■9//DAY1:月無組(2)
隣県の繁華街。居並ぶビルのうちひとつが、月無組が構えている事務所だった。
老朽化の進んだ、古めかしい3階建てのビルである。窓はすべてブラインドが引かれて、外から中をうかがい知ることはできない。
中に入るとすでに東郷たちの来訪はちゃんと伝えられていたらしい。若い衆だろうか、スーツをぴしりと着た男に案内されて3階まで上がり、応接用スペースに通される。
ソファには東郷が座り、その後ろにリュウジら3人が立って並んで待っていると……ややあって数人の男たちが、応接スペースに訪れた。
「やあやあ失敬、お待たせしちまいましたなぁ」
パンチパーマの、恰幅のいい男性だ。年齢は東郷よりも一回り上、五十代くらいか。紫色のスーツで指や腕には金のアクセサリーがやたらとついて動くたびにジャラジャラと音を立てている。
彼は他の組員たちを後ろに立たせて東郷の正面のソファに座ると、いそいそとした動きで軽く頭を下げてみせた。
「どうも、月無組の四代目組長をしております、
「分かりました。……お電話させて頂いた、経極組の若頭をしております東郷です。今日は突然、申し訳ねえ」
そう言って東郷が頭を下げ返すと、金堂は「ほっほ」と独特の笑い声を上げた。
「気にせんで下さいな、ヤクザも今どきね、助け合いってもんでしょうさ。うちとそちらさんとは今まで色々と因縁もありゃあしますがね――そんなケツの穴の小さいこと言ってちゃあ始まりゃせんですわ」
上機嫌そうに再び大笑する金堂に、東郷の後ろでヤスとコイカワがほっと胸を撫で下ろす。
ひとまず、いきなり殴り合い……とかといった事態は回避できそうだった。
そんな様子で挨拶を済ませると、金堂は「さて」と手を組んで切り出した。
「お電話でも頂きましたけんど……確か、うちの昔の組員について話を訊きたいってぇ話で」
「ええ。ちょいと妙な揉め事がありましてね。……といっても、おたくの組がどうこうって話じゃないんですが」
「歯にものが詰まったような言い方でござんすなぁ。もすこしはっきり言ってくだすってもようござんすよ」
言いながら懐から扇子を取り出してぱたぱた扇ぐ彼に、東郷は少し沈黙した後でこう、話し始めた。
「うちのシマで、呪いのビデオ……っつう妙な噂が出回ってましてね。ちょいとワケあって調べていたら、どうやらそのビデオにおたくの組員だった人間が映ってるみたいなんです」
いくぶんか事実をぼかしたその内容に、しかし金堂は特段気にするふうもなく「ほっほ」と声を上げた。
「呪いのビデオ。一昔前にそんな映画もありんしたなぁ……まあよござんしょう。そのビデオにうちの組員が映ってたと――そいつは面白いお話ですが、一体全体どういうビデオなんで?」
「アダルトビデオです。恐らくはおたくの組で、過去にシノギとして作っていたんじゃないかと思うんですが」
「ははぁ。呪いのアダルトビデオ、というわけですかな――そいつはトンチキなことで。ほっほ、経極組の若頭さんは冗談がお上手でいらっしゃいますなぁ」
そう言って少し小馬鹿にしたように笑う彼に、しかし東郷は微塵も表情を動かさずに「いえ」と返す。
「冗談じゃありません。俺らはその件を調べるために、わざわざおたくにお時間まで頂いたんです」
その言葉の真剣さに。そして、その眼光の鋭さに――金堂はそこで笑みを消すと、扇子を閉じて目を細めた。
先程までの和やかさから一転して、ひりついた空気が辺りに漂い始める。
見れば、出入り口側に立っている月無組の組員は懐に手を入れていて。それを注視しながら、リュウジもまた同じく懐の拳銃に手をかけているようだった。
誰かが妙な真似をすれば、すぐに銃撃戦が始まりかねない。
そんな気配を感じながらコイカワとヤスとが冷や汗を垂らしている前で――やがてその渦中、金堂の方が小さく息を吐いて首を横に振った。
「……いや、すんませんね。やめときましょうか、今どきヤクザ同士の抗争なんて流行りません。ですからそう、食い殺しそうな怖い目せんといて下さいな」
「失礼。俺の方もちょいと、気が立っていたもんで」
そう返す東郷に肩をすくめつつ、金堂は先ほどまでの笑みを纏い直すとこう続ける。
「『経極の白虎』って言やぁ、界隈じゃあ知らん極道はございません。そんなおたくを敵に回そうってほど、うちらも阿呆じゃありゃせんですわ」
「そいつは、俺としてもありがたい話です。俺としても、今はおたくの情報が頼りでしてね――要らん喧嘩はしたくありません」
よござんす、と小さく笑った後、金堂は「それで」と話を戻しにかかった。
「その映ってたっつー組員は、誰なんでござんしょ? わざわざうちの組員だって名指しできたってことは、誰なのかもおわかりなんでしょう?」
そんな金堂の問いかけに、東郷は頷くと、懐から一枚の写真……リュウジが撮影したビデオ映像の画面のプリントを取り出して、机の上に置いた。
「――西行。
東郷の示した写真とその名前に、金堂の片眉が跳ね上がる。
「…………ああ、この刺青は間違いありません。西行、西行――ほっほ、思い出すだけでも忌々しい名でござんす」
そう呟きながら扇子の端をかじる金堂にいささか驚きつつ、東郷は問いを重ねた。
「訳あって、奴のことは知っていてな。奴がもう死んでいるってことも分かっている。……おたくの組員で、間違いなかったよな」
「ええ、左様でござんす。ただ……奴は死ぬ前に、うちの組とは縁を切っておりましたが」
「縁切り? 足抜けってことか」
そう東郷が問うと、金堂はその太い首を横に振った。
「奴ぁね、裏切り者だったんでござんす。うちの看板を借りながらその実、他所の組とつながりを持ち続けてやがったのよ」
「他所?」
「ええ、確か――
そう告げられた名に、東郷だけでなく後ろの舎弟たちも何かを感じたようだった。
それもそのはず。木藤会といえばあの、美月が住んでいた「死霊の館」――あの屋敷をかつて所有していた暴力団ではなかったか。
そんな東郷たちの内心をよそに、金堂は煙草を懐から取り出してくわえると、舎弟に首で指図して火をつけさせる。
独特の匂いが辺りを包む中、彼は紫煙をくゆらせながら話を続けた。
「気味の悪い男でね。組に従順で、どんな仕事でもこなしてきて――けど決して、本音を見せない男でしたよ。木藤会の連中とつるんでるのを見つかって組追い出されるまでは、次期若頭候補とまで言われてましたからねぇ」
「あいつがAVを撮ろうとしてたとか、そういう話に覚えはないか」
「んー、うちで知っている範囲じゃあ、聞いた記憶はございませんな。……何か調べる手がかりでもありゃあ、お助けできますがね」
そう返す金堂に、東郷は少し悩んだ末、別の写真を取り出して見せる。
それは、あのビデオに映っている女性の拡大写真だった。
「この女に、覚えはありませんか」
そんな東郷の問いに、金堂はまじまじと写真を眺めて。すると……程なくして、「おぉ」と何やら声を上げた。
「こりゃあ、あいつのツレでござんす。内縁の妻ってぇんですかね――いや、そんな上等なもんでもないか。いつ頃からか忘れましたが、時々連れ回してましてね。人ってぇよりもペットかなんか引き連れてるみてぇなイヤな扱いようだったもんで、よく覚えてござんす」
「名前は、覚えてますか」
詰め寄る東郷に、金堂はしばし考え込んだ後……
「――ああ、そうだ。思い出した、思い出しました。女の名前は
彼が告げたその名に、東郷たちは皆、今度こそ驚きを隠せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます