■15-七不思議の怪異-II

 三人がそれぞれに自宅への連絡を終えたのを確認すると、東郷は腕を組んだまま三人に問う。


「親御さんは、なんて」


「うちは、みーちゃんと一緒だからって言ったら大丈夫って」


「東郷さんのことをお話したら、納得してくれました」


 口々に言う六花と水守の返事に頷くと、東郷は今度はじろりと美月を見る。


「そっちはどうだ」


「……別に、『わかった』って」


「そうか。ならいい」


 嘘は言っていない。だが、それが全てではなかった。

 東郷のところでのバイトが長引いたと言って父に伝えたところ……


『ああ、東郷さん。なら心配いらないね、お世話になってるし、今度菓子折りでも持っていったらどうだい』


 のほほんとした顔が目に浮かぶような調子でそう言ってきたのだ、あの父親は。

 一度は借金の取り立てにまで来たヤクザを相手に、いくらなんでも馴染みすぎではないだろうか。

 ……いやまあ、そのヤクザと一緒に夜の旧校舎を探索していた自分が言えた義理でもないのだけれど。


 ともかく、三人とも改めて家に連絡し終えたのを確認すると東郷は壁際に立っているコイカワとヤスに手招きした。


「おい。そしたらそのお客さん、椅子に座らせろ。立たせっぱなしじゃあ悪いだろう」


「ッス」


 二人に抱えられた両前が、その辺に転がっていたパイプ椅子に座らされる。しばらく空気に完全に呑まれていた彼だったが、フリーになったことで少しばかり調子が出てきたらしく、東郷に向かって険しい顔で口を開いた。


「おっ、おい、なんなんだよお前ら……!」


「指定暴力団『経極組』若頭の東郷だ」


「していっ……ヤクザじゃないか!」


「さっきからそう言ってたじゃない」


 ぼやく美月に構わず、彼は露骨に青ざめて――口角を引きつらせながら悲鳴を上げる。


「や、ヤクザが何だって僕をっ……僕が何をしたって言うんだよ!」


「さあな。むしろそれを訊きたいのはこっちの方だよ。お前――学校の七不思議とやらについて、何か知ってるらしいじゃねえか」


 東郷の詰問に、美月もまた言葉を重ねる。


「旧校舎で、貴方言ってたわよね。氷室コウのこと……それだけじゃない、『儀式』がどうとかって。あれは一体、どういう意味? 貴方は何を知ってるの」


 そう問いかける美月を見返して、すると少し調子を取り戻してきたのか、彼はこわばった顔ながら嘲るような笑みを浮かべてみせた。


「知らないよ、僕は何も。それよりお前ら、こんなことしていいと思ってるのかい? こうやって連れてきて、こんな風に囲んで――監禁されたって言って警察に駆け込めば、お前らみたいなヤクザはすぐ捕まっちゃうよ」


 優位を確信した顔でそう言ってのける彼に、思わず美月は食って掛かる。


「貴方ね……貴方だって私を襲おうとしたじゃない!」


「証拠があるのかい? ないだろ、むしろ僕は君を助けようとしたのに蹴られて……ああ、思い出したらまた痛くなってきた! ともかく僕が何かしたなんて証拠はないだろ、言いがかりは――」


「あー、ごちゃごちゃ五月蝿えな、おい坊主」


 調子に乗り始めた両前をそう遮ったのは、ドスの利いた東郷の言葉。

 「ひぃ!」と肩を跳ね上げさせた両前に、東郷は腕を組んで不機嫌さを顕にしながらこう続けた。


「本当に。本当に、知らねえんだな?」


「……は、はは。だからそう言ってるだろ」


「そうかい」


 短くそれだけ呟いた彼に両前は怪訝な顔をして。するとその時、東郷が近くに立っていたヤスに手招きした。


「おいヤス。ちょっとこっち来い」


「ッス……」


 東郷からの声掛けに、彼は心持ち青ざめた顔をしながら近づいて。するとその時、いつの間にか美月たちの後ろに立っていたリュウジが、三人に小さく耳打ちした。


「お三方。少し刺激が強いので、目を閉じていて下さい」


何のことかわからないながらも、美月は言われた通りにして――次の瞬間である。


 ごきり、と。鈍い音が響くと同時、ヤスの呻き声が聞こえた。


「っス……!」


「ひっ、ひいぃ!?」


 遅れて聞こえたのは両前の悲鳴。思わず美月が薄目を開けて見ると、直立不動のヤスの顔面が殴られたように赤くなっていた。


「なっ……」


 思わず声を上げる美月。だが東郷は無言のまま、黒革の手袋に包まれた右拳を握りしめてもう一撃をヤスの顔面に食らわせる。

 たまらずのけぞるヤス、だが東郷はまるで意に介さないように何度も拳を振りかざす。

 ヤスの口の端が切れて、跳ねた血が両前のシャツに付いて。それを見て両前もまた、か細い悲鳴を上げた。


「なっ、なっ、何してんだよ、お前――」


「お前さんが何も教えてくれないから、手持ち無沙汰なんでな。まあ気にせんでくれ。最悪死ぬかも知らんが、それは俺らの問題だからな」


 そう言ったきり東郷は、なおも何か言いたげな両前を無視して拳を振り続ける。

 何度も。何度も。何度も何度も。

 その音に反応して目を開けそうになる六花、その目を美月は慌てて手で覆いながら――美月自身もまたぎゅっと目をつぶる。

 自分に降りかかることのない暴力とはいえ、それでも普段「そういう世界」に生きていない人間からしてみれば、人が殴られている様というのは見ているだけでも否応なしに精神を揺さぶる。

 ましてやこう目の前で。音や息遣い、視覚情報といった全てを以て「生の暴力」を認識し続けていれば――しかもそれが自分のせいで、他人が受けている暴力だとしたらどうだろうか。


 少なくとも両前は、それに耐え切れない程度には一般的な良識を持ち合わせていたらしい。


「わっ、分かったっ、分かったから! 七不思議のこと、話すからッ……」


 自分が殴られ続けたみたいな怯えた顔でそう言い縋る彼を一瞥して、東郷は心底どうでもよさそうな冷たい表情で呟く。


「知らねえよ、んなこたどうでもいい。今の俺はこいつを死ぬまでぶん殴りたい気分なんだ、邪魔すんな」


「ッス……!?」


「お願いします、話させて、話させてください……!」


 しまいには土下座までしてそう言う彼を見下ろしながら、東郷は無言でリュウジに手で指図を送る。するとリュウジは何度も殴られてふらついているヤスを抱きとめ、そのまま別室に連れて行った。

 それを見送りながら、東郷は土下座したまま震える両前の前にしゃがみ込んで――まるで似合わないような笑顔を浮かべながら、こう告げる。


「分かった、お前さんがそこまで言うなら聞いてやろうじゃねえか」


「あっ、ありがとうございます……!」


 もはや完全に場の主導権が変わった中で、東郷に指図されて椅子に座り直す両前。

 そんな彼の前で足を組んで座りながら、東郷は美月へと目配せする。

 それに頷くと――美月は両前に向かって、質問を投げた。


「両前くん、答えて。貴方はなんで、氷室コウの正体を知っていたの? 儀式って――何」


 その質問に、両前は怯えきった表情のまま口をぱくぱく動かして……小声でぽつぽつと、話し始める。


「……あいつが、あいつが誘ってきて……それで僕らに言ったんだ」


「何を」


 東郷の促しに、両前は震える声でこう続けた。


「――七不思議の生贄を、集めるようにって」

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