■15-七不思議の怪異-III

「……七不思議の、生贄?」


 両前が言った言葉に、美月たちは揃って顔を見合わせた。

 そんな彼女たちを見回しながら、両前は小さく息を吐いて続ける。


「先月くらいだったかな。朝、机の中を見たら手紙が入っていて――そこに、書いてあったんだ。日付と、旧校舎の新聞部倉庫っていう指定。それから『願いを叶えたくないか』っていう文章がね」


「願いを……」


「別にそんなもの、本当に信じていたわけじゃないけどね。それでもそんなのが入っていたら、気にはなるじゃないか。だから……行ってみたんだ。そうしたら僕以外の三人も、集まっていて――」


「……三人?」


 美月の疑問に、両前は「ああ」と声を上げた。


「鴻上くんにも届いてたらしいんだけど、結局その日は彼、来なくてさ。あとで田村先輩が誘って、会には来たんだけど――まあいいや、そんなことより。僕たちが旧校舎に集まったら……やってきたのが、あいつだったんだ」


 あいつ。それはきっと、氷室コウ……あの存在しない新聞部員のことだろう。


「勿体つけずに、とっとと続けろ」


 ぶっきらぼうに先を促す東郷にびくりと肩を震わせると、両前は慌てて言葉を続ける。


「ひっ、氷室は僕たちに言ったんだ。自分は『七不思議』の語り部で、実はとっくに死んでいるって――七年前の新聞部の記事を見せながらね。僕たちも少し驚いたけど、まあそういうドッキリだと思ってたんだ。新聞部が何か妙なことをしようとしてるんだろう、って」


「……それで?」


「彼はそう自己紹介した後に、こうも続けた。『僕が言う通りにすれば、何でも君たちの願いをひとつ叶えてあげよう』ってね。彼が指示した内容は、ふたつ――ひとつは、『この学校に伝わっている七不思議をひとつ、集めてくること』もうひとつは……『生贄になる人間をひとり、連れてくること』」


「……何よ、それ」


 美月の呟きに、両前はこわばった笑みを浮かべた。


「それ以上のことは彼は言わなかったし、訊いても答えてくれなかったよ。けどまあ、面白そうだったから僕たちは付き合うことにしたんだ。願いが叶うなんて嘘っぱちだろうけど、本当なら――叶えたい願い事なんて、そりゃあ沢山あるからね」


 悪びれた様子もなく語る両前。……とはいえ実際、そんな話を本気にする方がおかしな話ではある。


「ただ、生贄を連れてくるっていうのは……本気にしてないとはいえ、気分が悪いじゃない? だから誰がやるかって話になったんだけど――それは宇津木先輩がやってくれることになった」


「……あの人が?」


 宇津木というのはあの妙に明るい能天気そうなボクシング部の先輩だ。あまりそういうことに積極的になるタイプではないように思えたから、美月はもちろん六花と水守も、少し驚いた顔をしていた。


「結局三宅さん――宇津木先輩が誘った子がドタキャンしたせいで、水守ちゃんになったんだけどね。だから誤解はしないでほしいんだ、僕個人は水守ちゃんをどうこうしようとは思っていなくて……」


 何やら言い訳を並べ始める彼を無視して、美月は考える。

 彼の話が事実なら――あの「七不思議会」の参加者たちは鴻上を除けば皆、グルだったということになる。

 もちろん、生贄なんて話を本当に信じていた者がどれだけいたかは定かではないが……少なくとも彼らは最初から、犠牲になるのは水守だと、そう考えていたはずだ。

 ……ならば、と。美月はそこでようやく、もやもやとした疑問を形にする。


「だったらどうして、最初に死んだのは……十束先輩だったの?」


 彼の話ならば、十束という先輩は共謀者側であったはず。なのに、真っ先に命を落としたのはその彼女だった。

 彼らの企て通りであれば、そうはならないはずだ。

 美月のそんな問いかけに、両前は眉根を寄せて不機嫌そうな顔になる。


「その通りだよね。だから僕たちも氷室くんを問い詰めて――そうしたら彼はこう言っていたかな。『ルールを守らなかったから』って」


 そんな彼の口ぶりに、美月もまた表情を険しくしながら問いを重ねた。


「ルールって?」


「最初に僕たちが集められた時のことさ。氷室くんは、『七不思議会』のルールについて話してくれてね。曰く、『本物の怪談を、話すこと』……即興の話だとか、他所で聞いただけの嘘の怪談とかじゃあなく、正真正銘この学校に伝わっている話を語る。それをしなかった人間は生贄として、七不思議に喰い殺されるんだって、氷室くんはそう言っていたよ」


「……じゃあ、十束っていう先輩が亡くなったのは――」


「彼女が話した怪談が、偽物だったからさ」


 得意げにそう語った両前に、その時水守が「でも」と困惑げに口を挟んだ。


「なんで、十束先輩はわざわざ偽物の怪談を話したんですか……? 十束先輩だって、そのルールについては知っていたはずなのに」


「さあ。そんなの知らないよ。氷室の話を冗談だと思って、本気にしなかったんじゃないかな。……僕たちも、彼女が死ぬまでは正直、本当に信じてたわけじゃなかったし」


 少しばかりバツが悪そうにそう呟く両前。それからしばらく、皆の間に沈黙が横たわって――けれどその静寂を破ったのは、六花だった。


「……でも、やっぱりまだ納得できないよ。十束先輩がそうだったとしても、田村先輩までいなくなっちゃってる。田村先輩の話した『赤い紙青い紙』は、昔の校内新聞でも載ってたから本物の怪談のはずなのに」


「……そうね。たしかに」


 彼女の失踪は、そのルールとやらに違反したからではない。もっと別の……別の何かが起こっているということになる。

 だが、それが何なのか。そもそもこんな状況、どうやって解決すればいいのか。

 深刻な顔で美月が黙り込んでいると……成り行きを見守っていた東郷が、そこで口を開いた。


「おい、どうも色々と小難しい話をしてるみてぇだが――要するに君らは、その学校の七不思議とやらをどうにかしたいわけだな?」


「まあ、めちゃくちゃ平たく言うとそうなるけど」


「ならよ、そう考え込んでたって始まらんだろ」


 あっけらかんとそう言う彼に、美月はむっとした顔で抗弁する。


「簡単に言ってくれるけど。こんなわけの分からない状態で、人死にまで出てて。それに実際に水守ちゃんまで狙われてるの――何が起こってるのかを見極めなきゃ、解決しようがないじゃない」


「だが、それを考えているうちにまた手遅れになるかも知れねえ。違うか?」


「っ……」


 言い返せずに、唇を噛む美月。そんな彼女をじっと見つめながら、東郷はくしゃりと頭をかいた。


「時間もねえ。相手が何なのかも分からねえ、目的も分からねえ。……良い状況じゃあねえが、この前と全く同じだ・・・・・・・・・。なら、解決するやり方も――同じでいい」


 そんな彼の言葉に、美月はなんとなく、嫌な予感がして呟く。


「…………それって」


 そんな彼女に、彼はにやりと、禍々しい笑みを口元に浮かべて。


「ああそうだ。直接カチコミして、全員血祭りに上げてやる――そいつが俺らのやり方ってもんだろう」


 ひどく当然のように、そんな酷いやり口を言い放つのであった。

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