■11//DAY1:病院送りの舎弟たち

 草壁のオフィスを出た頃には、すでに空は暗くなりつつあった。

 その日のうちに彼の母親の墓に向かってもよかったのだが、場所としては同じ市内ながら結構遠い。今から行ってもすでに閉園時間だろう――そう考えた末、その一件は翌日に回すことにした。

 そして東郷たちが向かったのは……


「ああ、カシラ……! ごくろうさんッス!」


 「死霊ノ館」事件の後に世話になった、経極組と懇意にしている総合病院。その入院病棟内の個室を訪れた東郷を――出迎えたのはそんなヤスの声。

 そして部屋の奥に鎮座するベッド、そこで酸素マスクや点滴ルートに繋がれたまま眠っているのは……コイカワだった。

 眠っているらしく、東郷たちの入室に気づいたふうもない。呼吸は安定しているが、全身に包帯が巻き付けられていて見るからに痛ましい。

そんな彼の様子を一瞥しながら、東郷はヤスへと問う。


「状況は、どうなってる」


 その問いかけに、ヤスはしゅんと表情を暗くした。


「……あれからまた、コイカワさん気を失っちまって。運ばれてすぐ、緊急オペッス。幸いオペは上手くいって、今ちょうど戻ってきたとこなんスけど――ひでぇ事故だったから、お医者の先生も生きてるのが奇跡的だって言ってて」


 そう語るヤスもまた、無傷とはいえない。おそらく事故の際にぶつけたのだろう、額には包帯が巻かれていた。

 ヤスの報告を受けて、東郷は押し黙りながら窓際へと向かい、外を――いや、反射して映るコイカワの姿を見つめる。

 病院に来た時にちょうど手術を終えた主治医と話ができたが、ヤスの言った通りひどいものだったようだ。

 追突事故で、後方からぶつけられた時にちょうど助手席側にいたコイカワが後ろから潰されるような格好になり――不幸中の幸いで座席がクッション代わりになったおかげで抜け出せたものの、腕や足の打撲、骨折、そして窓ガラスの破片などが体中に刺さったことでの創傷なども多数。

 この状況下で主要臓器などに損傷がなかったのは奇跡以外の何物でもないと、そういう話だった。


「……事故った時は、あたり一面血の海になってて……ホントにコイカワさんが死んじゃったかもしんねぇって思って、俺、どうしたらいいかって思って」


「大丈夫だ、ヤス。コイカワの奴だ、くたばりゃしねえさ」


 そう言って肩を叩くリュウジに、ヤスはおいおいと大泣きする。普段ならば男らしくねえと一喝するところだが、この状況では無理もない。

 ヤスがひととおり泣き止むのを待った後で、東郷は手近なパイプ椅子を広げて座ると口を開いた。


「ヤス。色々あった直後ですまねえが、何があったか教えてくれねえか」


 その言葉に、ヤスはうつむき加減ながら小さく頷くと、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……コイカワさん、なんスけど。俺が運転してる最中……なんか変な女がいるって、後ろの席見て言ってたんス」


「変な女……そういや電話でも言っていたな。そいつは、お前も見たのか?」


「いえ……俺が見ても、なんもいなくて。気味悪いなぁって思ってたんスけど……それからすぐ、こんなことになっちまって。だからゼッタイ、無関係じゃねえッス――コイカワさんがやられたのは、俺のせいッス……」


 そう言って再びうなだれ始める彼に、東郷が何か言いかけて。

 けれどそれより先に――


「……ンだァ、てめェ。バカ言ってんじゃ、ねぇぞ……」


言葉を発したのはなんと、眠っていたコイカワだった。

 眠たげに目を開けながら、体を起こそうとして。けれど痛みがあるのだろう、顔をしかめながら再び横になる彼に、東郷は声をかける。


「コイカワ。目ぇ覚めたのか」


「あァ、カシラ……? なんでカシラが、ここに……いってェ」


「次に調べるアテが出来たんでな、てめぇのツラ見に来たんだ。死にそうにはなくて安心したぜ」


 そう軽口を返す東郷に「へへ……」と弱々しいながら笑みを浮かべると、コイカワはそばで顔を青くしていたヤスを睨んで続けた。


「おいヤス、てめぇよォ、極道のくせに一昔前の鬱系アニメの主人公みてぇにメソメソしやがって……そういうのは、うちの組のガラじゃねェだろうがよ」


「すっ、すんませんコイカワさん……でも……俺の呪いを解くために、コイカワさんやカシラ、リュウジさんがビデオを観て……きっとそれさえなけりゃ、コイカワさんがこんな目に遭うことなんて」


そう弱々しく呟き続けるヤスに、コイカワは「バカ」と叱咤を飛ばす。


「ンなことどうでもいいって言ってんだよ。いいかヤス、俺もお前も、盃交わした義兄弟なんだ。……なら、助け合うのが当然だろうがよ」


 それは、奇しくも東郷が草壁に言ったのとほぼ同じような台詞で。だから東郷は、そんなコイカワに思わず鼻を鳴らして笑うと――腕を組みながら二人に向き直り、こう言葉を継いだ。


「そのとおりだ。だからヤス、てめぇはいつもどおり堂々としてろ。てめぇまで辛気臭くなっちまったら、気が滅入るんだよ」


「カシラ……」


 顔を上げて東郷とコイカワとを見比べた後、ヤスは大きく頷いて、拳を打ち合わせた。


「……分かったッス。もう俺は泣き言なんか言わないッス。コイカワさんの死を乗り越えてスーパーヤスに進化するッス――」


「死んでねェっての、このクソ馬鹿ヤスが、よォ……」


 言いながら、コイカワはそこで再びうつらうつらと瞼を閉じ始めて。それを見て「ホントに死んじゃったッス!?」とビビり上がるヤスをリュウジが無言で軽く叩くと、コイカワを一瞥しながら東郷に告げる。


「眠っただけのようです」


「おう。コイカワの頑丈さなら、この程度じゃ死にゃしねえだろう」


 そう雑に締めくくりながら席を立つと、東郷は叩かれた頭をさすっているヤスに向かって告げた。


「ま、ともかくコイカワの言う通りだ。お前は余計なこと考えねえで、コイカワのこと見張ってろ。この体力バカ、回復しねえうちからまた勝手に出歩いて医者に面倒かけるかも知れねえからな」


「わっ、分かりましたッス! ……カシラたちは、どうされるんで?」


「俺らは草壁から聞き出したネタがあるんでな。明日あたり、そこを当たってみるつもりだ」


「……コイカワさんのこともあるッス。カシラたちならきっと大丈夫だと思うッスけど……ご武運を。あ、この桃缶、餞別に持っていって下さいッス」


 そう言いながら近くのカバンから桃缶を出してくるヤス。実家からの差し入れとやらがよほど余っているらしかった。

呆れ顔でそれを受け取ってポケットに放り込みつつ、東郷はリュウジに呼びかけてそのまま病室を後にした。


――。

 そうして翌日。早朝からリュウジとともに車で事務所を発ち、霊園が開くのと同時に東郷たちは草壁が指定した場所――彼の母親の墓を目指した。

 朝早くからすでにじりじりと照りつける真夏日に顔をしかめながら、管理人に案内を頼んで墓地を進み、そうして辿り着いた先……東郷とリュウジはそこにあったものを見て、目を見開く。


 霊園の外れにひっそりと佇む、「草壁」と刻印された墓石。

 けれどその墓石は横倒しで……納骨室カロートに蓋する石板も無造作に脇にずらされていて。

 墓石の下、骨壷が収められているはずの納骨堂がぽっかりと、何者かに荒らされたかのように開け放たれていたのだ。

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