■17-七不思議を統べるもの-III
階段を上った先の天井からぶら下がっている、黒井の死体。
それを数秒眺めた後、東郷は無言でその脇を通り抜けていこうとした。
「か、カシラ! いいんスかこれ、このまんまで……」
「うるせえな。どうしろって言うんだよ。どう見てもこいつぁ死んでるし、何より……あいつの見せてる幻か、そんなところだろ。ほれ」
そう言って無造作に死体を白鞘で軽く突く東郷。するとその先端はぶつかることなく、死体をあっさりと通り抜けてしまった。
「……あの野郎が何のつもりかは知らねえが、動揺したら負けだ。てめぇらだって首吊りのひとつやふたつ、見たことないわけじゃねえだろ」
「いやまァ、そりゃ取り立て先で多重債務者が“
「ビビるもんはビビるッス……」
そうぼやくコイカワとヤスに肩をすくめつつ、「まあ無理はねえが」とぼやいて東郷はそのまま前方を見る。
階段の上。そこは踊り場ではなく、一本の長い廊下が伸びていたのだ。
「……この先に行け、ってことでしょうか」
東郷よりも一歩前に出ながら呟くリュウジに、「さてな」と東郷。
「なんにせよ、腹は立つが道はこれしかねえ。罠だろうが――正面から叩きのめしてやろうじゃねえか」
そんな大見得を切って大股で進んでいく東郷。
渡り廊下のように両側に窓が続く長い廊下。窓の外からは夕日の赤い日差しと、夕暮れの群青色が差し込んでいる。
そうして進んでいくと……突き当りにあったのは、今度はふたつの扉だった。
どことなくトイレの扉のような、上下に隙間の空いた灰色の扉。木造の廊下にあってやや不自然な佇まいである。
「扉がふたつ……どっちかが間違いとか、そういうやつッスかね」
「クイズ番組とかでよくあるヤツだな!」
なぜか楽しそうなコイカワをスルーしつつ、東郷はじっと扉を見比べる。
「こんな場所にある」という以外はなんの変哲もない、無骨な扉だ。造りにも特に差はない。
だが一点、違いがあるとするならば――扉の脇に雑然と貼られた、一枚の折り紙。
右手側の扉には、赤い折り紙が。左手側には青い折り紙が貼られている。赤い折り紙になんとなく触れてみるがもちろん特に変化はない。
しげしげと紙を見ている東郷に気付いて、ヤスがそこで「あ」と声を上げた。
「これはもしかすると、アレっス! 『赤い紙、青い紙』の七不思議っスよ!」
「なんだそりゃ。ケツ拭く紙か?」
「そうなんスけど、そう言われると身も蓋もないッス……。ええと、トイレに入っていると『赤い紙と青い紙、どっちが好き?』って聞かれて、赤って答えると首を切られて出血多量で死んで、青って答えると首を締められて青い顔で死ぬ……って話しッス」
「結局死ぬのかよ、理不尽くせぇな」
「怪談ってそういうもんッス」
ともあれ、ヤスから話を聞き終えると東郷は改めて目前にあるふたつの扉をじっと睨む。
「すると、その話の通りならアレか――このどっちを選んでも殺されるってわけか」
「そう、なるッスね。……どどど、どうしようッス」
慌てふためくヤスを放置して、東郷はコイカワに向き直って言う。
「おいコイカワ。試しにこっちの赤い方入ってみろ」
「カシラ!? いくらなんでも冗談きついですよォ!?」
「いや、お前のクソ丈夫さなら意外と生きてるんじゃねえかと思ったんだが――まあいいや、流石にやめとくか」
わりと本気の口調のままそう呟くと、東郷は次に赤い折り紙の扉を……いきなり蹴り飛ばした。
がちゃん、という音とともに開け放たれる扉。奥に見えるのは……赤みがかった夕焼けが差し込む、トイレの個室だ。
東郷のいきなりの振る舞いに、ヤスがびっくりした顔で叫ぶ。
「な、何してるんスかカシラぁ!?」
「まあ見てろって」
言いながら彼は今度はもう片方、青い折り紙の扉も続けざまに蹴り開ける。その奥もやはり赤の扉と同じトイレの個室だ。
「どっちも、見た感じは特に妙なところはなさそうだな……。かといって入ってみるってのも、ヤスの話から考えると微妙か。なら」
そう呟くと、東郷は今度は傍で控えていたリュウジを見て問う。
「リュウジ、お前アレ持ってきてるか?」
「ああ、ウチのシマで勝手やってたディーラーから巻き上げたアレのことですか。必要になるかもと思って、3個ほどありますが」
「よし、じゃあ2個よこせ」
そんな二人のやり取りに、首を傾げるヤスとコイカワ。
「アレって、何なんスか?」
そう問うヤスに、リュウジがベルトの腰に吊り下げていたらしいものを取り出して見せる。
彼の手の内にあったのは、オリーブ色の……凸凹した握りこぶし大のカタマリ。
さっくりと言ってしまえば、手榴弾だった。
「なななな何でンなもんあるんスか!?」
「だから言ったろうが、うちの組のシマで武器売り捌いてたバカがいたんだよ。そいつの売り物だ。……ってか、リュウジがバカスカ散弾ぶっ放してんだからいまさらこんくらいで驚くなよ」
「いやまあそうッスけど……そうっスかね……?」
自分の中の常識に混乱をきたしたのか首を傾げたまま固まるヤスを差し置いて、手榴弾を受け取った東郷は鼻歌交じりにピンを引き抜くと、そのまま両方の扉の中へと投げ込んだ。
中から響く炸裂音。それから一拍遅れて中からもうもうと粉塵が溢れ出してくるのを見て……唖然とするコイカワとヤス。
一方東郷はというと、
「中々の威力じゃねえか。ったく、この日本によくもまあこんなもん持ち込みやがってよ」
と、なぜか文句を言っている。彼にとっては目の前の怪異よりもそちらの方が業腹だったらしい。
ともあれ粉塵がようやく晴れて、中を改めて覗き込むと――トイレの壁があったところに、真っ暗な穴が開いていた。
東郷でもかがめば通れそうなくらいの、大きな横穴である。それを見て東郷はしばらく考えた後……扉の中へと向かって一歩を踏み出した。
「カシラ!」
コイカワが心配げに叫ぶが、しかし赤い扉に入った東郷は、首を裂かれるわけでもなくそのまま中にある横穴へと歩を進めていく。どころか、
「おい、ぼさっとしてねえでお前らもとっとと来い」
なんて、いつもどおりの調子で言ってくる始末であった。
すぐについていくリュウジ。そしてその後にヤスとコイカワも、若干おっかなびっくりしながらも入っていき。
彼らが皆、個室の壁の穴に潜っていったころ――扉の横に貼られていた二枚の折り紙が、はらりと力なく床に落ちた。
……その様子がどこか哀愁を漂わせていたのは、気のせいかもしれないが。
――。
そうして横穴に入り込んで、数分ほどまっすぐ歩いた頃だろうか。
やがて前方にうす青い光が見えて、東郷はわずかに目を細めながら、光の方へと歩を進める。
そしてやがて――到達したのは、横穴の出口。
そこはあの、旧校舎の3階にあった女子トイレの個室で。
ドアを開けた東郷たちが見たのは……個室から出たところに吊るされていた
彼らは名こそ知らないが、田村と鴻上……あの七不思議会に参加していた二人の、血塗れの屍であった。
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