■13-七年前の新聞部員
「氷室、コウ……って」
愕然とする美月の呟きに、反応したのは意外にもヤスだった。
「そいつの名前――知ってるッス」
「あァ? 新聞部員でもねぇのに何で知ってんだ?」
怪訝げに問うコイカワに、ヤスは若干顔を青くしながらこう答えた。
「そいつ、俺が入学した年に――事故で死んだッス。全校集会で聞いたから、よく覚えてるッス」
「……嘘でしょ?」
「こんな気味の悪い嘘つかないッスよぉ!」
そう言うヤスに、美月もまた流石に表情を固くして六花と顔を見合わせる。
「……三年生の教室のどこにも、あの先輩いなかったよね。ってことは――」
六花はそう口にしかけて、けれどそれ以上は口をつぐむ。……それを言ってしまうことを、無意識のうちに躊躇ったのだ。
氷室コウは、すでにいない。
いるはずのない生徒……そんな彼によって開かれた、七不思議会。
だとしたら。だとしたらあの人物は、一体――
そんな美月の思考を中断するように、その時不意に、携帯電話の着信音が鳴り響く。
びくりとして音の方を見ると、それは六花の携帯のようだった。
「みーちゃんから、メッセージみたい」
言いながら携帯電話を操作して、内容を確認して……すると六花の表情が突然険しいものに変わり、彼女はびっくりした様子で携帯電話を取り落とす。
「っ――え……、何で」
乾いた音とともに落ちたそれを拾い上げて、美月もまた画面を一瞥し。そこで同様に、言葉を失った。
件名も本文もないメッセージ。代わりに添付されていたのは、一枚の写真。
どこか薄暗い場所でカメラを覗き込んでいる水守と、そして彼女の背後にある――大きな鏡。
その中にさらにスマートフォンの画面が映り込んで、まるで
そして……鏡の中に映り込むようにして。
氷室が、こちらを見て、笑っていた。
「…………っ、みーちゃんっ!」
居ても立っても居られない様子で、教室から駆け出していく六花。とっさに止めようとする美月だったが――すぐに後を追って外に出ると、どうしたことか左右に続く長い廊下のどちらにも、彼女の姿は見えない。
「六花……六花、ちょっと、どこ行ったの!?」
六花は運動神経の良い方だが、とはいえこんなに一瞬のうちに見えなくなるというのはいささか異常だ。ましてや足音すら聞こえないとあっては――
とそこで、美月はふと、あることに気付く。
後ろの教室の中にまだいるはずのヤスとコイカワ。……彼らの気配もまた、感じられないことに。
「……!?」
嫌な予感がして振り向く。すると……悪い予感は、的中していた。
さっきまでいたはずの二人の姿もまた、魔法のように消え失せていたのだ。
「嘘でしょ、これって……」
この信じがたい状況には、心当たりがあった。かつて美月の家で起こった、怪奇現象の数々……そのさなかで、家の中で遭難しかけたあの時のこと。あの時も同じように、空間が歪み、ねじれて――すぐ傍を歩いていたコイカワが姿を消した。
ならば、今回のこれもまた恐らくは同じ。何か……「この世ならざるもの」による干渉が働いている可能性が高い。
「どうしよう――」
焦燥感で、背筋にぞくりと寒気が伝う。暗く、長く伸びる廊下。しんと静かで音のないその闇を見つめているうち、美月は改めて、今自分がたった一人だということを実感する。
ヤスとコイカワの二人は、そこまで心配は要らないかもしれないが……問題は六花と水守の二人だ。
早く合流しなければと思いはするものの、しかし動こうとするとどうしたことか、足がすくむ。
あの家の一件で、少しは耐性がついたなんて思っていたけれど――そんなことはなかった。
やっぱり、怖いものは……怖い。
「……ああ、もう!」
廊下に響くくらいに声を張り上げながら、そこで美月はいきなり自分の頬を両手で叩く。
ぱぁん、と乾いた音が反響する中――ひりひりと痛む頬に意識を集中させているうち、少しだけ恐怖が薄れたような気がした。
この前に東郷はコイカワを痛めつけて無理やり憑依状態から引き戻していたが、なるほどこの手は案外、我に返るのには良いのかもしれない。
そう思いながら、少しだけ軽くなった足で美月は廊下の先へと一歩、踏み出す。
まず探すべきは、六花だ。そして水守からの写真からして、彼女の目指した先は恐らくあの、階段にあった大鏡。
周囲を観察しながら、美月は一歩一歩慎重に前へと進む。
見た目はただの古びた校舎で、何ら先ほどまでと変化はないが――以前、あの家であったように廊下が無限に続くだとか、そういった空間のねじれが起こっている可能性は大いにある。
きしり、きしりと軋む廊下を踏みしめて……すると、ある時だった。
「――あぁ、美月ちゃん!」
唐突に響いた、男の声。
振り向いて見ると……そこにいたのはあの美月に妙にしつこく迫ってくる二年生、両前だった。
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