■13-七年前の新聞部員-II

「あぁ、美月ちゃん!」


 そう声をかけてきた彼、両前に、美月は驚きのあまりしばらく絶句して――それからようやく、こう言葉を発した。


「……両前、くん。なんで貴方がここに?」


「あは、やっと名前で呼んでくれた。……なんでって、それは僕も訊きたいけれどね。まあいいや」


 妙にハイテンションにそう言いながら美月の方まで近寄ってくると、彼はにんまりと笑ってこう続けた。


「僕はね、あの七不思議に関する手がかりを探しにきたのさ。七不思議はほとんどがこの旧校舎にまつわるものだろう、ならここに来れば何かあるかも――そう思ったんだ」


「そう……私たちも、同じよ」


 そう美月がこぼすと、彼は「たち?」と大げさに首を傾げてみせた。


「美月ちゃん一人じゃないのかな。他には誰が?」


 口を滑らせた、と内心で舌打ちしながら、美月はわずかな逡巡ののちにこう返す。


「六花……七不思議会にも一緒に行った金髪の子と一緒に。でも、はぐれちゃって」


「そっかぁ。それはよくないな。こんな暗い、人気のないところで……君たちみたいに可愛い子たちが二人だけじゃ危ないよ」


そう言って距離を詰めてこようとする彼から一歩退く美月。彼はわずかに表情を歪めつつも、すぐに笑みを貼り付けながらこう続けた。


「どうだろう、昼間はつい怒っちゃったけど……協力しないかい? 恥ずかしながら僕もさ、こんな気味の悪い場所を一人でうろつきたくはないし――君だって、一人よりは二人の方がいいだろう?」


 微妙に高圧的な言い方が引っかかるものの、とはいえ美月としても、実際今の状況では彼の提案を突っぱねる理由もない。

 少しの逡巡の後、彼女は小さく頷いて、こう返した。


「……分かったわ、そうしましょう」


「ふふ、よろしくね、美月ちゃん――」


 言いながら今度こそ手を握りにくる両前。さすがにこの流れで拒否するのも悪いような気がして、美月はされるがままに手を取られる。

 妙にねっとりと、執拗に握ってくる彼の手の感触に生理的な拒否感を感じながらも顔には出さないようにして――数秒ほどしてやや強めに手を払うと、美月は再び廊下を歩き出した。


「どこへ行くんだい?」


「六花は、踊り場にあった大鏡を調べに行ってるかもしれないの。だから――そこへ」


「踊り場の大鏡? それって、上の階へ行く階段にあった奴かい?」


 そんな彼の言葉に、美月は首を傾げる。鏡は、一階から上がってきた時にあったはずだが……。


「一階から二階に上がる階段に、あったと思うんだけど。新聞紙で目隠しされてる、大きい鏡よ」


「おかしいなぁ、僕は見てないよ」


「……どういうこと?」


 これも、この旧校舎の変質に伴うものなのか。だがだとすれば、このままあの場所を目指してもたどり着ける可能性は低いのかもしれない。

 そう不安をよぎらせる美月に、両前はこう続けた。


「僕の見た鏡の方へ行ってみるかい? ついさっき通ったばっかりだから、案内できると思うよ」


「……じゃあ、お願い」


「ふふ、それじゃあついてきて」


 そういう彼の後ろを追って、今度は反対側の廊下へ。軋む床音だけが響く中をしばらく進んでいると……不意に彼が、口を開いた。


「ところで美月ちゃんたちはさ、何か手がかりは見つかったのかな?」


 その質問に、美月はどう答えたものかと少しだけ悩む。氷室コウというあの新聞部員が七年前に死んだはずの人間で、彼がこの一連の事件に深く関わっている可能性が高い――だなんて。あまりにも非現実的すぎる話だ。

 だが……両前もまた、この旧校舎に何かを調べに来ているのだ。それならば彼もまた、今の状況が尋常ならざるものだと思っているはず。

 そう結論づけて、美月はつぐんでいた口を開いた。


「……新聞部の物置にあったバックナンバーで、昔の七不思議会について調べていたんだけど――七年前にも会があって。丁度その年にも、生徒が死んでいて……それが」


「氷室コウ。そうだよね?」


 美月の言葉を遮るようにして告げられた、両前の返答に――美月ははっとして彼を見返す。


「なんで、それを」


「ああ、やっぱりそこまで分かったんだ。すごいな君たち……こうなってくると本当に、『七不思議の呪い』を解決しちゃうかも。でも」


 じり、と彼が美月へとにじり寄り。一瞬の判断の遅れから、美月は彼に肩を掴まれてしまう。

 強い力に顔をしかめる美月の顔に、彼は荒い息を吐きかけながら興奮した面持ちで続けた。


「解決されちゃ、困るんだよねぇ。七不思議の儀式が成立しなきゃ、僕らの予定も台無しなんだから――」


「近づかっ、ないでッ……!」


 彼の体格に抗いきれず、そのまま壁に押し付けられる美月。そんな彼女をねっとりと舐め回すように眺め上げて、彼は舌なめずりをする。


「抵抗しても無駄だよ。儀式が完成すれば、僕らはなんだって叶えられるんだ――君のことを好きにすることだってできる。どんなことでも、僕の思い通りにね。ふ、ふふ」


 何を言っているのだ、この男は? パニックに陥りかけながらも美月は必死で頭を働かせて……状況を整理し直そうとする。

 分かっていることは、ほとんどない。ただひとつ、今大事なのは彼が……どうやら味方ではないらしいということだけ。

 だったら、どうする。このまま彼のなすがままにされれば、どうなるか――そんなことは考えたくもない!

 ならばどうだ。何ができる。例えば「彼」なら――こんな時、どうする。

 そこまで思考したところで、気付けば体の方が、先に動いていた。


「…………ひぎっ!!???」


 響いたのは、両前の情けない悲鳴。そして彼の股間あたり……美月の膝が、そこに狙い過たずに深く沈んでいた。

 生物的急所を打ち据えられてたまらず美月から離れてうずくまる彼を見下ろして、美月は舌打ちしながら息を吐く。


「ひょっとして、実はいい人なのかも――なんて一瞬でも思った私が馬鹿だった。そこで座ってなさい」


「くぉの、待てっ……」


 股間を押さえながら涙と涎を垂れ流してそう言葉を吐く両前。けれどそんな彼など気にもとめず、美月はその場を離れて廊下を進む。

 走りながら思い浮かべたのは、角刈りの強面が印象深い白いスーツの男。彼ならばこんな時、「カタギには手を出さない」と言うところだろうが――


「まあ、私もカタギだし関係ないわよね、そんなのは」


 そう言ってわずかに苦笑しながら、美月は目の前に現れた階段を見上げた。


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