■14-合わせ鏡と花子さん-I
上と下へと伸びる、古びた階段。だが下方向はというと何やら壊れた机だとかゴミ袋だとかがぎっしりと積もっていて、通ることはできそうにない。
であれば必然的に、残る行き先は上しかなくなるのだが――そもそも今の目標は、あの踊り場の大鏡だ。あれがあった場所とはまるで地形も違う以上、別のルートに向かった方がいい気もするのだが……
今しがた来た方角を一瞥して、美月はため息をつく。ちょうどその時、「待てよぉ……」という情けない怒号がそちらから聞こえてきたのだ。
両前に追われている以上は戻る選択肢はない。ならば――三階まで上ってから、反対側の階段まで移動して下に降り直すしかないだろう。
仕方なしにそう決断して、階段を一段上がったところで……不意に上から、何かが聞こえた。
「みーちゃん! みーちゃんっ!」
この声は間違いない。六花の声だ。だがなぜ、3階行きの階段から聞こえてくるのだ?
……奇妙には思いつつも、こんな状況なのだから「ありえない」とは言い切れない。
無我夢中で踊り場まで駆け上がったところで、美月はそこにいる二人の姿を見た。
封のされていない大きな鏡の前で座り込む六花と――彼女が抱きかかえている、泥人形のようなどす黒い何かを。
「……六花? 貴方、何を」
「はっちゃん! 大変なんだよ、みーちゃんが……みーちゃんが、ここで倒れてて! 血だらけで、苦しそうで……」
「みーちゃん、って」
泣きそうな顔で訴えてくる六花を前に戸惑いながら、美月は「それ」をもう一度見る。
似ていると言えそうなのは体格程度で、後は到底水守とは似ても似つかない――どころかどう見ても、人間ではない。
何を言っている? 何が彼女には、見えている?
戸惑いながら美月はふと、彼女たちの背後にある大鏡へと視線を移して――そこではっとする。
大鏡の中。六花の腕の中に抱きかかえられているのは、確かに水守だったのだ。
「――=~~~きゅ、ぃ^^==―」
鏡を引っ掻いたような耳障りな音。しかし六花はそれを聞いて、愕然とした表情でこう呟く。
「……私と一緒に、鏡に? そうすれば、外に出られるの?」
うわ言のようにそう呟く六花を見ると、その目つきはどこかうつろで、ぼんやりとしている。
それに彼女が言ったその内容も――あまりに奇妙だ。
「……六花。そいつは、水守じゃない」
「そんなことないよ。みーちゃんだよ」
「六花っ……!」
それを抱えたままゆっくりと立ち上がり、鏡の方へと歩こうとする六花。そんな彼女の肩を強く引っ張ると、六花は大きくバランスを崩してその場でひっくり返る。
そして彼女の腕の中にいた「それ」は――六花が手放すと同時に床に落ち、びしゃりと飛散した。
「六花!」
「……あ。え、はっちゃん……?」
もう一度美月が声を掛けると、しばし呆然とした様子であったが六花は再び美月を見返して、そう呟く。
それからあの黒いヒトガタの飛沫を、真っ黒に汚れた己の手を見て、何とも言えない表情を浮かべてもう一度美月を振り返って首を傾げた。
「……はっちゃん、これ、なに……?」
「良かった、正気に戻ったのね。……貴方、それを水守だと思い込んでたみたい」
「え……全然覚えてないや。っていうかはっちゃん、あのヤクザの人たちは?」
どうやら、あの奇妙な物体に憑かれていたと見える。少なくとも正気に返ったようなので、美月はほっと胸をなでおろしながら立ち上がり、彼女に手を差し伸べながら続けた。
「貴方が水守のことを探しに飛び出していって――その直後に、皆いなくなっちゃったの。生命力はやたら強そうだから多分、無事だとは思うけど……」
「そっか……ごめん、私が勝手に飛び出したから」
「ううん。貴方がそういう子なのは、分かってるから。それに――あんな画像を見れば、心配にもなるでしょうし」
そう言いながら、美月は再び大鏡へと視線を向ける。そこに映っているのは美月と六花の二人だけで、他には誰もいない。
「……ひょっとしたらあの写真は、貴方をおびき寄せるための罠だったのかも」
「罠って。じゃあ、あのみーちゃんは……?」
そんな六花の問いに、美月はそこでまた「うーん」と唸る。水守の家に電話できれば話が早いのだが、この状況で電話が通じるとも思えないし。
そう思っていた時のこと――ふと大鏡の中、階段の上の方で、何かが動くのが見えた気がして美月ははっと視線を移す。
すると……そこにいたのは、制服を着た水守だった。
「……水守ちゃん!?」
美月が声をかけると同時、その水守――の姿をしたものはふっと踵を返すと、階上を歩き去ってしまう。
六花に目配せすると、彼女もまた同じものを見ていたらしい。今度ははぐれないようにしっかりと手をつなぎ、二人はその人影の後を追いかける。
水守はゆっくりとした歩調で、けれど走る二人とは一定の距離を空けたままでどこかへと歩いてゆく。
「罠、かな?」
「かもね。けど……本物の水守だったら、放ってはおけない」
「うん」
そんなやり取りをしているうち、水守が入っていったのは3階の突き当りにある女子トイレだった。
角を曲がってトイレに入っていく彼女の後を追って中を覗き込むと――しかし忽然と、姿は消えている。
「……みーちゃん? どこ?」
六花が恐る恐る声を掛けるが、返事はもちろん、ない。
顔を見合わせて、二人でトイレに入っていく。薄汚れたタイル張りで、異様な臭気がするのに顔をしかめながら――美月は3個あるうちの最初の個室のドアに手をかけ、開ける。
中には、何もいない。
次のドアも同じように開けて、やはりそこには、何もない。
ならば――次。最後の3番目の個室のドアノブに手をかけて、美月がゆっくりと回すと……どうしたことか妙な抵抗があって、ドアが開かない。
「鍵がかかってる?」
「誰がかけるのよ」
当然内鍵だ、中に誰かいなければ鍵がかかるはずもない。だが……図らずもそれを言葉にしてしまったことで、二人とも真顔になってしまう。
こんな――誰もいないはずの旧校舎で誰が、内側から鍵をかけているというのだ?
そんな当然の疑問を無理やり頭から振り払いながら、美月はもう一度、今度はもっと強く扉を引く。
すると……がきん、という音とともに扉が開いて。
懐中電灯で中を照らすと――そこには誰も、いなかった。
「……なんなのよ、もう」
どっと息を吐き出しながら、美月は六花に向かって振り返って。
そこで――思わず、声を上げた。
六花の背後に、水守が俯いたまま立っていて。けれど――
その背後にさらに立っていた、チンピラ二人を見てのことだった。
「「――――きゃゃああぁぁああぁぁぁ!!??」
「「ウワーーーーーっ!!」ッス!!??」
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