■4//若頭補佐、草壁

 そうして、その日の午後。

 事務所の応接間、東郷と向かい合うようにして、一人の男がそこに座っていた。

 年齢は三十代半ばくらいか。濃紺のスーツを着た細面の男だ。

 七三分けに眼鏡と、格好だけ見ればどこにでもいそうなサラリーマンのようで……しかしその眼光の鋭さが、彼がカタギの人間でないことを物語っている。

 ――草壁。リュウジと同じく若頭補佐の立場にある、経極組の構成員ヤクザ

 そして今回殺された間垣の兄貴分に当たる男であった。


「急に呼びつけちまって悪いな、草壁」


 東郷がそう切り出すと、草壁は不機嫌さを隠そうともせずに腕を組みながら、小さくため息をついてみせる。


「今日はこれから商談があるもので。なるべく早く切り上げてほしいものですね」


 経極組の中でも特にフロント企業の経営などに手広く関わっている、いわゆるインテリヤクザであるところの彼。その仕事ぶりも目覚ましく、コイカワなどより組では年次が浅いながらも今の地位までのし上がってきたほどのやり手である。

 そう告げる彼に「分かった」と頷きながら、東郷は本題に入ることにした。


「お前の舎弟の間垣の件は、もう知ってるだろ? ……今日呼んだのは、そのことだ」


「間垣? ……ああ。そう言えば電話でも聞きましたね。あれが死んだとか」


「……あれ・・って、そんな言い方ァねえだろ。お前の舎弟だろ?」


 眉をひそめる東郷に、しかし草壁は組んだ腕を指でとんとんと叩きながら首を横に振った。


「単なる仕事上の部下に過ぎません。死んだと言うならば、また代わりを用意しなければいけないのは少々面倒ですが」


 あくまで冷ややかなその態度に、東郷の額にびしりと青筋が浮き、応接間の端で見守っていたヤスとコイカワが震え上がる。

 東郷は草壁をじっと睨んだまま――黒手袋に包まれた両手を強く組んで、静かに続けた。


「いいか、草壁。俺たちは任侠だ、表を堂々歩けねえ連中が、それでも居場所を求めて寄り集まって、そうしてここにいる。……死んだ間垣だって、親御さんとは絶縁してうちに拾われたって言うじゃねえか。兄貴分として、てめぇが背負ってやらねえで誰が骨拾ってくれるってんだよ」


「下らない感傷ですね。そういう説教のために呼んだというなら、僕はもう行きますよ」


 そう言って立ち上がろうとする彼に、東郷も流石に熱くなりすぎたと舌打ちしながら「待て」と呼び止めた。


「……今日てめぇを呼んだのは、間垣の死の手がかりを見つけるためだ。てめぇが忙しいのはわかるが、もう少しだけ話を聞かせろ。上司の命令・・・・・だって言えば、イヤとは言えねえだろ?」


 そう告げた東郷に、草壁は不満げな表情を見せつつも仕方ない、といった様子で座り直して足を組む。


「……手がかり? 何のために、そんなことを」


「あいつの死は、どこからどう見ても他殺だ。……どこのどいつかは知らねえが、うちの組員を殺るなんて真似した野郎を野放しにしてちゃあ、組の代紋が泣くってもんだろう」


 そんな東郷の言葉に、草壁はその顔にいささかの驚きを浮かべながらも、すぐ呆れ混じりに首を横に振ってみせた。


「だから、犯人を探し出すと? そんなことは警察に任せておけばいいでしょう」


「もちろん、とっ捕まえたら後でサツに突き出してやるさ。その前に指の一本や二本は減ってるだろうがな」


 肩をすくめながらそう言うと、東郷はまっすぐに草壁を睨みながら続ける。


「……で、どうだ。何か知らねえか。間垣が最近誰かと揉めてたとか、仕事でトラブったとか――何でもいいんだ」


「……知りませんよ。いい加減な男でしたが、少なくとも組の関係で妙なトラブルがあったという話は聞いていません。僕が言えるのは、その程度です」


「……そうか」


 微妙な面持ちで東郷が頷くと、草壁は席を立って出口の方へと歩いてゆく。

 コイカワとヤスをひと睨みして道を開けさせながら――彼は一度だけ東郷へと振り向いて、


「……仁義に仲間、家族だと? 下らない綺麗事を」


 吐き捨てるようにそう小さな声で呟くと、そのまま事務所を出ていってしまった。


 彼が去った廊下を見つめながら、東郷はソファに深く腰掛けてため息をつく。そんな彼にコイカワとヤスが駆け寄ってくると、不満げな顔で口々に口を開いた。


「あんにゃろ、相変わらずいけすかねェ野郎だぜ!」


「いいんスかカシラ? ……俺らが兄貴分相手にこんなん言うのもヘンっスけど、あんな態度じゃケジメがつかないと思うッス!」


 そんな二人の言葉にしかし、東郷は肩をすくめながら首を横に振った。


「よしとけ、そう言うもんじゃねえ。……あいつはあれで、組のために随分と働いてくれてんだ。だから好き放題していいってワケじゃあねえが、今ムダに揉めても仕方がねえさ」


「うぅ……なんだかモヤっとするッス」


 不服そうにぼやくヤスを見て鼻を鳴らしつつ、東郷は腕を組みながら静かに思考を巡らせる。

 あんな態度でこそあれ、少なくとも草壁が彼が何か隠しているという様子もなかった。

 純粋に、舎弟のことに興味がない。無関心だから知らない――彼の言っていた通り、本当にそれだけなのだろう。兄貴分としてそれで良いのかという問題は、ないではないが。

 そしてそんな中で得られた情報として……少なくとも仕事や組がらみでのトラブルという可能性は、恐らく低い。

 厳密には、何でも良いから経極組に喧嘩を売りたいというような連中にたまたま目をつけられたという可能性もないではないが。少なくとも東郷の知る限り、今そんなことをして経極組と抗争をおっ始めたいような勢力に心当たりはない。

 ならば、残るは間垣本人の私生活――というところだ。

 そこまで考えたところで、ちょうど東郷の携帯電話に着信が入る。

 相手は、リュウジだった。昼間に現場を後にしてから、彼にも細々とした調査を頼んであったのだが――


「おう、リュウジか。そっちはどうだ」


『それが――草壁の舎弟を探して話を聞いてたんですが、そのうちの一人がちょいとばかし妙なことを言っていまして』


「妙なこと?」


 そんな東郷の問いかけに、しかし通話口のリュウジは少しばかり言葉をつまらせた後……やがて、こんなことを言う。


『ええ。本人も慌てててよく分からねえんですが――呪いのビデオ・・・・・・がどうとかで』


 ……その言葉には、流石に東郷も言葉を失うばかりであった。


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