■12//DAY2:ヤクザ×除霊師(2)
「……美月ちゃん。おい、美月ちゃん!」
包丁を握りしめたまま力なく立つ美月に東郷はそう呼びかけて。しかし彼女はやはりと言うべきか、返事を返そうとはしない。
ただふらふらと東郷の方へと歩み寄ってくる彼女の様子には、覚えがあった。
かつての「死霊の館」事件の際……館に憑いていたモノに取り憑かれていた時も、まさに今のような様子だった。
「クソが、カタギにまで手ェ出しやがって。……リュウジ! おい、リュウジ!」
ぎり、と歯噛みしながら呟くと、東郷は応接間の外で控えているはずのリュウジへと呼びかける。
だが一向に返事もなければ、入ってくる様子もない。どうしたことかと眉をひそめていると、燐が神妙な顔で答えた。
「多分、この部屋の一角だけ『切り離されて』います」
「切り離されて?」
「東郷さんも何度かご経験されているはずですよ。この世にありて、この世でない場所――そんな感覚を」
そんな燐の言葉に、美月の家や例の旧校舎。あの異界めいた状況のことを思い出して東郷は納得する。
なるほど、それでリュウジは入ってこれないというわけだ。
「……ってことは、一人でどうにかするしかねえな」
そう納得するや、東郷はというと――何を思ったか、包丁を構えた美月に向かって恐れるどころか近づいてゆく。
「東郷さん!?」
血相を変える燐の前で、美月に掴みかかる東郷。がむしゃらに振り回された包丁の切っ先をいなして手首を掴むと、そのままの勢いでソファに美月の体を押し倒してのしかかった。
「オラ、大人しく出て行きやがれ、クソ悪霊が――」
美月の力はその細腕からは考えられないほどに強い。だがしかし、それでも東郷の膂力の方が上回った。
包丁を無理やり引き剥がして捨てる東郷。すると美月が彼の左手に食らいつこうとしてくるが――東郷はそれをそのまま手で受け切る。
がち、と硬いものに歯が当たる音。彼女が噛み付いたのは東郷の小指の義指だった。
「クソったれ、年頃の女の子のよぉ、歯が欠けでもしたらどうしやがるッ」
低く唸る東郷。するとその剣幕に――美月に憑いている「何か」が反応したのか、びくりと身を震わせ口を緩めた。
「……怪異が、怯えてる? 嘘でしょう?」
ドン引きの表情で呟いている燐の前で、東郷は美月を体重差でさらに抑え込む。
『あぁ、がああァァァアァァアァァァァァアァァあぁァァ!!』
「大人しく、しろや、コラァ!」
ばたばたと足を、手をめちゃくちゃに動かしまわる美月。だが東郷の方も負けじと、それを力で屈服させ続ける。
そんな一進一退の攻防の中、東郷は舌打ちまじりに呻いた。
「あぁくそ、これがコイカワとかなら気絶するまでぶん殴るだけで済むんだがな!」
「なんか酷い発言が聞こえるんですが……それはともかく東郷さん、ここは私にお任せを」
そう言うや、燐は東郷のそばまで来ると袖から何かを取り出す。小分けのビニール袋に入った白い粉――多分、塩だろう。それを美月の額に押し当てると、燐は細いながらも芯の通った裂帛の声を放つ。
「破ぁ!」
寺生まれめいた掛け声が響いたその刹那、美月の体がびくりと停止して。見ていると彼女の口から、黒い……蛇のようにうねる何かが這いずり出してくる。
髪だ。傷んでごわついた、髪の束だ。
「とっとと、離れやがれ!」
「東郷さん、危ないです触らないでっ――」
燐の制止を無視して、まるで生き物のように蠢くそれを東郷は躊躇なく掴んでそのまま引きずり出す。
一メートルほどはあるだろうか。それは東郷に掴まれてもなおうねり続け、彼の腕に巻き付こうとして……しかし東郷は腕を大きく振ってそれを放り捨てると、近くに安置してあった白鞘を手に取り引き抜く。
「往生せいやァ!」
気合とともに床に落ちた「髪」を両断。するとその瞬間その動きは止まり、ただのばらばらの髪束へと戻った。
それを見届けると東郷は白鞘を鞘に納め、一息つく。
「この手に限るな」
「力技すぎます……」
なにやら唖然としている燐をよそに、東郷はソファに横たわったままの美月のそばへと戻ると顔を近づけ彼女の様子をまじまじと観察する。
呼吸はしている。脈も、落ち着いている。それを確認していたところちょうど彼女が目を開けて――鼻先あたりまで顔を近づけている東郷に気付くと、目を白黒させた。
「なっ、なっ、なっ、なに、とうごうさん、ちょっ――」
それと同時、応接間の扉が開いて血相を変えたリュウジが押し入ってきて、
「カシラ、ご無事ですか! 急に戸がびくともしなくなったもんで、何かあったかと……」
ソファで美月を押し倒しているような格好になっている東郷の様子を見て、数秒ほどの沈黙の後でサングラスの位置を正し、ぽつりと呟いた。
「――ああ、失敬。こいつぁとんだお邪魔を」
……その後、美月とリュウジへの説明にいささかの時間と手間を要したのは言うまでもあるまい。
――。
さて、そんな一悶着が済んで。
この事務所も安全ではないと分かったため、リュウジを護衛につけて美月を家に帰した後――燐もまた事務所を後にし、結果として東郷は一人、己の椅子に座って腕を組んでいた。
そろそろ日も落ちつつある外の風景を窓から眺めながら、東郷は忌々しげに奥歯を噛みしめる。
……無関係な美月を、あろうことか巻き込んでしまった。そのことへの慙愧の念が、いまだ拭いきれずにいたのだ。
燐が言うには、美月はどうやら以前の一件――「死霊の館」事件の影響で呪詛の類を引きつけやすい体質となっているらしい。
だから東郷に憑いているはずの呪いが彼女の方へと影響し、ああいうことになってしまったのだと。
「……くそ」
舌打ちしながら、東郷は思考を続ける。
あの後も燐とは談義を重ねたが結局、方針は定まらぬまま。残された「髪」の残滓も、燐が言うにはあまり有効な手がかりではなさそうとのこと――こうなっては手の出しようがない。
刻一刻と、時間ばかりが過ぎていく。すでに二日目、「三日後」と言うならばもう明後日には期限が来てしまう。
焦りだけが蓄積し、思考もまとまらない。
一度シャワーでも浴びてさっぱりさせようかと思って立ち上がると、時を同じくして事務所のチャイムが鳴る。
来客だろうか。だとしてもこんな時間に、というのは妙なことだ。
怪訝に思いながらも玄関口へ向かい、扉を開けると――東郷は彼にしては珍しく、驚きの表情を浮かべていた。
「……草壁」
そこに立っていたのは、草壁その人だったのだ。
「何の用だ。てめぇとナシつけるのは、色々片がついてからって話だったはずだが」
「ふん、そんなことはどうでもいい。……いや、違うな。ある意味ではそのためとも言えるか」
持って回った言い回しに東郷が眉をひそめていると、草壁は普段と変わらぬ冷たい表情のまま――静かにこう続けた。
「今から、一緒に来い。……少し遠出になるが、例のビデオの件で手がかりになるかもしれない場所を思い出した」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます