■8//DAY1:呪いと任侠(2)
映像が始まった途端、ノイズ混じりの画面に映し出されたのは真っ白な部屋だった。
何一つ物のない、白い空間。人の影すらそこにはない。
ただ……画面の中央。白一色の壁に描かれていたものに、東郷たちは注意を向ける。
「……この印」
緋色で描かれた、四角が組み合わさったような印。それは……燐が「返魂法の印」と言っていた、あの文様だった。
始まって数分ほどは、カメラのセッティングか。画面がごそごそと時折揺れ動くだけで映っているものは変わらない。
「なんか、不気味ッス……」
「ホントにAVかよォ、これ?」
口々にぼやきながら代わり映えのしない画面をただ眺めていたところ、しばらくしてようやく人影が映り込み始める。
現れたのは男優だろうか、全裸の男だった。腕に刺青の入った、その筋の人間であろう男……だが奇妙なのは、彼が頭にすっぽりと白い頭巾を被っていたことだ。
服を一切着ていないのに、顔だけは完全に白頭巾で覆われていて見えない。奇怪な出立ちの男が画面端で立っていると、続いて画面の外から声が聞こえてくる。
音質が悪くてよく聞き取れないが、女性が泣き叫ぶような……悲鳴のような声。それに合わせて男の怒号と、それから殴りつけるような鈍い音が続く。
しばらく後……別の男に腕を引きずられながら画面内に入ってきたのは、一糸まとわぬ姿の女性だった。
荒い映像でも分かるくらいに、綺麗な顔立ちの女性だ。しかしその頬は先ほど殴られたものだろう、痛ましく腫れてしまっている。
「ひっでェ……。こういうのは性に合わねェんだわ、もっとこう、純愛系じゃねェと……」
「今ンなこと言ってる場合かよアホ」
呻くコイカワに呆れ混じりに一喝する東郷。そんな彼らをよそに、画面の中でも時間は進行してゆく。
白い部屋の中央、赤い印が描かれた壁の正面あたりに転がされた女性。恐怖をありありと浮かべて震える彼女に――頭巾の男がゆっくりと近づいて。
……それからは、酷いものだった。
ただ一方的な暴力が、そこにはあって。女性の悲鳴だけがひたすらに響き続ける中で、ヤスがため息を吐く。
「胸糞系ッスね……」
一方、リュウジはというとサングラス越しに冷静に画面を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……この男優の刺青、こいつカタギもんじゃありませんね」
「だな。どこの組かは知らねえが、ヤクザがシノギのために撮ったってとこか……」
頷きながら東郷。しかしそこまでは分かっても、それ以外の具体的な情報には乏しい。
真っ白な部屋。あの文様からいって今回の一連の事件との関連は確かだが……それだけだ。
「こいつらの顔、写真撮っとけ」
「ッス」
東郷の指示で、映像に映る女性と、一応男の方も撮影するリュウジ。
そうしているうちに、十数分ほどそんな惨たらしい画面が続いて――泣き叫んでいた女性がやがて憎しみの形相でもって、男に叫ぶ。
ユルサナイ。
ユルサナイ。
コロシテヤル。
コロシテヤル――
幾重にも響く、ひび割れた叫び。
けれどその憎悪がなにか意味を成すこともなく……やがて
横たわってぐったりとした女性から男は何の感慨もなく身を離すと、カメラの方へと歩いてくる。
「……終わり、ですかね」
「ウゲェ……なんかしばらく俺、立たなくなりそうだぜ……」
どうやらコイカワはことさらにショックを受けていたらしく、珍しいくらいにげんなりした様子で落ち込んでいた。今はそれどころじゃない気もするのだが。
東郷が画面に視線を戻すと、気を失ったままの女性がまた別の男に引きずられて画面外へと運び去られてゆくところだった。
……映像としては、あまり気分のいいものではないにしろ、呪いのビデオ――といったようなおどろおどろしいものでもない。
どちらかと言えば、あの頭巾の男の様子であるとか、この白い部屋のせいもあって、何か宗教的な意味合いを感じさせる。
燐にも訊ねてみれば、ひょっとしたら何か分かるかもしれない。そんなことを考えていた、その矢先だった。
ぱちん、ぱちん、と。
誰もいなくなった映像からそんな音が聞こえてきて、東郷は目を見開く。
ぱちん、ぱちん。ぱちん、ぱちん。
恐らくは手癖だろうか、何度も何度も指を弾く仕草をしながら画面に映り込んできた男。
撮影が終わったからか、その顔を覆っていた頭巾はなくて。どこか鮫のような鋭さと生理的な気味の悪さを感じさせる青細い顔が一瞬……けれど確かに、映っていた。
その顔を見て、東郷は――瞠目したままぽつりと呟く。
「……はっ。どういう偶然だ、こいつぁ」
その言葉に怪訝な表情を浮かべるリュウジ。すると東郷はビデオの再生を終えてテープを取り出しながら、無言でいきなり席を立った。
「カシラ、どちらへ」
「アテができた。お前らも、ついてこい」
「アテって……どういうことッスか?」
「ここに映っているヤクザ。こいつは
「月無組って、随分昔にうちとやり合ってた組でしたね。……なぜ、分かったんで?」
リュウジがそう問うと、東郷は剣呑な表情を浮かべながら静かにこう、呟いた。
「……こいつはな、二十年前に俺の親父とお袋を殺したチンピラだ。そして――俺がこの手でぶち殺した、くそったれだ」
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