「ありえねえ」とかぶりを振る。


「てめぇは死んだはずだ。俺がこの手で土手っ腹をぶっ刺したんだから。それに何より――」


 そこで言葉を区切ると、東郷は己の後ろで座っている遺体を一瞥して。


「ここに転がってるのは……てめぇの死体のはずだろう」


 西行に向かってそう告げると、彼は「くひひ」と声をこぼす。


「ああそうとも。それは俺の死体だし、たしかに俺は一度お前に殺されて、死んだ。だが……俺は今、ここにいる。何故だと思う?」


「知るかよ」


「蘇ったからだよ、我が愛しい息子の体を借りてな」


「……んだと? そいつぁどういう意味だ」


 眉を跳ね上げる東郷に、西行は愉快げに両手を広げてみせて。


「知りたい? 知りたいか? じゃあ教えてやろうか、冥土の土産って奴でぇな」


 そう言いながらその場であぐらをかいて座ると、拳銃は東郷に向けたままにやりと笑う。


「どっから話したもんかな。まずはそう――どうやって俺が蘇ったか。何でだと思う?」


 そう問い返してくる西行に、東郷は忌々しげに奥歯を軋ませ、


「……返魂、法」


「大正解だァ。こういうの詳しいのかお前? 意外だなぁ」


 道化じみた動きで大仰に手を叩いてみせた後、彼は体を揺すりながら続けた。


「この井境村は昔っから呪いだの、まじないだの、そういうことを専門にしていた呪術師の集団でね。俺も・・一応その一員だもんで、色々と呪術の類は仕込まれてた」


「……お前が? 草壁の母親じゃあなくてか」


 ここに来る時、草壁の母親の生まれ故郷だと言っていたはずだ。だがそんな東郷の問いに彼は「くひひ」と嘲るように笑う。


「あんなん、嘘に決まってんだろ? 草壁コレの母親は、田舎から出てきてヤクザに騙された、ただの馬鹿な女だよ」


 あっけらかんとそう言ってのけた後、彼は拳銃でこめかみをかきながら話を戻した。


「んで、なんだっけぇ? ああそう、そんなこんなで俺が仕込まれた色々な呪術――そのうちのひとつがこの『返魂法』……死んだ後に自分の魂を他のモノに憑依させるってぇイカした呪いだったのさ」


「そんな与太話が信じられるかよ。そんなことがまかり通るなら――」


「ああ、だーれも死ななくなって、みんな仲良く不老不死だ。けど勿論そういうわけじゃねえんだよなぁ」


 言いながら立ち上がると、彼は東郷の持っている鞄を指差す。


「おい、そいつをこっちに寄越しな」


 例のビデオを、ということだろう。東郷は少し逡巡した後――鞄ごと西行の方へと蹴飛ばした。

 床を滑って彼の足元で止まった鞄。中からビデオテープを取り出そうとして彼が屈んだ、その瞬間……東郷はその一瞬を見逃さず、動き出そうとして。

 けれどそれは、叶わなかった。

 いつの間にか足首に、あの「髪」がまとわりついて動きを阻んでいたのだ。


「なッ……!?」


 白鞘を抜こうとするが、しかし手元にもまた、「髪」が幾重に巻き付いている。出処は――すぐ背後に鎮座している西行の死体、その口からだ。

 そんな東郷を見ながら西行は余裕たっぷりにビデオテープを拾い上げ、おちょくるように声を上げて笑う。


「ったく、油断もスキもねえなぁ、くひひ。……だが、この状況じゃあどうしようもねえだろ」


 指をぱちんと鳴らしながら、悠々と踵を返す西行。そんな彼の言葉で……東郷はある違和感に気付いた。

 床が、濡れている。いや、濡れているどころではない……靴が浸かるくらいまで、いつのまにか広間が浸水していたのだ。


「この辺りは地下水脈が通っててな……この雨だ、この部屋なんてすぐ天井まで沈んじまうだろうよ」


 邪悪な笑みを浮かべる西行に、東郷は獣のような獰猛な表情で唸る。


「……まだるっこしい真似しやがって。殺るなら、てめぇの持ってるそれで殺りゃあいいだろうが!」


「こいつでお前を撃ち殺すのは簡単だけど、それじゃあ『儀式』が完成しないんでね。種明かしが途中で悪いが――ここで、俺のカラダと一緒に土左衛門になってくれや」


 そんな訳のわからないことを言い捨てた後、西行は「じゃあな」とひらひら手を振ると――どんなからくりか部屋の奥、例の印が描かれた壁へと直進し、そのまま壁をすり抜けて姿を消してしまう。

 残されたのは、東郷と死体だけ。腕も足も「髪」で拘束されていて、抜け出すことはやはりできそうもない。

もともとそういう・・・・用途として設計されているのか、部屋の水位の上がりは急速ですでに東郷の腿くらいまで水面が迫っている。このままだったら、もう十数分もすれば全身水没しかねないだろう。

 ……絶体絶命、というやつだ。そう状況を認識すると、東郷はしばしの沈黙の後――深く息を吐いて壁に寄りかかる。

 つい普段の癖で懐から煙草を取り出そうとするが、「髪」のせいで腕も動かせないことに気付き舌打ちをこぼした。


「くそったれ。どうしたもんか――」


 ぎり、と歯を噛み締めながらそう呟いた、その時のことだ。

 誰もいないはずのその室内で……返ってくるはずのない声が、響いたのだ。


「助けは必要ですか、東郷さん?」


 凛と、鈴を転がすような可憐な声。

 恐らく東郷と同年代だろうが全くそれを感じさせない、少女の声――

広間の入り口付近、まだ水に侵されきっていない階段の辺りに立っていたのは着物姿の小柄な少女。

 ヤスの母にして霊能者、宮前燐その人であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る