■16-ヤクザ・イン・ザ・スクール-IV
ヤスがヘッドライトで照らす中で、こっくりさんの文字盤の上に指を乗せ――東郷はヤスへと問う。
「おいヤス。それでその『こっくりさん』ってのは、こっからどうすりゃいいんだ?」
「ああ。ええとッスね、まずは『こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいで下さい。おいでになったら“はい”にお進み下さい』って言うッス」
「はっ、そんなもん相手にいちいちへりくだるのも腹立つな。……おいこっくり。てめぇいるなら出てこいやオラ」
そう東郷がドスを効かせて言うと――しかし五円玉はぴくりとも動かない。
「ほらー、やっぱり手順通りにやんないとダメなんスよ」
「ふざけんなよ。極道はな、ナメられたら終わりなんだよ。ましてやこういうクソったれ相手によぉ、フリでも頭なんざ下げられるか――おいコラこっくりィ!! 聞こえてんだろ出てこいやァ!! さもないと、テメェがビビってろくに出てきもしねえ出来損ないの七不思議だって噂流してやるからな!」
「完全にたちの悪いヤクザの手口ッス……」
「まァどっちかっつーとたちの悪いヤクザだからな俺ら」
教室中に響くような本気の怒声に、ヤスすらも肩を震わせビビり始めて……するとその時のことだった。
東郷たちの五円玉が、不意に動いて「いいえ」の場所を指し示したのだ。
それを見て、東郷は他の二人に目で問いかける。「お前ら、動かしたか」と。
対する二人は首を横に振るばかりで。つまりこれは……そういうことだ。
「う、動いたってことは……来てるってことッスかね? いいえって言いましたけど」
「クソが。居留守たぁ怪異の分際で生意気な真似しやがってよ。おいテメェこっくり、いるなら“はい”って言えや玉無しがよぉ!」
そんな東郷の罵声に、少しの間があった後……今度は五円玉が「はい」を示す。
その光景を見てしばらく呆けていたヤスだったが、やがて「あ」と思い出したように声を上げた。
「そ、そうしたら次の手順ッス。次はこっくりさんに聞きたい質問をして……たしか俺の知ってる話だと、4つ以上の質問をしようとすると参加者の一人が取り憑かれて、他の参加者を殺す……らしいッス」
「変なハウスルールだなァ」とぼやくコイカワの正面で、頷く東郷。
「分かった。じゃあこっくり、質問だ――俺たちがどこの組のモンか、分かってるか?」
もはや脅しじみた質問。東郷たちが揃ってでたらめの方向に指を引っ張ると……しかし五円玉はそれを無視するようにして動き、「いいえ」を示した。
「んだとコラ、ここらに住んでて経極組を知らねえたぁどういう了見だテメェ、殺すぞ!」
再び「いいえ」を示す五円玉。心持ち震えているように見えたのは、果たしてヤスの気の所為か。
ともあれ間を取り持つように、ヤスが東郷をなだめながら言う。
「まあまあ、カシラ……それよりせっかくだから、もう少し今知りたい情報を聞いてみるのも手だと思うッス。せっかく呼び出したんですし」
「それもそうだな……じゃあこっくり。てめぇはこの学校の七不思議のこっくりなのか?」
今度は回答は早く、「はい」へと進む。それを眺めながら、東郷は眉一つ動かさずに次の質問へと移る。
「なら――お前と、氷室とかいう野郎の目的はなんだ。何だってカタギの生徒を巻き込んで、殺して回ってる」
その質問に、五円玉はしばらく沈黙して。
やがてまず動いたのは、「ふ」「く」の文字。けれどそれ以上は……五円玉が動くことはなかった。
というのも、
「やれやれ、口が軽い駄犬ですね」
東郷たちの背後から、そんな声が響いたからだった。
振り向くと――いつの間にそこにいたのか、壊れたグランドピアノのあったあたりに一人の男子生徒が立っている。
眼鏡を掛けた、青白い顔色の不健康そうな男。その様子に東郷は、直感的に呟く。
「……てめぇが、氷室とやらか」
「ええ。貴方がたは――どちらさまですかね。どう見ても学校の関係者という感じでは、ないですが」
五円玉から指を離して立ち上がる東郷たち。敵意を一切隠そうともせず、東郷は氷室に向かって告げる。
「てめぇに名乗ることなんざねえよ。それより――直接出てきたなら話が早いぜ。てめぇ、なんだってこんな真似をしてる」
剣呑な東郷の問いに、氷室はしかし余裕を崩さず、あざ笑うように鼻を鳴らした。
「こんな真似、と言いますと?」
「七不思議とやらを使って、殺しを繰り返しやがって。どういうつもりなんだ、ああ?」
「乱暴な人だなぁ。人体模型もこのピアノも、こんなふうにしてしまうし……困るんですよね、こういうことをされてしまうと来年以降に差し障りが出てしまう」
「質問に答えろよ、てめぇ――」
言いざまに掴みかかろうとした東郷だったが、彼が伸ばした手は空を切り、気配にはっとして振り返ると、氷室は――天井からぶら下がるようにして立っていた。
リュウジがすかさず散弾銃の銃口を向けるが、さすがに引き金を引くべきか逡巡して。
けれどそんな二人をよそに、言葉を挟んできたのは……ヤスだった。
「ちょ、ちょっと待つッス!」
「んだよヤス、おめえもなんかあいつをとっ捕まえる手ぇ考えろ!」
「それはそうなんスけど、それより……」
戸惑い混じりに言いながら、ヤスは天井の氷室に向かってこう続けた。
「……あんた一体、誰ッスか?」
その言葉に、怪訝な顔をしたのは東郷たちだった。
「……何言ってんだヤス、あいつは氷室って言ってたろ。その――新聞部のスクラップに乗ってたっていう、何年か前の新聞部員のよォ」
そう言うコイカワに、けれどヤスは氷室を見つめながら首を横に振る。
「いんや、おかしいッスよ。だって新聞部の氷室先輩って、俺の代では有名人だったから……俺も顔ぐらいは知ってるッス! あいつは――氷室先輩じゃないッス」
ヤスがそう言い切った、その時だった。
今まさにそこにいたはずの「氷室」の姿がかき消えて、東郷たちは周囲を見回す。
懐中電灯の明かりで教室中を探すが、今度はどこにもいない。
ただ――反響するような声だけが、どこからともなく聞こえてくる。
『……僕は、三階にいる。僕のことを見つけられたら、その時にはもっと色々なことを教えてあげよう――もっともそれまで、君たちが生きていられるとは思えないけれどね。は、ははははは』
それきり彼の気配が途絶えたのを感じて、東郷は小さく舌打ちすると床に置きっぱなしにしていた「こっくりさん」の文字盤に視線を落とす。
すると……いつの間にか、その用紙は中央で真っ二つに破れていた。
「おい、お前らの仕業……じゃねえよな」
「ち、違いますよォカシラ!――ってうわ、俺の五円玉が割れてる! カシラ、五円玉がぁあぁぁぁぁ!!」
殺されそうな悲鳴を上げているコイカワを見ると、彼の手元の五円玉――先ほど使ったそれが、これまた見事に真っ二つに割れている。
それだけではない。「こっくりさん」の儀式をしていた際に肌で感じた、何かの気配……それすらもまた、どこにもいなくなっていた。
「……『こっくりさん』で詮索されるのを、嫌がったんスかね」
「かもな。だが……だとすりゃあ、こっちとしちゃ好都合だ」
「へ?」
首を傾げるヤスに、東郷は仏頂面のままこう続ける。
「野郎はどうやら、自分のことを知られたくないらしい。なら……野郎の化けの皮を剥いで、たっぷりと嫌がらせしてやろうじゃねえか」
「なるほど、厄介ヤクザの本領発揮ッスね!」
「うるせえよ殺すぞ」
ともあれ、次に目指す場所は決まった。
旧校舎三階――そこが「奴」との、対決の舞台となるだろう。
そんな予感とともに、一行は音楽室を後にして……
「カシラァ、俺の五円……」
「後でくれてやるからそれは捨てろ。俺らみてぇなのが銀行に行ったら何勘繰られるか分かったもんじゃねえ」
ちゃりん、と割れた五円玉を投げ捨てて、改めて一行は「氷室」を追って上の階を目指す。
音楽室を出てすぐの階段を上り、一行は二階を飛び越し、三階へと向かって階段を上る。
その間、足早に進みながら東郷は周囲の警戒を続けていた。
……何かが襲ってくる様子もない。階段でも何か仕掛けてくるかと思いきや、あっさりと三階まで上り切ることができた。
「氷室」の口ぶりからして、道中に何かがいる可能性を考えていたのだが……拍子抜けと見るべきか、あるいは素直に安心すべきなのか。
そんなことを考えながら東郷が三階にいよいよ足を踏み入れたその時のことだ。
ぞくりと肌を刺すような強烈な違和感に、東郷は本能で己の失策を知る。
この感覚は、以前にも感じたことのあるもの。
この世ならざる異界に立ち入った時特有の、感覚だ――
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