■5//呪いのビデオ(1)
リュウジによって事務所に連れてこられたのは、明るい色で髪を染めた小太りのチンピラだった。
草壁の舎弟の一人、
リュウジに促されて応接間に通されると、彼は東郷に一礼し――ソファに腰掛けるや、深いため息をついてうなだれた。
そんな彼の正面に座りながら、東郷が口を開く。
「本田川っつったな。同期が死んで辛いところ悪いが……話、聞かせてもらえるか」
普段より柔らかいトーンでそう語りかけた東郷に、本田川は顔を上げると暗い表情ながらもゆっくりと頷いた。
「もちろんです、カシラ。……カシラは、あいつが死んだ原因を探ってくれてるんですよね。なら俺も、ご協力いたします」
力強くそう言って頭を下げる彼に、東郷は頷き返すと問いを投げかけた。
「本田川。お前は、間垣とは仲が良かったのか?」
「はい……あいつとはよくつるんで飲みに行ったりしてて。仕事でも組むことも多かったですし――ですんで、まさかこんなことになるなんて思いもしませんでした」
沈んだ様子でそう語る本田川。東郷は少し間をおきながらさらに続ける。
「だったら間垣のプライベートについても、知ってるか?」
「ええ。……少なくとも、そんなに敵を作るタイプじゃあなかったはずですよ。いい加減なところはありましたが、オンナ関係でも揉めてるって話は聞きませんでしたし」
「そうか。他所の組とトラブったとかは」
本田川はやはり、首を横に振り。けれども何か言いたげに、ちらりちらりと東郷の方を見てくる。
その様子を観察しつつ……東郷は頭をかくと、仕方無しに本題に入ることにした。
「何か、心当たりがあるんだよな。……リュウジから聞いている、話してみろ」
「ええ、ですけど、その……馬鹿みてぇな話なもんで、こんな時に話していいもんか……」
「気にすんな。ここ数ヶ月、馬鹿みてぇな話ばっかり聞いてるもんでな。もう慣れてる」
そんな東郷の返事に怪訝な顔をしつつも、本田川はしばしの逡巡の後、決心したように口を開き始めた。
「その……実は、何日か前の夜に俺と間垣と、あともうひとり……工藤ってぇ若いのとで宅飲みしてまして。その時間垣の奴が、妙なビデオを引っ張り出してきたんです」
「ビデオ?」
「ええ……その、下らねえ話で申し訳ねえんですが、エロビデオで……『めちゃくちゃ良いやつ手に入れた』っつーんで、呑んでた勢いで一緒に観ようぜってことになって」
「観たのか」
東郷の問いに、本田川はおずおずと頷く。
すると遠巻きに見守っていたコイカワが、興味津々な様子で話に割って入ってきた。
「どんな
「ええと……ぶっちゃけ俺はベロベロに酔って寝ちまってて、あんま覚えてねえっつーか」
「んだよ、しょうがねえなァ」
「お前は黙ってろ」
つまらなそうにぼやくコイカワを手で追い払いつつ、東郷は話を戻す。
「それで、そのビデオが今回の件とどう関係してる?」
そんな東郷の質問に――本田川はうなだれて、どこか怯えたような表情になってこう、続けた。
「カシラは……最近流行ってる、『呪いのAV』の噂、ご存知ですか」
「……ああ。観たら死ぬ、だっけか。そういうAVがあるって話だったな」
ちらりとヤスの方を一瞥しながらそう答えると、本田川は小さく頷いてさらに言葉を継いだ。
「そん時はなんとも思わなかったんですけど、間垣がいきなり死んだって聞いて……思ったんです。ひょっとしたらアレがその『呪いのAV』かもしれねえって」
「……いくらなんでも考えすぎじゃねえのか。観ても大して記憶に残らねえような内容だったんだろ」
「そうなんですけど……けど、あの時の間垣の様子、なんかヘンだったんですよ」
「変?」
眉間にしわを寄せる東郷に、本田川は怯えた様子のまま呟く。
「ビデオを引っ張り出してきた時のあいつの目、ガンギマリで……まるで、何かに取り憑かれてるみてえな感じで気味が悪かったんです。それで、今日になっていきなり死んでたって言うんですから……こんなのどう考えても、ヤバいやつじゃないですか! ……おしまいだ、俺も一緒に観ちまったから――俺も、死ぬんだ。殺されるんだっ……」
だんだんとヒートアップして、叫ぶようにそう語った後で彼は我に返ったように「すんません……」と頭を下げた。
そんな本田川を静かに見据えつつ、東郷は少し間をおいた後で再び口を開いた。
「お前の言い分は分かった。だが――そうだとすりゃ、間垣の奴は一体どっからそんなビデオを手に入れてきたんだ?」
東郷のそんな質問に、本田川はしばらく沈黙してから首を横に振る。
「それは……分からないです」
「なら普通にAVを借りてきたってだけかもしれねえだろ。それでたまたま、どこのどいつか知らねえが――誰かに殺された。単なる偶然の一致って可能性もある、そう怯えるなって」
「けど……」
東郷の言葉にも、しかしなおも納得しきれない様子で口ごもる本田川。そんな彼に、東郷は小さくため息をついて「じゃあ」と頷く。
「間垣の件のついでに、呪いのAVとやらについても調べをつけてやる。そうすりゃ気が晴れるか?」
「……そんな。カシラにそこまで、お手間をかけさせるわけには」
「いいんだよ。動くのはどうせこいつらだ」
そう言ってヤスとコイカワの方を顎で指す。「俺らっスか!?」と寝耳に水な様子の二人を無視しながら、東郷は安心させるようにこう続けた。
「大丈夫だ、呪いだのなんだの、そんなもんで人は死なねえ。……大船に乗った気分で、俺らに任せておけ」
「ありがとうございやす、カシラ……!」
涙目になって何度も何度も頭を下げる彼をなだめつつ、いくぶんか安心した様子の彼に向かって東郷はさらに問いを投げかける。
「んで、お前はその『呪いのAV』とやらのこと、どのくらい知ってるんだ?」
「それは……いや、実のところ小耳に挟んだくらいで、こまけぇ話はほとんど知らねえんです。ただ、観たら死ぬって言われてることくらいで……」
「そうか、分かった。……なら、後は俺らでどうにかする。お前は何も考えず、普段どおりにしてろ」
そんな東郷の言葉に「わかりました」と頷くと、本田川はリュウジに引き連れられてそのまま退室していった。
彼を帰してリュウジが戻ってきたのを確認したところで――東郷は舎弟たちを見回して、ぽつりと呟く。
「おい、お前ら。今すぐ市内のレンタルビデオ屋に問い合わせて、噂話を確認しろ。なんでも良い、呪いのAVについての情報をかき集めるんだ」
「え、でもよォカシラ、さっき呪いとかじゃなくてただの偶然だって……」
「うるせぇ、ありゃ本田川を安心させるための方便だ。ここ最近の立て続けのワケの分からん出来事を考えたら、今回もどうせ呪いだのなんだのって話に決まってんだろ!」
おずおずと質問したコイカワをそう一喝しつつ、次にリュウジの方へと向き直りながら東郷はさらに続ける。
「リュウジ。お前はビデオを観たっていうもうひとり……工藤ってぇ若衆のところへ行ってくれるか。念の為、無事を確認しておきたい」
「了解です」
そんな東郷の命令で、舎弟たちが動き出し始める中――東郷は疲れたように深いため息をつきながら、事務所の一角に安置された白鞘を一瞥する。
「……まあ、無関係ならそれが一番良いんだけどな」
そんなぼやきを、誰にともなく零しながら。
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