■16-ヤクザ・イン・ザ・スクール-I
それから、同じ日の深夜0時まで時は飛ぶ。
あれから東郷たちはというと――まず美月たちを家まで送り、それからついでに両前も、彼の家の近くに放り捨てていた。
別れ際には調子を取り戻したのか、「お前ら、絶対に訴えてやるからなぁ!」とかのたまってはいたが――たまたま騒ぎを聞きつけて家から出てきた両前の父、その言葉によって彼はあっさりと沈黙することになる。
「――おお、どなたかと思えば若頭さんじゃあございませんか! どうされました、こんな夜更けに……」
「どうも、両前議員。たまたま息子さんとお会いしてね、夜も遅いんで、お家にお送りして差し上げようと思いまして」
「……へ?」
――種明かしとしては、何のことはない。
両前の父親は市会議員を務める政治家で、さらに言えば経極組とはズブズブの関係だったりする……という、ただそれだけのことだ。
「いやはや、若頭さんがたには毎度お世話になっていて……本当に、経極組の皆さんのお力がなければ私など何もできませんで」
「いやいや、カタギの皆さんの生活を守るのも、俺ら極道の役目だ――ってのが親父殿の信条です。どんどん頼って下さい」
……ちなみに主な頼まれごととしては、格安での依頼が可能な公共事業の業者斡旋だとか、市民イベントの設営・運営の人材手配だとか、そういった内容である。
いちおう方向性自体はクリーンなものの、どうあれ暴力団と癒着しまくっているという構図自体は事実なので表沙汰になればそりゃあもう一発アウトな具合で。
だからこそ――こんなことで警察が介入してこようものならどうなるか。
そのくらいのことは、両前でも十分に理解できた。
「これからも宜しくお願いします、若頭さん」
「ええ、こちらこそ。息子さんともども、宜しくお願いしますよ」
営業スマイルを浮かべて両前を見つめる東郷に――無言のままこくこくと首を縦に振り続ける両前。
そんな彼を置いて東郷たちが向かったのは……美月たちの通う学校。
その道すがらで、運転していたリュウジが助手席の東郷に向かって口を開く。
「良かったんですかカシラ。美月ちゃん、一緒に来たがってましたけど」
「バカ言え。こんな時間にこれ以上女子高校生を連れ回せるかってんだ」
家に送り届けた美月。彼女は案の定というべきか、東郷たちに同行したいと言い張っていた。
友人たちに対する責任感からだろう、彼女の言い分も共感できなくはなかったが――とはいえいくらなんでも時間が時間だし、何より前回の事件の時のように彼女の身に危険が及ぶ可能性だって大いにある。
そう説明したところ、渋々ながら納得して引き下がってくれたのだが――
「めちゃくちゃ不機嫌そうだったッス」
「カシラぁ、これでしばらく美月ちゃんの“
「うるせえ。じゃあ一発死んでみるか? あぁ?」
「「すんませんッス……」」
後部座席で勝手なことをのたまうヤスとコイカワをそう一喝すると、東郷は気だるげなため息を吐き――それからバックミラー越しにヤスを一瞥しながらこう続けた。
「それよりヤス、さっきは面倒かけたな。顔は大丈夫か」
「へ? ああ、カシラが上手く手加減してくれたおかげでもう全然痛くもねえッス。いやぁ、同業者相手ならドつき回せば済みますけど、カタギさんだと厄介っスね」
「治療費は出してやるから、病院行ったら領収書出してもらえよ」
真顔でそんなことを言ってくる東郷に、けらけらと笑うヤス。
「いいっスよぉ。このくらいならほっといてもすぐ治るッス、心配しすぎッス」
「俺の拳なんざ痛くも痒くもねえってことか?」
「……謹んで頂くッス」
頭を深々下げるヤスに頷いて、再び腕を組んで黙り込む東郷。
するとそんな沈黙に耐えきれなかったのか、今度はコイカワが口を開いた。
「にしてもよォ、カシラがこんなに乗り気になってくれるたァ思いませんでした。前回は俺らの不始末のせいで面倒掛けちまいましたけど、今回は別に、カシラにゃあ関係ねェっちゃねェですし」
そんなコイカワの言葉に、「バカ言え」と東郷。
「舎弟が派手にやられてんだ、見過ごしてたら任侠失格だろうがよ。それに――今回の一件は、俺らだけの問題でもねえんだ」
「ってーと、どういうことです?」
首を傾げるコイカワに、東郷は少しばかり渋面で言いよどんだ後、こう続けた。
「……今日、親父殿んとこに出向いてきたろ。そん時に、親父殿直々に頼まれたのさ。叔父貴の孫娘が通っている学校で妙なことが起きてるらしい、ちょいと見てきちゃくれねえか、ってな」
「ははぁ……でもなんでまた、カシラに?」
「叔父貴が相談しに来た時に、親父殿が口を滑らせたらしくてな。『うちの東郷はぷろふぇっしょなるだからな!』って」
前回の事件のことがあって、どうやら妙な方向での信頼を得てしまったらしい。
ため息交じりにそう答える東郷に、ヤスが「まあまあ」と口を挟む。
「何であれ親父殿から信頼されてるってのは良いことじゃないッスか。跡目の話が出たりしても、そういうのって有利になるんスよね?」
「せせこましいこと言ってんじゃねえよ、バカ。義理と人情、俺らが重んじるのはそれだけだ」
舌打ち混じりの東郷の弁に、隣でハンドルを握るリュウジが静かに呟く。
「でも、そうでない連中もいらっしゃるでしょう。若頭補佐の草壁なんぞは……どうも最近、余計な真似が目に付きます。カシラのことを蹴落とそうってハラかも知れません」
草壁、というのはリュウジと同じ若頭補佐、東郷の側近という立ち位置の組員だ。
なかなか知恵の回る男で、商才にも恵まれており組の勢力拡大にも大いに貢献している――のだが、その一方で競合他社の容赦ない蹴落とし、しくじった部下の切り捨てなど仁義にもとる行為も多く、組の中ではあまり評判が良くない。
リュウジが他人のことを言うのは少しばかり珍しかったが――とはいえ東郷はそれにも深入りせず、首を横に振る。
「お前まで下らねえ話してんじゃねえよ、リュウジ。……組は家族、表じゃ生きてられなかった俺たちみてぇなあぶれ者の唯一の居場所だ。仲良くしろとは言わねえが、そう邪険にしすぎる必要もねえ」
「……すいませんでした、カシラ」
それきりまた、微妙な静寂が車中を包み始めたところ――丁度その折、進行方向には件の学校が見え始めていた。
月明かりだけが照らす真夜中の空の下。けれどその光すら拒絶するようにして佇む木造の旧校舎が、新校舎の後ろに見え隠れする。
そんな、影のように佇む校舎をじっと睨みながら……東郷の口元に、浮かんだのは禍々しい笑み。
「下らねえ話は終わりだ。俺たちは、いつもどおり俺たちのやり方で仁義を通す――七不思議だかなんだか知らねえが、極道の流儀ってもんをたっぷりと味わってもらおうじゃねえか」
そんな彼の言葉を号令に。
この世の影に生きるものどもが、黒塗りの車から続々と降り立つ。
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