■15-七不思議の怪異-I

 旧校舎を脱出して、美月たちはまずまっすぐに東郷の事務所へと戻ることにした。

 とりあえず放置するわけにもいかないので気を失った両前を車に乗せ、コイカワの運転で出発。除霊のためとはいえあれだけ叩きのめされた後で大丈夫なのかと不安にはなったが――コイカワはすでにけろりとしていた。

あれだけ中を徘徊したにも関わらず、時刻を確認してみると19時半。実質30分程度しか滞在していなかったらしい。


「ヤスッス! はっ、入るッス――」


 ビルに到着し、上ずった声でそう告げてヤスが事務所の扉を開け入ると……奥の応接間、窓際で東郷が落ち着かなそうな様子で立っていた。

 部屋の隅にはリュウジの姿もある。二人はまず、ボロボロになっているコイカワを見て表情を鋭くした。


「……おいおい、話は聞いていたがよ、随分な格好じゃねえか。コイカワお前、大丈夫か?」


 来るまでの道中でコイカワが電話であらましを説明していたため、すでに状況は伝わっている。とはいえ一見すればリンチにでも遭ったかのようなコイカワの様子には、流石に一言言わざるを得なかったようだ。


「気にしねェで下さいよカシラ、このくらいどうってこと――あいだだだ」


 無理やり腰を伸ばして苦悶の声を漏らす彼を見て、東郷は呆れ混じりに肩をすくめる。


「明日病院行って来い。舎弟の福利厚生がうちの組のモットーなんだからよ」


 そう告げた後で、今度は美月たちに向き直ると……東郷は顔をしかめて今度はコイカワを横目で睨みつけた。


「――で、こっちはこっちでどういうことだよコイカワ。なんだって年頃のお嬢さんがたをこんな時間まで連れ回してた」


「ええと、それがァ……その」


「私がコイカワさんに頼んだの。だから、コイカワさんは悪くないわ」


「ついでに俺は巻き込まれただけッス」


「ヤスさんは黙ってて」


 言いよどむコイカワを庇う美月に、けれど東郷は厳しい表情を崩さないまま首を横に振る。


「そういう問題じゃねえ。俺たちはな、ヤクザもんだ――そんな俺たちとこんな時間までつるんでるのを誰かに見られたら君らに迷惑がかかるんだ。どんな理由だろうが、そんなことでカタギに迷惑かけるってのは許されねえんだよ」


 ドスの効いた声音でそう告げる彼の視線に、コイカワは「ひぃ」と悲鳴を上げて……そんな一触即発の空気がしばらく流れた後で、やがて東郷が「だが」と呟いた。


「今回はまあ、状況が状況だ。不問にしてやる。……何より、お前のおかげでそっちのお嬢さんが助かったって話だしな」


 そう言って東郷が視線を向けたのは、美月の隣に座った水守だった。


「そこのお嬢さん。君は……綾次の叔父貴の、娘さんだな?」


「……はい」


 強面の東郷にもまるで怖気づいた様子もなく頷く水守を、美月は驚きを隠しきれずに見つめて、それから東郷に向き直った。


「ええと、なんで東郷さん、貴方が水守のこと……」


「わたしのお父さん、東郷さんとお知り合いなの。それで会合とかではたまにお会いしたことがあって――その、タイミングがなくて言いそびれてたんだけど」


「……六花、貴方は知ってたの?」


「うん。家、お隣だし」


 こういう家の場合、ご近所付き合いとかするものなのだろうか……? と疑問をよぎらせる美月だったが、突っ込むのも野暮な気がしたので口をつぐむ。

 ともあれそんな美月の困惑をよそに、美月たち3人はソファに座り、東郷もまたその向かいに座る。ちなみに両前は、コイカワとヤスが確保された宇宙人みたいな格好で両脇で抱えていた。


「――さて、何からどうしたもんか。……話はうちの舎弟どもからもう一度たっぷり聞くとして、おいヤス」


「はいッス!」


「お前、美月ちゃんたちを家にお送りしろ」


「了解ッス!」


 そんなやり取りに、美月は慌てて声を上げる。


「待ってよ! 私たちだって、色々と話しておかないといけないことが……」


「必要ねえ。大体はコイカワたちから聞けば分かることだ。そもそも今何時だと思ってる、親御さんにこれ以上心配掛けるわけにはいかんだろう」


「でも――」


「わたしも、知りたいです」


 抗弁しようとする美月より先に、言葉を継いだのは水守だ。


「……家に帰って、自分の部屋に行って。それで鏡を見てたら――気付いたら旧校舎で、美月ちゃんたちに助けられていて。とても、怖かった。怖かったし、情けなかった」


 悲しげに目を伏せながらも、けれど膝の上に置いた手のひらをぎゅっと握って、彼女は続ける。


「本当ならわたしが、自分でなんとかしなきゃいけないことなのに……わたしが当事者なのに、二人に助けてもらってばっかりで。だから今、何が起きているのかをわたしも知りたいんです。今度はちゃんと――二人に迷惑かけないように、したいから」


 いつもの彼女からは想像もできないくらいにしっかりとした、芯の通った言葉。それがきっと、彼女の奥底にある強さなのだろう。

 まっすぐに見つめてくる水守を、東郷は厳しい表情のまま睨み返して……けれどやがて、舌打ちをしながら息を吐いた。


「……ったく、最近の女子高生ってのは皆こうなのかよ。あー、分かった、分かったよ。だったら送るのは、話が終わってからにしよう。けどな、条件だ」


 そう言って東郷は三人を見回すと、険しい表情をさらに厳しいものにしながらこう続ける。


「まずもう一度ちゃんと、親御さんたちに連絡しておけ。あと――遅くとも9時までには帰らせるからな」


 そんな彼の言葉に、三人はしばし呆然として……やがてぽつりと、六花が呟いた。


「なんか、ヤクザっていうより学校の先生みたい」


「うるせえ」

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