■9//DAY1:月無組(1)
東郷の言葉を受けて、月無組が事務所を構える隣県まで急遽向かうこととなった一行。
そのための準備として、東郷は事務所で先方にアポを取り。そして舎弟たちはというと、組用の黒塗りの高級車にごそごそと必要な物品を運び込んでいた。
炎天下の白昼、汗を垂らしながら「物品」をトランクに詰めつつ、コイカワは指示を出しているリュウジに「あのォ」と呟いた。
「俺ら、これから話し合いに行くんですよね?」
「ああ」
「チャカだの手榴弾だの、物騒なブツばっかさっきから運んでる気がするんですけど……」
そんなコイカワの質問に、リュウジは真顔で頷いた。
「もしものためだ。月無組とうちは冷戦状態だからな、向こうが話し合いに応じてくれない可能性もある。そうなりゃカチコミみてぇなことになりかねん」
「マジっすか」
無言のまま、もう一度頷くリュウジ。めったに冗談を言わない彼なので、本気かどうか図りかねるところだった。
コイカワたちと同じく炎天下で、しかも暑苦しい黒スーツを着込んでいるにもかかわらず汗一つかかないで彼は小さくため息をつく。
「カシラがうまく話をつけてくれることに期待するしかないがな。今俺たちにできるのは、最悪のための準備をしておくことだけだ」
そんな彼の言葉に、そこで今度は口を挟んできたのはヤスだった。
「ところで……そのう、月無組が例のビデオに絡んでるってのは、マジなんスかね?」
「なんだお前、カシラの言葉を疑うってのか」
「そそそそういう意味じゃないッスけど! ただその、さっきのカシラの言ってたこと――色々気になっちまって」
慌ててそう弁明しながら、ヤスは抱えていた散弾銃をトランクにしまい込んで続けた。
「カシラのご両親が殺された、って話は前に聞いたことあるッスけど……ヤクザ絡みだったなんて。しかも、犯人をカシラが殺ったって――ホントなんスか」
「ああ。……カシラも隠しているわけじゃないからな、お前らも知っていた方がいいかもしれんか」
静かにそう自問しながら、リュウジは少しの沈黙の後、ヤスとコイカワとを見回して再び口を開く。
「二十年くらい前って言っていたか。カシラの親父さんは刑事だったそうでな。カシラも警官になるために当時、警察学校に在籍していたらしいんだが――」
「……あのォ。いきなり情報量が多すぎてちょっと頭がついていかねェんスけど」
「んだよ、話の腰を初っ端から折ってるんじゃねえよぶっ飛ばすぞ」
淡々としたその恫喝にコイカワが「すんません!」と悲鳴を上げるのを一瞥して、リュウジは咳払いしながら話を再開した。
「カシラだって生まれついてこの稼業ってワケじゃねえからな。……ともかくそれで、当時にはこの辺りで押し込み強盗が連続していたらしくて、その事件をカシラの親父さんが追っていたらしいんだ」
だが、とリュウジは少し声を潜めて静かに続ける。
「どうやらその事件がヤクザ絡みだったようでな。犯人の目星をつけたところで、脅しと口封じのためにカシラのご両親が襲われたんだそうだ。……んで、さらにたちの悪いことに、警察もヤクザが絡んでるからって捜査に及び腰になってな――それでカシラは、ご両親の仇討ちのために
「そんなことが……」
ただそれだけしか言えず口を閉ざすヤスとコイカワ。そんな二人を順に見つつ、リュウジは静かにこうしめくくる。
「だから今回の件……カシラがああ言っている以上、確実に月無組が何か、手がかりになるはずだ。分かったらとっとと運び込め。いつでも戦争できるようにな」
「「ッス!」」
……と、そんなこんなでそれから数分が再び経った頃だった。
事務所から出てきた東郷が、駐車場に姿を現したのだ。
「おう、何してんだお前ら」
「念のため、カチコミの準備を。……万が一ってこともあるかと思いまして」
「そうか。だったら悪いな、ひとまずはその必要はなさそうだぜ」
リュウジにそう返すと、彼は皆に向けてこう続けた。
「月無組のアポが取れた。今から話聞きにいけるそうだ」
そんな東郷の言葉に、リュウジはしかしやや訝しげな顔で訊き返す。
「……こんな急な話を、連中よくすぐ了承してくれましたね」
「ああ。正直どういう腹づもりかは知らねえが――まあ、何か企んでるならその時はその時だ。お前らの準備も無駄にならずに済むだろ」
言いながら危険物のたっぷりと詰め込まれた車のトランクを一瞥する東郷に、ヤスがげんなりしながら首を横に振る。
「できれば使わずに済んでほしいっス……」
「まあな」
頷くと、東郷はそれから皆を見回して鋭い表情でこう続ける。
「ともあれ、用心はしていくぞ。……なにせ時間がねえ。なりふり構ってもいられん」
その言葉に、異論を挟むものなぞいようはずもなかった。
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