■8//DAY1:呪いと任侠(1)

 東郷が事務所に戻ると、そこにはすでにいつもの面子が揃っていた。

 リュウジ、コイカワ、そしてヤス。問題のヤスはというと、普段のいまいち何も考えていなさそうな頭の軽めな表情とは打って変わって青ざめていて……それゆえに、ただならぬことが起こっているとすぐに伝わる。

 ヤスを応接間のソファに座らせたところでその向かいに座ると、ヤスは沈痛な面持ちで、持っていたコンビニ袋からそれを取り出す。

 机の上に置かれたのは――見るからに古ぼけた、ビデオテープだった。

 外装の黒いプラスチックはところどころ変形していて、窓の部分などはヒビが入っている。

 そして……本来ならばタイトルなどが張られているシール部分。

 茶色く変色したシールにびっしりと黒で書かれているのは……あの「印」だった。


「カシラぁ……」


「泣くな馬鹿。任侠が情けねえ」


 涙目になるヤスの肩を軽く叩いてやった後、東郷は彼に向かって問う。


「ヤス。一体どこで、これを手に入れた?」


「その……今朝、郵便受け見たら入ってて……。昨日の夜に帰ったときにはなかったッスから、たぶん今日の朝だと思うんスけど……」


「防犯カメラとかはねえのか」


「ないっス……安アパートなもんで」


 そうか、と唸って腕を組み直す東郷。これをヤスの家の郵便受けに入れた奴が分かれば大きな手がかりになったのだが……まあ、ないものねだりをしても仕方がない。

 ビデオテープを無造作に掴んで持ち上げ、東郷は外観をまじまじと観察する。少なくとも見た目はただの古ぼけたビデオテープだ。一応臭いも嗅いでみるが――別段妙な点はない。

 裏返したり振ってみたりとしながら、東郷はヤスにさらに問いを重ねる。


「中は、見たのか?」


「見てないッス! そもそもウチ、こんなもん再生できないですし」


 確かに、今どきビデオデッキなんて持っていた間垣のような方がレアケースである。妙なところで納得する東郷をよそに、ヤスは頭を抱えながら深いため息をついた。


「あぁ……もうダメッス……終わったッス……」


「まァ待てってヤス。ただのイタズラかなんかかもしれねェだろ? たまたまタイミングがどえらく最悪だっただけでよォ」


 そんな気休めにもならないコイカワの言葉に、ヤスは「ありえないッス……」とさらに意気消沈。そんな彼を一瞥しながら、沈黙していたリュウジが口を開いた。


「カシラ、どうします。……こいつがもしも本物なら、ヤスは――」


「……3日後に、殺される」


「単刀直入に言わないでほしいッス~~~~~!!」


 東郷が呟くと、悲鳴を上げてぶんぶんと首を振るヤス。


「まだ彼女だっていないし、来月発売のゲームもやりたいッス! まだまだやりたいこといっぱいあるのに、こんなことで死にたくないッス~~~!!」


「うるせぇ、任侠がビビってガタガタ抜かすんじゃねえ!」


 泣きわめくヤスを一喝して、東郷は彼に向けてこう続ける。


「もう三人も殺られてんだ、お前までやらせはしねえよ――この背中の白虎と、組の代紋にかけてな」


「カシラぁ……。でも、どうするッス……? 手がかりも今のところ、ほとんどないッスよ?」


 鼻をすすりながらそうぼやくヤスに、東郷はふむ、と唸って腕を組み……


「どうすっかな。とりあえず手始めに、こいつを焼くなり叩き壊すなりしてみるか」


 真顔でそんなことを言うが、それにリュウジが冷静に首を横に振る。


「やめた方がいいかと。……それで駄目だったら、手がかりを喪うことになります」


「それもそうか。なら…………ん?」


 そんなリュウジの言葉に、東郷は何か気付いた様子で顎に手を当てて。


「リュウジ、お前今なんつった」


「手がかりを喪うかも、と……」


「……そうか。そうだよな」


 呟きながらまじまじとビデオテープを眺めて、にやりと口元を歪めた。


「手がかり。あるじゃねえか、ここに。特大級の手がかりが」


 その言葉を受けて――リュウジがその意図に気付いて、血相を変える。


「カシラ……まさか、観るつもりですか!?」


「ああ。だが心配すんな、俺一人で観るからよ」


 あっけらかんとそう返す東郷に、リュウジは「しかし……」と何か言おうとして。けれどそれより先に口を開いたのはヤスだった。


「そ、それなら俺が観るッス! 俺はどっちみちもう呪われてるし、観ても観なくても同じッスから!」


「馬鹿野郎。お前みてぇなアホが一人で観たところで、マスかいて終わりだろうが」


「ひどいッス!?」


 そんなやり取りの中――ヤスに続いてリュウジ、そしてコイカワまでもが割って入って、


「俺も、ご一緒します。……盃を交わした時から、カシラには地獄までお供すると決めていますから」


「お、俺だってお供しやすぜ! こちとらカシラにタマ張らせてのんきに眺めてるほど、任侠やめちゃいねェ!」


 そんな彼らを見回して――東郷は肩をすくめて息を吐くと、呆れ混じりに頭をかく。


「ったく、俺の舎弟どもはつくづく馬鹿ばっかりか」


「カシラの背中を見ながら、ここまで来ましたから」


「言うじゃねえか、リュウジこの野郎」


 静かな笑みを浮かべてそう告げるリュウジに舌打ちしつつ、東郷は大きく頷くと、ビデオテープを掴んだまま宣言する。


「なら……てめぇらの命、ひっくるめて俺が預かるぜ。呪いの正体を突き止めて、俺らに喧嘩売ったことを後悔させてやろうじゃねえか」


「「「応!!!」」」


 かくして、事務所の片隅で埃を被っていたビデオデッキを引っ張り出してきて――一同が息を呑む中、東郷がビデオデッキにテープを滑り込ませる。


 がたがたという動作音の後……砂嵐とともに、映像は始まった。


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