■12//DAY2:墓暴き


「……何だ、こりゃあ」


 荒らされた墓の惨状を目にして、東郷はしばらく呆気にとられた後……気を取り直してその周囲の様子をつぶさに伺う。

辺りに雑草はあまり目立たず、日頃から手入れをされているのであろうことが分かる。となると、この墓石が倒れたのも最近のことだろう。


「……墓泥棒ですかね」


「さてな。今どき墓泥棒なんて流行らねえと思うが」


 言いながら、案内をしてくれた管理人の中年男性を見やる。東郷の凶眼に見つめられてすくみ上がりながら、彼は戸惑った様子で呟いた。


「わっ、私らは管理って言っても最低限で……ただ納骨の登録だとか、事務手続きをやるくらいのもんで」


「別に責めちゃいねえよ、そんなもんだろ。……だが、その様子だと最近に墓泥棒があったとか、そういう話も聞いちゃいなさそうか」


「ええ、ええ……。ですから本当に、何が何やら……」


 管理人も嘘をついているといった様子はない。「ぎょ、業者に連絡してきます!」と一目散に逃げ出した彼は気にせず、東郷はさらに墓の様子を調べる。

 墓石の正面に開いた、納骨室へと続く地下穴。本来であれば重石で蓋をされているはずだが、今は開けっ放しで中が見えている。

 だが……その奥よりもまず、東郷はその辺縁を見て、顔をしかめた。


「こいつぁ……」


 東郷の視線の先を追って、呟くリュウジ。二人が注視しているのは、納骨室の穴の縁……石で固められたはずのそこにくっきりと刻まれている、爪痕のような抉れであった。

 自然的な、たとえば雨水の浸食などによるものではおよそないであろう荒々しい痕跡。


 まるで、誰かが這い出してきたかのような。


 そんな阿呆なことを考えてしまうほどに、それは深々とした痕を刻み込んでいた。


「……まあ、どっちみち中を調べるつもりではあったから、手間が省けたか。おい、懐中電灯持ってきたか」


「はい。……カシラ、俺が」


 そう言って、準備していた懐中電灯を片手に四つん這いになって納骨室を照らし出すリュウジ。するとすぐ、彼が怪訝な声で呟いた。


「……骨壷が、ありませんね。中はまるで空っぽです」


「なに? 割れて散らばってるとか、そういうことでもなくか」


 尋ね返す東郷に、リュウジは顔を地中に突っ込んだまま「はい」と答えた。

 空っぽの納骨室。墓石が倒され、荒れた墓。……誰かが、草壁の母親の遺骨を盗んだのか?


 あるいは――そこに眠っていたはずのものが、這い出してきたか。


「……下らねえ」


 焼きの回った妄想を振り払うと、その時リュウジが「カシラ」と再び声を発した。


「どうした」


「いえ、ちょいと暗くてよく見えねえんですが……奥の方に、何かがあるような」


「何かって、何だ」


「ええと――」


 そう言ってリュウジが肩くらいまでを納骨室に突っ込んだ、その時だった。


「……なんだ、こりゃ。――?」


 そうリュウジが呟いた直後。不意にがくん、と彼の体が揺れて、上半身ほどまでが墓の下に吸い込まれるように一気に入っていく。

 まるで、何かに引っ張られているかのようなその動き。同時に彼が、地中からくぐもった声で叫ぶのが聞こえ――東郷は即座に彼のスーツの背中を掴んで止める。


「がっ、ぐっぁ……!」


「リュウジ、どうした、おいリュウジ――」


 凄まじい力。全力で踏ん張らなければ東郷自身まで持っていかれかねないほどのその引力にどうにか耐えながら、東郷は穴に引きずり込まれようとしているリュウジの上半身をつぶさに見る。

 すると――彼の手や首筋。そこに何か、黒いものが巻き付いていて。

 よく見るとそれは……「髪」だった。


「こなくそッ」


 舌打ちしながら東郷はまず、リュウジの首に絡みついていた「髪」を掴んでほどこうとする。だがきつく食い込んだそれはびくともせず……どころか東郷の腕にまでまとわりついてくると、リュウジと同じように引きずり込もうとしてきた。


「かっ、し、ら……お逃げ、ください……」


「バカが、てめぇ見捨てて逃げられっかよ――」


 いつもの白鞘は、手元にはない。もちろん常に持ち歩いていたらすぐに警察沙汰になりかねないので仕方ないのだが……あれさえあれば、と歯噛みする東郷。

そうしているうちにさらに「髪」は引く力を増して、いよいよ東郷も体勢を崩しかけた、その時だった。

 不意に、上着のポケットに入れていたもの――ヤスからもらった桃缶が、東郷が揺らいだ拍子に転がり出て。

 それが墓の下に吸い込まれるように落ちた、その時だった。


 金切り声のような、表音しがたい絶叫が辺りに響き渡って。瞬間、東郷とリュウジとを引きずり込もうとしていた「髪」が力を失い、二人はそのまま後ろへと転がる。


「リュウジ、無事か」


「へえ……なんとか」


 ごほごほと咳き込みながらも、目立った外傷などもない様子のリュウジに安堵しつつ、東郷は再び立ち上がって穴を覗き込む。

 中にはただ土だけがあるのみで、髪の一本も残ってはいない。

 一体何が功を奏したのかは分からないが――ともあれ、あれは退散したようだった。


「なんでしょう、今のは……」


「分からん。だが、『髪』……死んでた工藤にも、髪が巻き付いてたはずだ。間違いなく、何か関係はしてるだろ」


 そう言って改めてリュウジから懐中電灯を受け取ると、今度は東郷が納骨室を覗き込む。

 すると――


「……ビンゴだぜ」


 納骨室の奥。そこには一枚の石板が、はまり込んでいて。

 そこに刻み込まれていたのは、あの――返魂法の呪印だった。


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