■12//DAY2:ヤクザ×除霊師(1)
「……なるほど、お話は分かりました」
その日の昼過ぎ。組の事務所で東郷と向かい合うように座りながら――ヤスの母、宮前燐はそう言ってゆっくり頷いた。
なぜ彼女がここにいるのか、と言えば理由は単純。東郷が連絡したのだ。
草壁母の墓で見つかった、返魂法の呪印。暴力沙汰ならば東郷たちの十八番だが、こういった呪術的なものについての知識は皆無である。
今回は彼女に頼らないことには、解決策に至らない――そう考えてのことだったが、燐は二つ返事で引き受けてここまで来てくれていた。
「お茶ありがとうございます。美味しいです」
「あ、どうも……」
ぺこりと燐が頭を下げた相手はというと、休日で昼から事務所に来ていた美月。
よく分からないまま、とりあえず客人ということでお茶くみを引き受けてくれていたのだが――
「……東郷さん、この人、何?」
「何って……言ってるだろ、ヤスのお袋さんで、霊能者だかなんだからしい」
美月にはこれまでのあらましはすでに説明していた。また妙なことに首を突っ込んでいた東郷に呆れつつもあっさり信じるあたり、彼女も相当こういった事態に場馴れしつつあるらしい。
とはいえそんな彼女でも、燐の見た目には疑念を抱かざるを得なかったとみえる。
「ヤスさんのお母さんって……いくらなんでも、若すぎない?」
「まあ、呪いだの学校の怪談だのが実在してんだ。そういうこともあるだろ」
「それと同レベルにされるのも如何なものかと思いますけど、褒め言葉として受け取っておきます」
いきなり会話に割って入りながらにこりと笑う燐にやや怯えた様子を見せつつ、美月はお盆を抱いて台所に引っ込んでいった。
そんな彼女を見送って、燐は「さて」と切り出す。
「閑話休題、といきましょう。まずは東郷さん……息子のことで、ご迷惑をおかけしました」
そう言うや指を揃えて深く頭を下げる彼女に、東郷は首を横に振る。
「やめてくれ。俺はやるべきことをしただけだ。あいつは俺の舎弟だからな」
「なら……お礼を言わせて下さい。ありがとうございます、東郷さん」
真正面からそう言われて、なんとなくむず痒い気分になりながらも東郷は「おう」とだけ返す。すると燐は真顔のまま、
「あいにくと私にはお返しできることなどほとんどありませんが……もしご希望とあらば、どんなご要求にもお応えさせて頂きます。夫のいる身ですが……その、恥ずかしいことなどでも」
「やめてくれ。舎弟の母親にそういうこと言われるのは想像以上にキツい……」
袖で口元を隠し、顔を赤らめながら言う彼女にげんなりしながら首を横に振る東郷。
すると燐はけろりとした顔で「冗談です」と言った後、背筋を正して座り直した。
「まあ、小粋なジョークはこのぐらいにしておいて。……体でお支払いする代わりに、働きでしっかりとお返しすることにしましょう。東郷さんが死んでしまっては、ご恩返しもできませんから」
「ああ、頼む。……んで、早速だがどうだ、何か分かったことがあったら教えてくれねえか」
そう切り出した東郷に、彼女は茶を一口すすった後でこう答えた。
「東郷さんがそのお墓で見た呪印、そしてそこで出会った『もの』について――私の方で、仮説があります」
「分かったのか、あの妙な印について」
身を乗り出して尋ねる東郷に、燐はゆっくりと頷くと机の端にあったペンとメモ紙を手に取り、さらさらと何かを書く。
それはあの……散々見た返魂の呪印だった。
「東郷さん。ときに東郷さんには、この印はなにに見えますか?」
「何って……」
呟いて少し考えた後、東郷は燐の意図を測りかねながらも答える。
「井戸の井の字が、いくつも組み合わさっている……そんな感じだな」
「いい線ですね。それが一番、この印を表現するのに適切でしょう。だってまさに、そういう成り立ちなのですから」
「……あん? どういうことだ」
勿体をつけたその言い方に首を傾げる東郷。燐はぴんと指を立てながら、さらに続けた。
「この呪印が返魂法……死者の黄泉返りのためのものだということは、お伝えした通りです。ではなぜその儀式に、この印が用いられるのか。この印にどういう意味合いがあるのか……と言えば、簡単に言うと『境界』なんです」
そんな燐の言葉に、しかしやはり東郷としては要領を得ず眉間のしわを深くする。
「分かるように言ってくれ」
「んー、では『通り道』とでも言い換えましょうか。私が調べたところによりますと、先ほど東郷さんがおっしゃった通り、この印は見たまま『井』の字が複合したものだそうです」
空中に指で「井」の字を描きながら、燐は続ける。
「『井』という字は井戸という言葉にも使われるように『通り道』、あるいは四角く囲うことによって『隔てる』――そういった意味合いを宿すもの。境界が組み合わさって、此方側とあちら側との間に大きな通路を形作る……それがこの呪印の意味であり、役割なんだそうです」
「こちらとあちらの、通路……」
ゆえに、死者蘇生。ゆえに、反魂のための印。
東郷もようやく理解したところで、燐はその細い肩をすくめた。
「恐らくは、組員さんたちを襲った『何か』はあの呪印を通り道として出てきたのでしょう。そうやってビデオを観た犠牲者に取り憑いた『何か』は3日後に犠牲者を殺し、今度はその血で再び『門』を描いて帰っていく――やれやれ、厭な呪いですね」
そんな燐の発言に、東郷は少し考えた後でこう尋ね返した。
「それで、いつ出てくるか分からねえそいつを、俺はどうやったらぶん殴ることができるんだ?」
「ぶん殴るて」
「まあ、殴るだけじゃあ済まさねえが」
拳を握りしめてそう告げる東郷に、燐は苦笑いを浮かべながら頬をかく。
「……まあ、対抗手段ってことですね。それについては正直、まだ輪郭がつかみきれないところです。お話を聞いている限りだと、この呪いの中核となっている髪の長い女とやらはその……草壁さん、という方のお母さんに間違いはなさそうで――であればどうにかしてその方の遺体を見つけ出して破壊する。それがこの呪いを滅ぼすための唯一の手段でしょう」
「……見つけて、ぶち壊すか。ようやく俺らにも分かる話になってきたな」
母親の遺体、あるいは遺骨を損壊するというのは草壁に対しては気が引ける部分もあるが……この状況ではそうも言っていられまい。
拳を打ち付ける東郷にしかし燐は「ですが」と続ける。
「それも簡単なことではありません。墓から掘り出された――あるいは自分で這い出てきたかはさておき、草壁さんのお母さんのご遺体なりご遺骨なりはどこにあるか分からないんですから」
「確かに……」
在り処が分からなければ、手を出すこともできない。彼女の言葉に東郷が舌打ちまじりに考えを巡らせていると……そんな時のことだった。
不意に首筋に氷でも押し当てられたような、嫌な怖気と胸騒ぎがして東郷は顔を上げる。
それは、敵意の気配。幾多も修羅場を抜けてきた東郷ゆえに感じ取れる、微弱な――けれどすぐそばににじり寄るもの。
一体、何だ? 辺りを見回しかけたその時。
「……くそったれ」
忌々しげに呟きながら東郷が睨んだのは、台所から姿を現したもの。
そこに立っていたのは――生気を喪ったうつろな表情で包丁を握りしめた、美月だった。
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