■10//DAY1:彼方より届く呪い(1)
月無組で話を一通り訊き終えた後。「また何か分かったら連絡する」と意外にも快く申し出てくれた金堂に礼を言って、東郷たちは事務所を後にしていた。
幸いに金堂の情報提供のおかげで、次に調べるべきアテができたからだ。
「ええ、草壁。確かにそんな名前でした。ガキもこさえていましてね、確か……あん時にはもう小学生くらいでござんしたかね。言うても西行はほとんど手ぇかけずに、草壁が一人で育ててたみたいでしたが」
ビデオに映っていた「草壁」という女性について、彼はそう語っていた。
西行の内縁の妻。そして、彼には子供もいたという。
草壁という名字の子供……当時の年齢を考えると、今は三十かそこらといったところだろう。
――若頭補佐の草壁と、何か関係があるのではないか。そう思うのも致し方ないことだった。
「……草壁。あいつやっぱり、何か隠しているんですかね」
車を運転しながら呟くリュウジに、東郷は「さあな」と返す。
「単なる偶然かもしれん。だがまあ、それならそれで、コイカワたちが何かしら手がかりは掴んでくるだろ」
そう彼が言うように、今はコイカワとヤスの二名の姿は車中になかった。
一度経極組の事務所に戻った後、彼らには別働隊としてあの女性、「草壁」について調べてもらうことにしていたのだ。
東郷とリュウジが若頭補佐、草壁について調査し、コイカワとヤスが女性について調べる。
こうしておけばどちらかが空振りだったとしても、何かしら進展が望めるだろう――と考えてのことだ。
「カシラ」
「あん?」
「草壁から情報を聞き出すのは、俺がやりましょうか。カシラは……」
珍しく、はっきりとしない物言いのリュウジ。だが彼が懸念していることはすぐに東郷にも分かった。
西行五角。草壁の父親かもしれないその男を殺したのは――東郷なのだ。
理由があったにせよ、その事実は揺るがない。自分が殺した男の息子に、どう顔向けできようものか。
だが……東郷はそんなリュウジの言葉に鼻で笑って返す。
「余計な気を遣ってんじゃねえ。そんなことでいちいち感傷を感じるほど、ヤクザってのは繊細な生き物じゃねえよ」
「……すみませんでした、カシラ」
そんなやり取りの後、車中に沈黙が流れ。
やがて事務所から車を走らせて数十分ほどで、草壁が経営している組の子会社のオフィスへと到着した。東郷たちのそれと同様、ビルの一室の小さなオフィスだ。
「いますかね、草壁の奴」
「さあな。祈るとするさ」
言いながら扉を開けて入っていくと――中に詰めていた組員たちが、東郷の顔を見て驚く。
「わ、若頭!? どうしやした」
「草壁に用がある。あいつはいるか」
「へ、へぇ……奥で仕事中です」
「そりゃよかった」
言いながら奥に歩を進めると、そこは一般的な会社とほぼ変わらないような、パソコンが無数に並んだオフィスだった。
東郷の事務所とはえらい違いだが、こういう部分はより実利や仕事の効率を重んずる草壁の性格ゆえだろう。
さておき――奥に座って東郷たちを睨む草壁に、東郷は大股で歩み寄る。
「どうしました、若頭。……見ての通り仕事中なもので、後にして頂きたいのですが」
「お前に訊きたいことが増えたもんでな。……なに、そう時間は取らせねえよ」
静かながら、有無を言わせない重みを帯びた言葉。隣のリュウジの放つ剣呑な空気も感じ取ってか、彼は大仰にため息をついて席を立った。
「……分かりました。他の者の仕事の邪魔になります、こちらへ」
そう言って案内されたのは、ガラスで仕切られた応接テーブルだった。
着席しながら、草壁は面倒臭げに腕を組み、東郷を睨んで口を開く。
「それで、今度はなんです」
「例の、お前の舎弟が殺された事件のことだよ」
「それなら、知っていることは昨日すべてお話ししたはずですが」
「ああ。だが調べていて、お前さんにもう少し確認しねえといけないことができてな。お前の、親父さんについてだ」
そう東郷が告げた瞬間、草壁の鉄面皮がわずかに揺らいだ。
「……意味が分かりませんね。僕の父親が、何だと言うんです」
あくまでしらを切る草壁に、東郷はやや踏み込んで追撃をかけることにした。
「呪いのアダルトビデオ、って噂。聞いたことはねえか」
「……そういえば、部下がそんな下らない話をしていましたね。まさか、それが間垣たちの死に関係しているとでも?」
馬鹿げている、と鼻で笑う草壁にしかし、東郷は頷きながらこう続けた。
「その、呪いのアダルトビデオ――そいつが俺の舎弟のところに送られてきてな。その映像に西行五角……お前の親父さんが、例の呪いのビデオの映像に映り込んでいたんだ」
しらを切られる可能性もあるが、あえてそう言ってのける。すると草壁はやはり、怪訝そうな顔をして肩をすくめてみせた。
「西行? 知りませんね、人違いでは?」
およそ予想通りの答え。けれど東郷は諦めず、一方的に話を続ける。
「しらばっくれるのはよそうぜ。こちとらもう、調べはついてんだ。月無組の組員だった西行ってヤクザがお前の父親のことはよ」
確固たる口調でそう告げると、草壁ははっと目を見開いて、東郷を睨みつけた。
「その様子だと、やっぱり事実だったみてぇだな」
呟く東郷に、草壁は普段のそっけない表情から一転して苛立ちを前面に募らせる。
「……それで。そのことを突きつけて、僕をどうしようと?」
「どうもこうもねえよ。ただ俺は、調べなきゃならんだけだ。お前の親父さんと、それだけじゃない。お袋さんも例のビデオに映っていた――そのことについて何でもいい、手がかりになるようなことがあれば教えてくれ」
そんな東郷の言葉を受けて。草壁は押し黙ると、舌打ちをこぼしながら深いため息を吐いた。
「教えてくれ、だと。さすがはヤクザだ。よく平然とそんな口がきけたものだな」
「……何だ、その言い草は」
黙って見ていられなくなったリュウジが怒気とともに口をはさもうとするのを、東郷は手で制する。
無言でじっと見つめる東郷に、草壁はぎり、と歯噛みしながら――
「知らないと思っているなら、大間違いだ。僕は、知っている。お前が……お前があの男を、僕の父親を殺したってことをな」
……吐き出すようにして、憎悪に満ちた言葉を東郷へとぶつけた。
その様子にリュウジが東郷を見やるが、彼はしかし無言のまま、草壁の言葉を待つ。
「お前の言う通り、あいつは月無組のチンピラだった。ヤクザなんてもんじゃない、ただの性根の腐りきったクソ悪党で―僕や母さんのことも、ろくに省みることすらなかった」
激昂のままに言葉を続けて、草壁は忌々しげにその顔を歪めながら東郷の胸ぐらに掴みかかる。
「カシラ!」
「やめろ」
リュウジが止めようとするのを制止しながら、東郷は己に憎悪を向け続ける草壁を、ただ静かに見つめる。
「母さんはあいつのことを愛していたみたいだが、僕からしてみれば、すぐにくたばれって……ずっとそう思い続けていたし、どうせろくな死に方をしないだろうって、そんなことは分かっていた。けどな」
そこで言葉を区切ると、草壁はわなわなと手を震わせて。
「……それでもあいつは。あいつは俺にとって、父親だったんだよ」
やがて――絞り出すようにそう告げると、東郷の胸ぐらを掴んでいた手を離して、がっくりと項垂れてソファに身を沈めた。
それきり黙り込む草壁を見つめながら、東郷とリュウジは顔を見合わせて。
すると、その時のことだった――東郷の携帯に、着信が入ったのだ。
「んだよ、こんな時に……」
ぼやきながら画面を見ると、ヤスからだ。何か情報を掴んだのだろうか? そう思って応答するや……
『あっ、カシラ、カシラ! よかったぁ、繋がったッス……』
妙に切羽詰まったような、焦りの滲むその声に東郷は眉をひそめながら問う。
「なんだ、どうしたヤス。何かあったか」
『そのっ、それがっ、それが……』
「慌てんな。深呼吸しろ」
そう返すと電話口で大きく息を吸って吐く音がした後、ヤスは涙声でこう告げた。
『大変なんス――車が盛大に追突事故に巻き込まれちまって、コイカワさんが、コイカワさんが……大怪我してっ……』
その答えに、東郷もさすがに、言葉を失うしかなかった。
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