■2//平常運転のヤクザども(2)

 そんなこんなで美月の誤解を解いた後。

 帰ってきた東郷を見ながら、美月が「そういえば」と口を開いた。


「今日はあなた、どこ行ってたの? 仕事……にしては、コイカワさんたちは事務所で暇してたみたいだけど」


 そんな何気ない質問に、東郷はわずかな間の後でこう答える。


「なんてことはねぇ、ちょいと時期には早いが墓参りだ」


「墓参りって、誰の」


「美月ちゃん……!」


 何やら微妙な表情で呼びかけてくるコイカワをよそに、東郷は自分の椅子に座りながら淡々と答えた。


「俺の、両親のだよ。俺がヤスくらいだった頃に死んでな」


 その返答に、美月はバツの悪そうな顔で黙り込むと、東郷に向かって小さく頭を下げた。


「……ごめんなさい。余計なこと」


「別にいいっての。もう随分前のことだし、今さら感傷にひたるもんでもねえ」


 そう言って気にしていないとアピールする東郷であったが、しかしどうしても応接間には微妙な沈黙が漂い始めて。

 そんな空気を振り払おうと――いきなり口を開いたのは、ヤスだった。


「そっ、それより雑談でもするッス! え、AVの話とか!」


「まだその話すんのかよ、殴られ足りねえか」


「いやそんな、下ネタとかじゃないッス! もっと健全な雑談ッス!」


 無表情で拳を握り直す東郷に顔を青くしながら首をぶんぶん横に振るヤス。美月はというと、そんな彼をじっとりとした半眼で見つめながら――


「……お昼ごはん作ってくるから」


 冷めきった声でそう言って、台所の方へと行ってしまう。

 場の空気を変えたいというヤスの思惑自体は成功と言えたが、それ以外の意味では大失敗な話題の振り方であった。

 ……ともあれ、閑話休題。頬杖をつきながら、東郷は呆れ混じりに口を開いた。


「で? AVの話題でどう健全な話をしようってんだよ」


「あっ、ええとッスね……そう! AVといえば最近このあたりで妙な噂を聞いた――って話ッス」


 そんな彼の言葉に、興味を惹かれたコイカワが鼻息を荒くし始める。


「お、なんだァ? “エロいおたから”動画の話か?」


「そうでもあるけど、そうでもないッス」


 どこか奇妙なその物言いに、眉根を寄せる東郷とコイカワ。そんな二人を見比べながら、ヤスはにやりとして人差し指を立て……こう続けた。


「行きつけのレンタルビデオ屋で聞いたんスけど――なんでも、呪いのAVとかいう曰く付きのAVがあるらしいんスよ」


「レンタルビデオ屋なんて、大手以外でまだ生き残ってたのか」


「昔はいっぱいあったのになァ、懐かしいぜ、あのVHSがずらっと並んでるワクワク感……」


「突っ込むところそっちじゃないッス!」


 ぶんぶんと首を横に振るヤスに、東郷は嫌そうな顔をしながら仕方なく言葉を続ける。


「……なんだってまたそういうロクでもない話ばっか聞いてくるんだよお前は」


「いやぁ、呪いのビデオとか聞くと男の子はときめいちゃうもんスから」


「分かるぜ」


 何やら頷くコイカワを横目に見つつ、東郷はさらに先を促す。


「……んで? その呪いのAVがどうしたって?」


「ええ、それがッスね。なんでも噂が出始めたのはここ最近のことらしいんスけど……なんでもそのレンタルビデオ屋の知り合いの店で実際にあったことだとかで」


「すでに信憑性が皆無になってくる前フリだな」


「まあ待ってくださいッス、まだ序盤も序盤ッス」


 興味を失おうとしている東郷を引き止めつつ、ヤスは神妙な顔をしながら雰囲気を作って話を続ける。


「……ともかく、その店主が言うには、そこの店の成人向けコーナーの片隅に、置いた覚えのない古いAVがいつの間にか置かれていたんだそうッス」


「昔のビデオを全部把握するのも難しいだろ、そういうこともあるんじゃねえか?」


「まあ、そうかもッスけど……それだけで済むハナシでもなくて。このAVっつーのが、裸の女のパッケージでAVらしいってことだけは分かるんスけど、それ以外の情報が全然書かれてないらしくて――変だなと思いながらも店主さんは放置してたらしいんスけど、ある日、バイトの大学生が興味本位でそれを借りていったらしいんスよ」


 そこでヤスは雰囲気を出そうとしてか低い声を作ってみせるが、根本的に軽薄さがにじみ出ているせいでいまいち様にならない。


「んで、それからが問題なんス。この借りていった店員ってのが、翌日のシフト日をすっぽかして休みやがったらしいんス。バイトには熱心で、無断欠勤なんて絶対しないヤツだったらしくて、店主さんが心配して電話を掛けたら――」


「掛けたら?」


 コイカワが恐る恐る問うと、ヤスはたっぷり間を空けた後でこう、答えた。


「電話には出たんスけど、そいつ――家でずっと○○ッてたらしいんス」


「いきなり下世話な話になってきたな……」


「いや待ってほしいッスカシラ。まだこっから、こっから怖くなるんス」


「本当かよ」


 呆れ顔でぼやく東郷に必死で言いすがりながら、ヤスはさらに続ける。


「そのバイトが言うには、借りていったその謎のAVがとんでもなく最高すぎて昼夜も忘れて見入ってたらしいんス」


「昔のは規制がユルいからなァ。分かるぜ」


 うんうんと感慨深げに頷くコイカワに「違うッス」と返しつつ、ヤスは東郷を見ながらさらに話す。


「ともかく、店主さんは心配して損したとばかりに大激怒しちゃって。それでそのバイトをクビにしたはいいんスけど、それから何週間かして、例のビデオが返却されてないことをふと思い出したらしいんス。で、バイトの家にまた電話したんスけどこれが全然出なくて――店主さん、なんとなく気になってバイトの家まで行ったんス。すると……」


「うぁー、やべェやべェ、なんかオチが分かってるけどこええよォ!」


 見かけに反してビビリなコイカワが耳を塞ぐのを見つつ、ヤスはキメ顔でこう告げた。


「家では大量のティッシュに囲まれて、下半身を丸出しにしたバイトが死んでいたんだそうッス……! バイトが借りていったビデオは、観たら3日後に死ぬ呪いのビデオだったんスよ!」


「……怪談なのかアホ話なのか迷う内容だなおい」


 至極冷静な口調でそう呟いた東郷に、ヤスは「えー」と不服げに声を上げる。


「凄くないッスか? だって呪いのビデオッスよ呪いのビデオ! 呪いのビデオと言えば和製ホラーのド定番じゃないッスか!」


「そういうもんなのか」


「そういうもんですぜ! 『リ○グ』とか『貞○』とか、聞いたことねえっすか?」


「言われてみりゃあ、聞いたことくらいはあるが……」


 なにぶんその手のジャンルには疎いので、聞いたことがある程度である。


「っていうか今どきVHSの再生環境がある若いヤツなんているのか?」


「そこに突っ込まれると弱いッスね……」


東郷の身も蓋もない問いに渋い顔をしながら、ヤスは「でも」と続けた。


「これはあくまで噂ッスけど、本当にあったら怖いッスよね。呪いのビデオ。だって観たら死んじゃうんスよ?」


「別に珍しくもねえだろ。その辺歩いてるヤクザだって、見たら死ぬぞ」


「それってガン飛ばすとかそういうニュアンスじゃないッスか……?」


 微妙な表情で呻くヤスに、横から同意を示したのはコイカワだった。


「確かにこええよなァ、呪いのビデオ。しかもだいたいアレだろ、他の人に見せないと死ぬとかそういうのもあるだろ? 性格悪ィよなぁ、呪ってるヤツ」


「まあ人呪うヤツの性格が良い方が怖いッスからね……」


 それもそうである。妙にしみじみと話す二人に、そこで――口を挟んできたのは、台所から出てきたエプロン姿の美月だった。


「……台所まで聞こえてきたけど。あんたたち。またそういう変な話に首突っ込むの? ……って、何度も巻き込んでる私が言えた身分じゃないけどさ」


 少しバツが悪そうにそう続けた美月に、東郷は「いや」と首を横に振る。


「単なる下らねぇ噂話だ、別に俺らにゃ関係ねえよ。それに――あんまり深入りすんなって、ありがたい忠告ももらったことだしな」


「忠告? 誰に?」


「それは……」


 と、東郷がそう言いかけたその時のことであった。

 事務所の固定電話が鳴り響いて、近くにいたヤスが即座に受話器を取る。


「はい、もしもし経極コンサルタントッス、ご用向きは……って、へ? は? あ、いや……その、おりますッスけど……」


 何やら急激にしどろもどろになりながら、東郷の方にちらちらと視線を送ってくるヤス。

 そんな彼の様子に嫌な予感がして、東郷は静かに問う。


「誰からだ」


「……ええと、不動刑事ッス……。カシラに用があるって……」


 そう言う彼から無言で受話器を引き受けると、東郷は神妙な様子で口を開いた。


「代わりました、東郷ですが――刑事さんが今日は、どういったご用件で?」


 そんな東郷を横目に見ながら、そこで美月がぽつりと、ヤスに小声で尋ねる。


「ねえ、ヤスさん。……さっきのことなんだけど」


「AVのことッスか?」


「そっちじゃなくて。その……あの人のご両親のこと、なんだけど。その――ご両親とも亡くなってるって、どういうことなの?」


 そんな美月の問いかけに、ヤスは「あー」と頭をかきながら、美月に耳打ちする格好でこれまた小声で答えた。


「俺もあんまり詳しくは知らないんスけど。カシラのご両親……押し入り強盗に殺されたらしくて。それで、色々あってこっちの世界に足を踏み入れたんだって、そう言ってたッス」


「強盗……」


 驚いた後、美月はそこでしゅんと肩を落としてため息を吐き出した。


「……余計なこと、詮索しちゃった」


 後悔した様子の彼女に、一方のヤスは軽い調子で笑う。


「まあまあ。気にすることないッス。俺も組に入ってすぐの頃に同じこと訊いたッスから」


「ヤスさんと同じようなことしちゃうなんて……」


「どういう意味ッスか!?」


 ……なんて。どこか気の抜けた話をしていると、通話を終えたらしい東郷がヤスとコイカワ、そして美月を一瞥して口を開いた。


「美月ちゃん。悪いが今日は、早めに上がっておいてくれ。事務所をしばらく空けることになるかもしれん」


「……何かあったの?」


 ただならぬ様子の東郷に美月が訊き返すと――彼はいつにも増して険しい表情で、こう答えた。


「組員が、殺されたそうだ。……事情聴取がてら、現場に来いって話だ」



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