■19-七不思議という七不思議-I

「か、カシラぁ! 大丈夫ッスか!? 痛くないッスか!?」


「さすがカシラ、さすが【経極の白虎】ですぜェ! 俺ぁカシラがこの程度でくたばるわけねえって信じてましたよ!」


 東郷が宇津木を殴り飛ばしたところで、破顔しながら東郷のもとへと駆け寄ってきたヤスとコイカワ。二人をしっしっとあしらいながら、東郷は顔をしかめて舌打ちした。


「うっせえっての、てめぇら。傷口に響く……」


「大丈夫ですか、カシラ。休まれていた方が」


 動かない黒井に向かって銃口を向けて牽制しながら東郷の正面へと移動してきたリュウジ。

慮ってくる彼に、東郷はゆっくりと首を横に振って答えた。


「心配ねえよ。大げさな傷だが、この感じだと動脈や内臓は大丈夫そうだ」


「……そこまで刺され慣れてるカシラが怖くなってきたッス」


「それな……」


 若干ドン引きしているヤスたちを「うるせぇ」とはたいた後で、東郷はそこでようやく落ちていた白鞘を拾い上げながら、黒井へと向き直った。


「……なんなんだ、お前っ――」


 そう呟くのは氷室、あるいは黒井と呼ばれていた少年――東郷を見る彼の顔に浮かんでいたのは、ありありとした憎悪と、そしてそれと同じくらいの困惑だった。

 そんな黒井の問いかけに、東郷は耳の穴を小指でほじりながら面倒くさそうに肩をすくめて。


「何って……お前らさっきから言ってたろ。ヤクザだよ」


 腹に巻いた包帯を力いっぱいに締め上げると、白鞘を肩に担いでそう見得を切る東郷。

舎弟どももまた、東郷の周りに再び集結し、各々の得物を手に臨戦態勢で構える。

 先ほど刺された後だというのにまるでそれを感じさせない、ぴしりと伸びた背筋で東郷は黒井を睨みつけ――訊ね返す。


「それよりも、てめぇの方こそ何なんだ氷室――いや、黒井とやら。ここに来るまでに見せられたあの胸糞悪い演出……ありゃあ一体、どういうつもりだ?」


 そんな東郷の問いに、やや気圧されていた黒井は余裕を取り繕いながら口の端に笑みを浮かべてみせた。


「何って、見てのとおりだよ。僕の正体は――」


「いじめられて自殺した生徒の地縛霊、的なアレッスよきっと」


「ありきたりすぎねェ? それ」


 めちゃくちゃに話の腰を折られて「ぐ……」と言葉に詰まりながらも、黒井は東郷を睨んで続ける。


「……ああ、そうとも。僕はあいつらのせいで両手を……なくした。ピアノだけが僕の救いだったのに、それすらできなくなって――それで僕は、死ぬしかなかったんだ!」


「ああ、それはよく分かった。……それで? それがどうして、こうなった」


 問いを重ねる東郷に、黒井は「はっ」と鼻で笑いながら両手を広げて、


「決まっているだろう、復讐さ。僕は死んだことで『真夜中に鳴り響くピアノ』という七不思議の一部になった――だからその力であいつらに、僕をいじめたクソどもに、復讐してやったんだ!」


「なるほどな。そいつは結構なことだ。てめぇに見せられたあの光景が事実なら――連中は、やり返されるだけのことはしたんだろうからな」


 淡々と頷いてそう告げた後、そこで東郷は「だがよ」と続ける。


「それじゃあてめぇは、何でまだここにいる。復讐はもう、とっくの昔に終わってるはずだろう――なのに何十年もこの学校の生徒たちにちょっかい掛け続けて、挙げ句の果てには死人まで出てる。そりゃあ一体、どういう了見だ?」


 静かな、けれど普段から彼を知るヤスたちには分かる、沸々とした怒気をたぎらせながらそう訊ね返す東郷に――そうとは知りもしない黒井は、愉快そうに肩をすくめてみせた。


「そんなの決まっているだろう。僕の復讐は、まだ終わっちゃいない。欲望に踊らされて誰かを犠牲にしようとする、こいつらみたいな愚か者がいる限り――僕は七不思議としてこの学校に君臨し、裁き続けるんだ!」


 気絶している宇津木を一瞥しながらそう叫んだ彼を、東郷はただ、何も言わずにじっと見つめて。

 それからやがて……静かに白鞘の柄に手をかけながら、口を開いた。


「最初はよ、少しばかり同情もしたぜ。『やられたら、やり返す』。俺たちも同じ理屈で生きてるんだ、そういうやり方を否定はしねえよ。だがな――その後・・・はもう、違うだろうがよ」


 白鞘を柄を握るその手に、ぐっと力がこもって。東郷はぎろりと黒井を睨みながら――


「『復讐』だと? 何が復讐だ、無関係の連中を一方的に弄んで、殺しやがって。今のてめぇのやってることはもはや逆恨みですらねえ……何の大義も名分もねえ、てめぇをいじめていた連中と同じただの『暴力』だろうがよ!」


 怒号とともに、白鞘に封じられた刃が鞘走り。

 瞬間、教室中の壁にびしりと無数の亀裂が迸った――


「うわわ、ヤバそうッス!」


「壁が……っていうかよォ、床も崩れてんだけど!?」


「カシラ!」


 周囲の壁が崩れ落ち、床板もあちこち剥がれて巻き上がっていく中で、東郷だけは微塵も狼狽えることなく白鞘の刃を黒井に向け。

 黒井もまた、思いもよらぬ状況に焦りを浮かべながらも……苛立ちの表情を浮かべながら東郷を睨み返す。


「暴力だと? 僕のやっていることが、暴力? ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! 僕は……ぼ、    ク   は」


 がくん、と力が抜けて膝をついたかと思うと、黒井はその姿勢のまま、白目をむきながら口元に笑みを浮かべて……頭上に向かって、手を伸ばす。


『ぼ  く、   ハ、七番    、目の、七  フ、 思、議――『学 校  ノ  七不思  議』――』


 刹那、崩れた周囲の壁から飛び出してきたのは無数の「手首」。

 切り離された血みどろの「手首」たちが蟻のように群がりながら、東郷たちへと迫りくる。


「うえぇ、またボス戦的な感じになったッス……」


 そんなヤスのぼやきはよそに、一歩も退く様子もなく白鞘を構えたまま。


「上等だぜ。今のてめぇが何だろうが、そんなこたぁどうでもいい……俺らの流儀でケジメつけさせてやるよ、このクソ外道!」


 見得を切りながらそう宣告する東郷たちへと、魑魅魍魎たちが一斉に雪崩込む――

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