■16-ヤクザ・イン・ザ・スクール-III

 ピアノの音を辿って東郷たちがたどり着いたのは、廊下の突き当りに位置する大教室――音楽室というプレートの掲げられた一室だった。


「ひぃ、ひぃ……一晩で何度も走り回らされて、痩せそうだぜェ……」


「健診で高血圧引っかかってたろ。丁度いい運動だ」


 ぜえはあと息を切らせるコイカワとは対照的にまるで息を乱さずそう告げるリュウジ。そんな二人の会話にかぶさるようにして――あのピアノの音が、教室の中から響いていた。


「……ここで、間違いないみたいですね」


「だな。おいヤス、ちなみにこのピアノは一体、どういう怪談話なんだ?」


 促されたヤスは、うーんと少し考えた後でこう話し始めた。


「ありきたりなやつッス。その昔にいじめられてた生徒が、いじめっ子のせいでピアノに手を挟まれて――もともとピアノが好きだったその子はそれを苦にして自殺、それからその怨霊にとりつかれたいじめっ子が死ぬまでピアノを弾かされ続けた――みたいな話だったはずッス」


「なるほどな。……待てよ、じゃあこの音は、実際に誰かが弾いているってわけか?」


 物悲しい、か細い旋律。それに耳を傾けながらそう問うた東郷に、ヤスは「たしかに」と手を打った。


「言われてみればそうッス」


「言われてみれば、じゃねえよ。だったら余計な犠牲者が出る前に、とっとと入るぞ!」


 先ほど人体模型に詰められていた、誰のものかも分からぬ臓器のこともある。

 そう言うや、音楽室の扉を無造作に蹴りつける東郷だったが――彼のヤクザキックでも、どうしたことか老朽化した木造扉はびくともしない。

 引き戸ではなく、両開きの扉だ。ドアノブを回してもやはり同じで、引くことも押すこともできない。

 そうしているうちにも演奏は徐々にペースを上げているように聞こえる。それが何を意味するかは分からないが……放置していてもいいことはないだろう。


「カシラ、お下がりください」


 そう言い出したリュウジに、東郷はその意図を察して一歩後ろへ。するとリュウジは散弾銃を構え――扉目掛けて躊躇なくぶっ放す。

 いかな超常的な力によって封じられていたかは定かでないが、流石にこれには耐えきれなかったらしく扉の土手っ腹には大穴が穿たれ――それと同時、蝶番を軋ませながら力なく開く。


「この手に限る」


 満足気に頷いて東郷が中へと飛び込むと、だだっ広い音楽室の奥――そこにはホコリまみれのグランドピアノが一台鎮座していて。

 その演奏者席にいたのは――なんと、両前というあの男子生徒だった。


「あれって、両前議員の息子さんじゃないッスか!?」


「なんでこんなところに――ったく!」


 毒づいて東郷が駆け寄ると、両前は白目を剥いて半狂乱で鍵盤を叩き続けていた。

 その手の指先は強く鍵盤を打ち付け続けたせいか赤く腫れ、のみならず擦り切れて血がべっとりと鍵盤にこびり付いている。


「ひゃは、は、あははははははははははははは!!!」


 喉が張り裂けそうなほどの哄笑を響かせながらピアノを奏で続ける両前を東郷が無理やり引き剥がそうとするが、東郷でさえ抑えられないほどにその力は強い。

 リュウジも手伝って両側から両前に掴みかかるが、振りほどかれて二人とも跳ね飛ばされてしまう。


「こんの……なんつー馬鹿力だ」


 東郷が舌打ちしていると、そこでずいと一歩前に進み出たのはコイカワとヤス。


「ここは俺らに任せて下さい、カシラ!」


 自信満々にそう言うと、二人は両前を素通りして――狙ったのはグランドピアノの方だった。


「どぉりゃあぁ!!」


 天板の上に乗り、金属バットを勢いよく振り下ろすコイカワ。その横でヤスが、リュックサックに入れてきた塩をピアノの中に流し込み始める。

 一撃ではびくともしなかったが、それがどうしたとばかりにコイカワは何度も何度も金属バットを振り下ろして――ヤスもまた、余った塩を両前にぱらぱらとふりかけ始める。

 もはやなんの宗教儀式なのかとばかりの謎めいた光景が展開しつつある中で、さすがに東郷も唖然としながらその光景を眺め続けていると……やがてコイカワの金属バットの方がへたれ始めた頃に、ピアノの旋律が乱れて素っ頓狂な音が飛び出した。


「オラっ、食らえや、ゴルァぁあぁ!!」


 少し曲がってしまった金属バットをコイカワが渾身の力で振り下ろした、その刹那。

 グランドピアノの天板がばきりと割れて、それどころかピアノの鍵盤部にまで亀裂が走って――同時に音楽室に鳴り響いたのは、絶叫のような甲高い音色。

 そしてそれを最後に、演奏を続けていた両前の手がぴたりと止まって、彼の体がずるりと椅子からずり落ちた。

 駆け寄った東郷が脈に触れると、気を失ってこそいるものの、どうやら命に別状はないらしい。

 ひとまず安堵しつつ――コイカワたちの方を見やると、今の今まで旋律を奏で続けていたそのピアノは、いつの間にやら見る影もないほどに朽ち果てていて。ほどなくして亀裂を全体に広げながら砕け、崩れてゆく。


「……なかなか上出来じゃねえか、コイカワ」


「へへ。俺にかかればざっとこんなもんですぜ、カシラァ!」


「俺の塩も効いたはずッスよ!」


「分かった分かった、お前もよくやったよ、ヤス」


 雑にそう褒めてやったところで、東郷は「さて」と視線を下に……倒れっぱなしの両前へと向けて腕を組む。


「どうすっかな、こいつ」


「置いていっても大丈夫じゃないッスか? ピアノはもう叩きのめしましたし」


 あっさりと言ってのけるヤスに、東郷は「まあなぁ」とぼやく。


「それでもいいんだが、このまま放っておいて死なれても問題だ。両前議員との交渉材料として、何かと使えそうだからなこいつ」


「意外と腹黒な理由ッス」


「ったりめぇだ。こちとらヤクザだぞ。……ともあれ、そういうわけだから置いていくにしてももう少しばかり安全を確保したいんだが――」


 そう言ったところで東郷は、「そういや」とヤスに向かって言葉を続けた。


「ヤス、残りの七不思議は一体何が残ってる?」


「へ? ええと……十三階段と、合わせ鏡と赤い紙青い紙、あとは校舎裏の鳥居の話と……そうだ、こっくりさん。言われた通り、ちゃんと文字盤作って持ってきてるッスよ。ほら」


 そう言ってわら半紙に書かれたこっくりさん用の文字盤をリュックサックから取り出すヤスに、東郷は「よし」と頷いて。


「なら丁度いい、今ここでそれやるぞ」


 ……なんて、そう言い出すものだからヤスは目をぱちくりさせて首を傾げる。


「……あのぅ、カシラ。意味がわかんねえんスけど――なんで今、ここで?」


「ここでもう一匹くらい七不思議を潰しておけば、向こうもビビってこの教室には来なくなるかも知れねえだろ。そうすりゃこいつも、ここに置いて行きやすくなる」


「なるほど、さすがカシラだぜェ!」


「そんな街のチンピラみたいな発想してくれるッスかね……」


 乗り気のコイカワに対してヤスは若干納得がいっていない様子ではあったが、ともあれ東郷はそう言い張るとその場で座り込み、床に文字盤を敷く。


「おいコイカワ、小銭持ってたら貸してくれ」


「五円玉ならありやすぜ。……あのぅカシラ」


「なんだ?」


「絶対返して下さいよ」


「五円でガタガタうるせえなあ……返すに決まってんだろアホが、殺すぞ」


 そんなやり取りの後、東郷、リュウジ、コイカワの三人が文字盤を囲んで座り指を五円玉の上に重ねる。


 第三ラウンド。「裏こっくりさん」との対決の火蓋が、ここに切って落とされる――

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