■16-ヤクザ・イン・ザ・スクール-II
正面の校門から堂々と入って、旧校舎の玄関前に立つ東郷たち。
特になんの感慨もなく入っていこうとする東郷に――「あのぅ」と声をかけたのはヤスだった。
「どうした、ヤス。もうお得意の塩は撒いた後だろ」
「ああ、そりゃいいんですけど……カシラ。やっぱり
そう言って彼が指差したのは、東郷――が握っている一本の白鞘。
回りに幾重にも御札が貼られた、見るからに曰く付きげな代物……東郷が斬った百人のヤクザの怨念に加えてあの屋敷に巣食っていた呪詛の残滓をも腹に収めた、呪いの長ドスである。
だが言われた東郷はというと、なんでもない様子でそれを軽く掲げて、
「ったり前だろ。武器がなきゃあ困るだろうが、色々とよ」
「いやまあそうッスけど……他にも色々あるッスよ。チャカも用意してきましたし」
ちなみにそう言うヤスの装備は先刻の突入時と同じ木刀と安全メット、コイカワも金属バットを引き続き抱えて、リュウジもまた前回と同様、散弾銃を肩に担いでいる。
警備員なり当直の教師なりにでも見つかれば即座に通報される集団だが、まあそれはそれだ。
木刀をもう一本手にとって勧めるヤスに、東郷は首を横に振ってみせる。
「こいつの方が手に馴染んでるんだ、こういう正念場にゃあ丁度いい。それに――てめぇの母ちゃんとやらが言うには、こいつもこいつで大層ヤバい代物なんだろ。七不思議ってのがどの程度のもんか、こいつをぶつけて試してみようじゃねえか」
「うちのクソジジイが聞いたら卒倒しそうなセリフッス……」
とはいえそれ以上止める気もないようで、それきり黙り込むヤス。そんな彼らを率いて、東郷は先陣を切って中へと入る。
先ほどよりもなお暗いその闇を、懐中電灯の光が切り裂いて。土足のままずいずいと進んでいく東郷に、ヤスが心配そうに問う。
「あのぅ、カシラ。一体どこを目指してるんスか?」
「ん、手始めにてめぇらが妙なのに襲われたっつー三階の女子トイレに行こうと思ってるんだが――道分かるか?」
「分からないでそんな自信満々で歩いてたんスね……」
「うるせえよ殺すぞ。極道ってのはいつだって自信満々にしてるもんなんだよ。そうすりゃそもそも、探さねえでも相手の方から――」
そう東郷が言いかけた、その時のことだった。
がた、がた、がた、と。
廊下の遠くから聞こえてきたのはそんな規則的な……足音のような何かだった。
「……来ましたね、マジで」
冷静に呟いて、散弾銃を構えるリュウジ。ヤスとコイカワもまた、表情をひきつらせながら音の方向に得物を向けて――すると次の瞬間。
闇の中から飛び出してきたのは、一人の人影だった。
いや、より正確に表現するならば……体の半分を中身までさらけ出した、グロテスクな人体そのもの。
いわゆる、人体模型というやつだ。
「……ひぃ!?」
その正体に気付いてヤスが悲鳴を上げた直後、人体模型は恐ろしいほどの速度でヤスの側を走り抜け、そのまま東郷たちの後ろの闇へと消えていく。
足音が遠のく中、固唾を呑んで一行が見守っていると――やがて再びがたがたという音が近づいてくる。
「ま、また来やがる――うごォ!?」
コイカワが声を上げた直後、猛然と走ってきた人体模型の肩が彼の胸元を直撃、ぐるりとその場でひっくり返るコイカワを置いてそのまま消えていく。
「大丈夫ッスか、コイカワさん!?」
「死ぬほどいてェ……何で俺ばっかこんな目に……」
呻くコイカワを守るように東郷とリュウジがそれぞれ進行方向と逆方向へと背中合わせに立ち、各々の得物を構えて様子を伺う。
がた、がた、と響く音は廊下の前後、あるいは外からすら聞こえてくるようで――それはまるで、こちらをあざ笑うかのようであった。
がった、がった、がった。
がった、がった、がった、
「ひぇえぇ……ヤバいッス、これアレっスよ、動き回る人体模型ッスよぉ!」
「まんまな名前だなおい。……で、なんなんだ? そりゃあ学校の七不思議ってやつなのか?」
「そうッスよぉ!」
涙目でそう答えたヤスに、東郷はにたりと口角を上げて笑みを浮かべて。
「――ならいい。見つける手間が省けたってもんだ」
言うや否や、また足音が近づいてきたその瞬間――東郷は白鞘ではなく、左の腕を無造作に掲げて。
するとそこにちょうど引っかかるようにして、あの人体模型がぶつかってきた。
「おォ、らぁッ!!」
ラリアット。鍛え上げられた東郷の太腕は人体模型の質量をすら耐えきり、逆にまともに食らった人体模型の方がバランスを大きく崩してその場で倒れる。そして、
「リュウジ!」
東郷の怒号にリュウジが即座に人体模型の腹をぐいと踏みつけて動きを制し、そのままその足目掛けて散弾をブチ込む。
ごォん、と銃声が空気を震わせて、人体模型の足は一撃で破砕。がたがたと、どこか怯えるように身を捩らせていた人体模型にリュウジはさらに銃口を向けて――
「あばよ」
……破砕音とともに、人体模型の頭部が割れて砕けた。
動かなくなった人体模型から足をどけて、東郷に目配せするリュウジ。東郷が蹴飛ばしても、すでにそれは物言わぬ樹脂のカタマリでしかなかった。
「んだコラ、ただのガラクタじゃねえかよ」
微塵も怯える様子もなくげしげしと蹴り転がす東郷。そんな彼の様子を見ながら、ヤスとコイカワはぽつりと呟く。
「…………まさか七不思議も、ドタマにスラッグ弾ブチ込まれるとは思ってなかったろうなァ」
「かわいそ……ッス」
「なんか言ったかお前ら」
「「いえ何も」」
と、そんなやり取りをしていた横で――人体模型を調べていたリュウジが「カシラ」と声を上げた。
深刻な表情で(と言ってもサングラスのせいで普段と大して変わらないのだが)視線を向けてくる彼に、東郷も眉間のしわを寄せながら返す。
「どうした?」
「こいつの中身、見て下さい」
そう言って彼が指し示したのは人体模型の胴体部分、そこに詰め込まれた臓器の模型たち。
東郷はかがみ込んで、それに直接手で触れて――そこで顔色をわずかに変えた。
「……こいつぁ、
黒手袋に付着したべとついた漿液を見て、それから再び臓器へと視線を落とす東郷。
色はまだピンク色で、感触としてもまだ弾力や温かさが残っている。……つい最近まで、生きていたはずの臓器だろう。
その様子を後ろからおっかなびっくり覗き込んでいたコイカワが、「おげげ」と呻く。
「やべェ、しばらくモツ鍋食えなくなりそうだぜ……」
「鍋シーズンになる頃には忘れてるッスよきっと」
そんな阿呆な会話は捨て置きながら、東郷はリュウジと顔を見合わせ立ち上がり、前方の廊下に広がる闇を睨む。
「……はっ。向こうさんもどうやら伊達や酔狂で終わらせるつもりもねえらしいな」
するとちょうどそんな矢先だ。
闇の中から――か細く、ピアノの音が聞こえてきたのは。
その音を聞いて声を上げたのは、ヤス。
「これ絶対、アレっス! 真夜中のピアノ――」
「ってことはまた七不思議っつーわけか。なら……おいてめぇら、行くぞ! ついてこい!」
震えるヤスとコイカワとは真逆に、むしろ笑みすら浮かべながら東郷が動き出す。
「んもー、カシラは音楽室の場所知らないでしょー! 待ってくださいッスー!」
無音の旧校舎に怒号と足音と銃声を響かせながら、ヤクザたちが走る――
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