■17-七不思議を統べるもの-I

「カシラ、なんか今変な感じがしたんスけど……これって」


 家が家なだけにこういうことには敏感だからか、いち早く感づいて言ってきたのはヤスだった。そんな彼に頷くと、東郷は舌打ち混じりに呟く。


「美月ちゃんの屋敷と同じだな。野郎の腹の中――敵地の真っ只中ってぇことだろうさ」


 言いながらつぶさに観察すると、幸いにして舎弟たちは三人とも無事揃っている。それは不幸中の幸いと言えたが、しかし――階段の上を見て、東郷は肩をすくめた。

 階段の上に、また階段。

……三階建ての旧校舎で、これより上る場所などないはずだというのにだ。


「げぇ、見て下さいカシラァ、あの階段の、段の数――」


 コイカワの怯えきった声に注目してみると、目の前にそびえる階段、その段の数は……十三段。

 なるほど、十三階段――これもまた七不思議のひとつというわけか。


「舐めた真似しやがって」


 怒気を滲ませながらそう呟くと、東郷はそのまま階段を踏みしめ上っていく。

 その後をおっかなびっくりついてきながら、コイカワがため息をついた。


「三階分でもつれェのによぉ、まだ上らせるのかよ……クソったれ」


 苛立ち混じりに近くの壁を蹴りつけた彼。すると木造の壁はあっさりと破れて、コイカワは驚きながら足を引く。


「コイカワ……お前」


「や、そんな目で見ないで下さいよリュウジさん!? こんな老朽化しまくってるのが悪いんですってェ!」


 慌てて弁明しようとする彼にしかしリュウジは「そうじゃねえ」と返し、コイカワの蹴った足を指差して続けた。


「その足……大丈夫か?」


「へ? ……うわ、ひぃぃ!?」


 見れば、彼の白いズボン……その脛あたりまでが、赤黒い液体でぐっしょりと濡れている。

 青ざめながら片足で飛び跳ねるコイカワだったが――よくよく見ると別に、怪我がある様子はない。

 むしろ彼が蹴飛ばし、破った壁の穴。そこから同じように赤黒い……血のようなものがどろりと流れ出していた。


「おいおいおい、なんだよォこの壁……」


「ビビらせてぇんだろ。考えるだけ無駄だ、こんなもん」


「カシラの鈍感力がこういう時は本当にありがてェわ……」


「なんか言ったかコイカワ」


 ともあれ。壁から流れる血にはそれ以上突っ込まず、さっさと階段を上っていってしまう東郷。

 そんな彼の後を追って三人も進んでいくと、やがて代わり映えしない階段の風景に変化が訪れた。


 幾度か階段を上り続けた末……目の前に突然、教室の扉が現れたのだ。


「罠ッスかね……?」


「さてな。だがこのまま階段上り続けるよりはいいだろ、なあコイカワ?」


「まあ、そうッスね……」


 ……と、微妙に軽い調子のまま、東郷は躊躇なく扉を開ける。すると――中に広がっていたのは、夕暮れの日差しが差し込む学校の教室の光景だった。しかも驚いたことに、中には何人かの生徒までいる。


「なんだ、こりゃ」


 怪訝な顔で呟いた東郷。けれど扉を開けて入ってきた彼らなど見えていないように、教室に残っていた何人かの生徒たちは……一人の男子生徒を囲んで、何やら喋っていた。


『何読んでんの? は、学校の七不思議? ガキかよ』


『やっぱ根暗くんは暗い本読んでんのなー』


 ……何のことはない。それはそう珍しくもない――いじめ、というやつだろう。

 一人席に座ったまま俯いている彼は、どうやら周りの連中からターゲットにされているらしかった。


「おい、お前ら……うお!?」


 割って入ろうとしたコイカワが手を伸ばして、けれど生徒の一人を掴もうとしたその手はするりとその肩をすり抜けてしまう。


「なんだこりゃ……」


 すり抜けた手をしげしげと見つめるコイカワの前で、やがて彼らのいじめはエスカレートしていく。

 机に座る男子生徒から本を取り上げ、仲間内で投げ合って。やがて――


『うわ、破れちまった。……ったく、捨てとけよな黒井!』


 そう言った後で、黒井と呼ばれたいじめられっ子へと乱雑に破れた本を放り投げ、飽きたのかそのままぞろぞろと教室を出ていってしまう。


「……胸糞悪いな」


 ぽつりと呟いた東郷に、無言で頷く三人。

 ……東郷たちは暴力団だとか反社会勢力だとか呼ばれることには慣れているし、一定の自認もある。決して自分たちが胸を張ってお天道様の下を歩けるような身の上だと思ったこともない。

だが――さりとてこんな無意味で無軌道な暴力を容認できるほど、人の道を外れてはいなかった。


 教室に残された男子生徒をじっと見つめていると、彼もまた、動かずにじっと、座り続けていて――やがてようやく、ゆっくりとその顔を上げて東郷たちの方を・・・・・・・見る。

 するとその顔に、東郷たちは皆揃って瞠目した。というのも、


「氷室……?」


 およそ生気のない目で東郷たちを見つめるその顔は、間違いなくあの――「氷室コウ」を自称したあの男のそれだったからだ。

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