■2//平常運転のヤクザども(1)

 その日の昼過ぎ。東郷が事務所に帰ると――中から聞こえてきたのは、嬌声だった。

 大音量の女性の喘ぎ声と、それに反応して歓声を上げる男どもの野太い声。


「うひょぉ、コレは激ヤバッス……」


「おぉ、おぉ……んほォ……」


 ヤクザの事務所である、中ではどんな非人道的な行為がされていても不思議ではない。

 だが東郷はというと平然とした顔でずかずかと応接間まで入っていくと、そこで起こっていた光景に……小さく肩をすくめた。


 応接間に置かれた大画面のテレビ、そこに映し出されているのはあられもない姿の女性が……こう、一般向けレーベルでは描写できない類のあれやこれやをしている様子。

 そしてそれに釘付けになっていたのは彼の舎弟、ヤスとコイカワの二人であった。


「あァ、カシラ。ご苦労さんです」


「ごくろうさんッス! あ、うちの実家から仕送りで桃缶いっぱい来たんスよ。カシラも食べます?」


 二人してなぜか桃の缶詰を頬張りながらこちらを振り向いてそう言う二人に、東郷はジャケットを脱ぎながら呆れ顔で問う。


「てめぇら、真っ昼間からナニしてやがる」


「ナニって、そりゃア見て分かるでしょう」


 得意げに胸を張るコイカワに、


「モザイク確認ッス」


 と言葉を添えるヤス。

 詳しく説明すると……組の関連会社のAV撮影スタジオから時折こうしてモザイク処理の確認依頼が来ることがあり、もっぱらヤスたちのような下っ端の仕事となっているのだ。

 ちなみに補足しておくと、もちろん非合法な撮影などは断じて行われていないので安心してほしい。誰に向けて言っているのかは分からないが。

 ……閑話休題。


「それで真っ昼間から事務所でAV鑑賞かよ。家でやれ、家で」


「家でやったらそのまま下半身の欲求が勝っちまいますよォ! 事務所だから真面目にやって……ああ、またインタビュー入るのかよ!? 要らねえよインタビューなんてよォ!」


「むっ、分かってないッスねコイカワさん! インタビューのシーンがあるから本番に向けてテンション上げていけるんスよ!」


「うるせえぞてめぇら」


 殺気を漏らしながら呟いた東郷に、二人はぴたりと黙り込む。黙り込んだ分だけAVの音声が際立ってくるのでそれはそれで台無しだったが。


「お前らまさかとは思うが、朝っぱらから流してたんじゃねえだろうな」


「そうッスけど……」


「またなんかヤっちゃいました? 俺ら」


 首を傾げる二人を半眼で見つめながら、東郷は額を押さえてため息をつく。


「お前らな……もしこんなもん観てる時に美月ちゃんが来たらヤベえだろうが。未成年の教育に良くねえぞ」


 美月というのは、以前東郷たちが関わったとある事件の被害者であり、ついでにそれ以降なんやかんやあって定期的に事務所の手伝いをしてくれている女子高生である。


「はっ、言われてみればッス!」


 東郷の指摘に大げさに驚くヤスに対して、コイカワはと言うと軽薄な調子で笑いながら、


「心配性ですぜ、カシラ。朝は美月ちゃんが帰ったのを確認してから観始めてますし……それに今日は平日ですから、昼間にまで来るってこたァないですよ」


 と、そう返して――すると、ちょうどその時である。


「こんにちはー。学校が創立記念日でお休みだから、来てあげたわよー」


 ……玄関口の方から聞こえてきたのは件の少女、美月の声。その声に東郷たちは三人とも、揃って硬直する。

 玄関から応接間まではほぼ直通、中央に鎮座するテレビ――その画面を隠す暇などなかった。


「ちょっと、なんか変な声聞こえるけどなに……って」


 応接間に顔を出した彼女の視線が、テレビ画面に釘付けになって。

 最初はきょとんとしていたその顔が、みるみるうちに耳まで真っ赤になって――


 ……その後、彼女の誤解を解くのに少なくない時間を要したのは、言うまでもないことだろう。

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