■7//餅は餅屋、霊は霊能者

 そうして、工藤と本田川が殺されたその日の翌日。東郷が訪れたのは、商店街の片隅にひっそりと佇む一軒の喫茶店だった。

 白髪の老店主が営んでいる、アンティーク調のこぢんまりとした店構え。けれどそれゆえに居心地は良いのだろう、中では常連客と思しき数名がコーヒーをすすっている。


「窓際の席、いいかい」


 ドアベルを鳴らしながら入ってきて東郷がそう言うと、店主はそんな彼の強面にも一切臆する様子もなく静かに頷く。

 窓際の四人がけの席について、東郷がしばらく待っていると――


「おまたせしました、東郷さん」


 突然そう声をかけられて、東郷は表情こそ変えなかったものの内心で少しばかり驚く。ドアベルも鳴っていなかったのに、いつの間に入ってきたのか――そこにいたのは一見して中学生女子にしか見えない黒髪の女性。ヤスの母、宮前燐その人であった。


「悪いな、いきなり呼びつけちまって」


「いえいえ。ああは言ったものの、本当にご連絡頂けるとは思ってませんでしたから――よかったです」


 そう言って童女のように微笑みながら座る燐。ちょうど店員が注文を取りに来たところで、燐は東郷に向かってすかさず続ける。


「あ、私はオレンジジュースでお願いします」


「ん、ああ。じゃあオレンジジュースと、コーヒー。砂糖とミルクはいらん」


 明らかにその筋の人間な東郷の見た目に気圧されたのか、店員は妙に怯えたような顔をしながら頷いてカウンターの方へと戻っていく。

 馴染みの店以外ではいつものことだし、自分の外見がどういう印象を与えるかくらいは東郷としても理解しているつもりだったので特に気にもせず、向かいの燐へと向き直って口を開いた。


「で、その用事の件なんだが……一応電話でもざっくりとは伝えたと思うんだが」


「ええ。呪いのアダルトビデオの件ですよね。分かっております。その案件はこちら側でも最近話題に上がることが多かったので。とはいえ――つくづく厄介事に首を突っ込むのがお好きといいますか、あるいは厄介事の方に好かれていらっしゃるのやら。大したものです」


「別に俺としちゃ、好きでやってるわけじゃないんだがな」


「そうでしょうね」


 くすくすと笑った後、彼女はそこで少し真面目な顔になって続けた。


「単なる偶然か、貴方自身がもはやこういった状況を引き寄せる体質になりつつあるのか――まあそこの考察は後にするとして、今はその呪いの件ですが……まずはこちらが把握していることからお話ししましょう」


 そう言ってぴんと指を立てながら、静かに語り始める燐。


「呪いのアダルトビデオ……そう呼ばれるものの存在が囁かれるようになったのはおよそ半年前頃。地域性としては狭いもので、今のところ噂や被害が確認されているのはこの県に限局しています」


「ご当地都市伝説ってか」


「いっそゆるキャラにでもして別な形に変質させてしまえれば扱いも楽なのですがね。まあそれはそれとして――あとは東郷さんもご存知の通り、『一度呪われたら3日後に必ず死に至る』『自分以外の三人にビデオを見せれば呪いを回避できる』……そんな特質も、噂に含まれていますね」


 そう彼女が言ったところで、東郷はふとあることに引っかかる。


「……そういや、三人に見せたら回避できるって――コイカワの奴も聞いてたらしいが、その方法ってのは誰か、実際にやった奴はいるのか?」


「と、言いますと」


「もしそれで呪いを回避した奴がいるなら、そいつはビデオの内容を知りながら生きてるはずだろ。ならもう少しビデオの内容自体を知ってる奴がいてもいいはずだが……調べた限りじゃそういう話はまるで出てきてねぇ」


 そんな東郷の言葉に、燐は少し目を丸くすると、口元に手を当てて小さく唸る。


「言われてみればたしかに。ネットの噂なんかでも、内容についてはただ『めちゃシコ』とか『最高のAV』とかそういう曖昧な表現ばかりで、実際のところどんな映像なのかとか、そういった話は一切見ていませんね……」


「若い娘さんがそういう言葉使うなよ……」


「大丈夫です、若くも娘さんでもありませんので」


 言いながら「まあいいでしょう」と呟く燐。すると丁度その時、店員が注文を運んできた。

 コーヒーを東郷の前に置いた後、盆のオレンジジュースを指して店員が問う。


「こちらの注文は……その、どちらに?」


「彼女に」


 そう言うと店員は東郷の方をちらちらと見ながら、オレンジジュースを燐の前に置いて足早に去っていく。

 東郷の強面のせいもあるだろうが、そんな東郷と一見中学生程度にしか見えない燐の取り合わせがなおさら怪しまれる要素のかもしれない――そんな東郷の考えをよそに、燐はオレンジジュースをストローで吸いながら先を続けた。


「さておき、今のところは回避方法としてはそれしか分かっていないのも事実です。あまりにも、情報が少なすぎる――ですので東郷さん、東郷さんがご存知の、その組員の方々――亡くなった方々の状況についても、詳細を教えて頂けますか」


「ん、ああ、分かった」


 促す燐に、東郷はこれまでのあらましを告げる。

 間垣が殺され、彼とともにビデオを観た二人もほぼ同時に殺されたこと。そのどれもが部屋中に大量の血液を撒き散らした、惨たらしい死に様で――そしてどの場所にも共通して、奇妙な印が残されていたこと。

 それらをひとしきり語り終えたところで、燐が神妙な表情で呟いた。


「……なるほど、やはり噂通り、生半可な呪いではなさそうですね。きわめて殺意の強い存在――いやはや、厄介です」


「俺たちとしても手詰まりでな。このまま野放しにしてナメられっぱなしも癪に障るが、かといって打って出ようにもアテがない……だからあんたに依頼させてもらった」


「ええ、実に賢明だと思いますよ。とはいえ……やはり情報の不足は否めませんが」


 言いながら、「でも」と彼女はさらに言葉を継いだ。


「手がかりになりそうなのは、現場に残っていたという『印』とやらでしょうか。……東郷さん、その現物の写真などはございますか」


「……ああ。リュウジが撮ったものがある。これだな」


 頷いて東郷が携帯電話の画面に例の写真――本田川の部屋に残されていたという印の写真を見せると、燐は難しい顔をして「むむう」と唸る。


「何か分かりそうか?」


「うーん、ちょっとお待ち下さい。どこかで見たような気がするんですけど、すぐ浮かばないというか……ああ、そうだ」


 しばらく目を閉じて考えた挙げ句、彼女はやがて何かひらめいたように呟くとその写真を指差して続けた。


「これは確か、東北のとある呪術師集団の村で継承されていた呪法で用いられるものです」


「呪術師集団……ねぇ」


 眉唾めいた話になってきた。怪訝そうな顔で東郷が頷くと、そんな彼の疑念を見てとったのか燐が軽く肩をすくめてみせる。


「まあ、オカルトめいた表現なのは事実ですが――しょうがないでしょう、オカルトまっしぐらな事件なんですから」


「……確かにな」


 呪いのビデオのせいで人死が出ているのだ、今さらすぎる話である。というかこれまでも散々そういった事件に巻き込まれている以上、もはやそこで混ぜっ返すようなこともあるまい。

 忘れてくれ、と東郷が先を促すと、燐は咳払いをして再び話を戻す。


「で、そう。さっきも言ったようにこれは呪術師集団が一子相伝してきた呪法にまつわるもので――確かその呪法が、返魂法というものでした。返魂法、ご存知ですか?」


「知ってると思うか?」


「そうですよね。ではご説明しましょう。返魂法というのは、有り体に言えば『死んだ生き物を再び現世に呼び戻す』――そういった呪法なんです」


「そいつぁ……死人を生き返らせる、ってことか?」


「平たく言えばそうですね」


 あっさりと頷く燐に、東郷はいささか驚きを隠せずに問いを重ねた。


「すげぇじゃねえか。そんなもんがあったら医者いらずだろ。死んでも生き返っちまうんだから」


「ええ、そうですね。ちゃんと生前のまま、元通りに生き返るなら」


 その含みのある物言いに、東郷はしばしの沈黙の後、何かを察したように鼻を鳴らす。


「……そんなうまい話はねえってわけかい」


「まあ、流石に。所詮はおまじないの類で、この印というのもあくまで死者の葬儀の際に棺に描いて復活を祈る……といったような用途だったと記憶しています」


「なるほどな。東北の、村ね――今もあるのか?」


 そんな東郷の質問に、首を横に振る燐。


「すみません、あまり詳しいことは私も存じ上げていないんです。……ただ、何かしら今回の件に関係している可能性はありますから、調べてみようとは思いますが」


「分かった。手間かけるが、頼む」


 今のところは手がかりになりそうなのは、その情報のみだ。


「また何か分かったらご連絡いたします」


 そう言って立ち去る燐を見送ると、その後で東郷もまた席を立とうとして……するとその時、携帯電話に着信が入る。

 表示はリュウジだ。何かあったのか?


「どうした、リュウジ」


『すみません、カシラ。急ぎで相談が……事務所までお戻り頂いてもよろしいでしょうか』


「電話じゃマズい相談か」


『そういうわけではないんですが――実は、ヤスから妙な連絡がありまして』


「妙な?」


 怪訝そうに呟く東郷に、リュウジは少し沈黙した後でこう、続けた。


『今朝……ビデオが送られてきていたと。あいつはそう、言っていました』


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