■12-旧校舎探索-III

 それからもまた、美月たちは同じように、一部屋一部屋を調べながら旧校舎の探索を続けていた。

 どこの窓も木の板が打ち付けられて外界から隔絶されたようになっていて、懐中電灯なしでは到底身動きもとれないほどに暗い。

 そんな中を探して回るというのはけっこうな作業だったが――ヤスやコイカワは手慣れたもので、どんどん探索を済ませて先へと進んでいく。


「家探しは俺らの得意分野ッス」


 ……という全く自慢にならない自慢をされたが、ともあれ実際彼らがいてくれて助かったのもまた本当だった。


 1階の探索を終えて、中央の階段から2階へ上る。

 ぎしり、ぎしりと軋む木造の段差。なんとなく、足音を忍ばせながら上がっていくと、踊り場に差し掛かったところで美月たちは鏡を見つけた。

 身長が高めのヤスでもすっぽりと入るほどの、背の高い姿見だ。しかしその表面はというとびっしりと新聞紙が貼り付けられていて、鏡としての機能は失われて久しいよう。


「なんか気持ち悪ィな、これ。なんで隠してあんだ?」


 そう問うたコイカワに、しかしヤスはというとこちらもまた首を傾げている。


「っていうか、昔旧校舎に忍び込んだことあったッスけど……その時はこんな鏡、あった覚えないんスけど……」


「目に入ってなかっただけだろ、こまけェこと気にするよなぁお前」


 そう雑にあしらうコイカワに、ヤスはなおも納得していない様子ながら上へと段差を登っていく。


そんなこんなで2階へと上がって、いくつかの教室を物色したところでヤスが呟いた。


「……ここ、みたいッスね」


2階の、突き当りにある教室だ。

部屋の中には古びた木棚がぎっしりと並んで、そこに雑多に積まれているのは膨大な量の紙束。

ここがどうやら、お目当ての場所――新聞部が倉庫にしている教室のようだった。


「それじゃあ、昔の校内新聞……七不思議会の話が書いてありそうな記事を、探しましょう」


 美月がそう宣言するとともに、六花も含めて三人とも頷いて室内を漁り始める。

 幸い整頓はそこそこに行き届いているようで、バックナンバーもある程度年度ごとにまとめられているようだ。

 紙をめくる音だけが、暗い室内に響く中。

 やがて――その静寂を最初に破ったのは、六花だった。


「……はっちゃん、これ」


 そう言って彼女が見せてくれたのは一冊の校内新聞のスクラップ。日付は……十四年前だ。

 そこに書かれていたのは、まさに探し求めていたもの。

「七不思議」に関する記事である。

 内容としてはそう大した話ではない。新聞部で蒐集した「学校の七不思議」についての特集である。

 だが、その内容を読み進めるにつれて――美月は「あれ?」と小さく呟く。


「どったの、はっちゃん?」


「それが、その……ちょっと、変だなって」


「変?」


 首をかしげる六花に、美月は若干の戸惑いを滲ませながら……こう続けた。


「中身が、違うの」


「中身って……七不思議の、内容ってこと?」


 確認するように訊き返す六花に、頷く美月。


「ここに書かれてる七不思議――やっぱり六つしか書いてはいないんだけど。中身は『誰もいないのに流れるピアノ』『こっくりさん』『赤い紙青い紙』『動き回る人体模型』――それから『トイレの花子さん』と『校舎裏の鳥居』」


 美月が語ったタイトルに、横で聞いていたヤスが「あぁ」と懐かしげに声を上げた。


「そういや俺らの代で聞いたことがあるのも、その六つだったッス――いや、いっこ違ったッスね、確か……」


「『校舎裏の鳥居』。その話は、私が代打でしたやつ……だよね」


「ああ、そうッスそうッス。それは聞いたことなかったッス……って、あれ?」


 顔を見合わせる六花と美月を前にして、きょとんとするヤス。事情がつかめないコイカワが、怪訝な顔で美月に問うた。


「なァ、美月ちゃんよ。よく分かんねェんだけど……」


「変わってるのよ、七不思議が。今回は『トイレの花子さん』と『校舎裏の鳥居』じゃなくて、水守ちゃんが話した『合わせ鏡』と……亡くなった十束先輩が話したっていう『十三階段』のはず。水守ちゃんのは即興で作ったお話だって言っていたけど――『十三階段』も、十四年前には語られていなかった話なの」


 そう告げると美月は、疑問符を浮かべっぱなしのヤスへと向いて質問する。


「ねえ、ヤスさん。ヤスさんがここに通ってたのって、いつ?」


「え、ああ……五年前に卒業したッスよ」


「その時の七不思議で、さっき私が言った中になかったものって、何?」


 その美月の質問に、しばらく考え込んだ後でヤスはこう答えた。


「確か――『トイレの花子さん』は俺も聞き覚えあるッス。んでもうひとつは――さっきの理科室の先生のハナシ。『校舎裏の鳥居』の話は初耳だったッス」


「……どうなってんだァ? 学校の七不思議とか言って、七個以上あるってことか?」


 難しい顔になるコイカワに、美月もまた結論を出しきれずに考え込む。

 七個以上ある、七不思議たち。数年ごとに蒐集される噂。

 そのたびに、七不思議の編成が入れ替わり――語り継がれなかった話は、消えていく?


 考えをまとめきれずに呻く美月に、その時六花が「ねえ」と声をかけてきて……今度は別の一冊を、美月に差し出してきた。

 年次を見ると、今から五年前のものだ。そして……そこにもまた、七不思議の記事がある。

 それを注視しながら、美月は驚いて六花を見返した。


「どうやって見つけたの、これ?」


「今見つけた新聞、十四年前じゃん? それでそっちの……ヤスさんが卒業したのが五年前で。だからさ、ひょっとしたら七年おきに七不思議会が開かれてたんじゃないかなって思ったんだけど――ほら、七つながりで」


「そんな適当な……」


 とは言いつつも、しっかり的中していたのでそれ以上は言えず、彼女の渡してくれたスクラップに目を通す。すると――美月はそこで、目を疑った。


「……何、これ?」


 本文は、何の変哲もないものだ。生徒たちによって語られた七不思議を集め、編纂された記事。

 だからその内容自体よりも美月が目を留めたのは、その記事の文責。


 氷室コウ。それは今回の七不思議会を開催していたはずの、あの三年生の名だった。

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