■12-旧校舎探索-II
旧校舎は、校門から見て新校舎よりも奥側――学校裏の雑木林と隣接するような形で建っている、古い三階建ての木造建築だ。
すでに完全に立入禁止となっていることもあって、美月もその存在自体は知っていたものの、実のところ今まで一度も立ち入ったこともないし、そもそもこうしてじっくりと観察すること自体も初めてだったが。
玄関口まで来てみると、申し訳程度の「立入禁止」の立て札が打ち付けられてはいるものの、恐らくは勝手に入りこんでいる人間がいるのか――出入り口のガラス戸は開けっ放しになっていて入り放題である。
それゆえに、特に苦労することもなく下駄箱まで足を踏み入れたところで……美月はげんなりとしながら呟いた。
「……本当に、古い建物ね」
中は荒れ放題で、玄関には割れたガラス戸の破片が散乱。埃っぽさは言うまでもなく、こんなことでもなければまず入りたくもない場所だ。
安全メットのライトで辺りを照らすヤスとコイカワ、その後ろを手持ちの懐中電灯を握って奥へと足を踏み入れながら――六花もまた、怯えた表情で「うわわ」と声を漏らす。
「見て見てはっちゃん、なんか落ちてる」
「え? ……うわ」
懐中電灯を向けて照らすと、玄関から入った廊下に早速落ちていたのは……薄汚れた上履きだった。
日中に見ればなんでもない落とし物だがこの場所で、こんな時間に見ると無駄に薄気味悪い。
顔をしかめている美月と六花をよそに、しかしヤクザどもはというと妙にテンション高く廊下を見渡していた。
「いやー、俺がいた頃はもうちょいキレイだったんスけどね。荒れ果ててるッス」
「ザ・廃校舎って感じだなァ! 映画の『学校の怪談』を思い出すぜ」
「あー、あれまだ観てないんスよね……興味はあるんスけど」
「あ、私それ観たことあります」
「おっ、嬢ちゃんなかなかイケるクチかァ?」
何やら六花まで話に混ざり始めて、ホラー映画トークに花が咲き始めるが――美月が「こほん」と咳払いをすると、三人ともぴたりと静かになった。
「あんまりうるさくして、警備員さんとか来たらどうすんのよ」
「あ、ははー。アイスブレーキングッスよ、アイスブレーキング」
そう誤魔化しながら、「さーて進むッスよー!」と声を張り上げて再び歩き出すヤス。
その後をついて行きながら、コイカワが口を開いた。
「んでよォ、ヤス。お前自信満々だけど、どこ向かえばいいのか分かってンのか?」
「分かるわけないッス。卒業したの結構前ですし、そもそも俺新聞部なんて縁もゆかりもない運動部員でしたし」
「堂々と言ってんじゃねェぞタコ」
安全メットの上から金属バットで軽く小突かれて「痛いッス」と悲鳴を上げた後、ヤスは涙目でコイカワに言い返した。
「待って下さいッス。俺だって何のアテもなく歩いてるわけじゃないッス……。旧校舎はそんなに教室の数も多くないッスから、しらみつぶしに探せばいつかは見つかると思うッス」
「それを無計画って言うんだよ」
ぺこん、といい音を立てて金属バットが安全メットを打ち付ける。「やっぱ痛いッス……」とぼやくヤスを尻目に、コイカワは呆れ混じりのため息とともに進み始めた。
「仕方ねェ、やるしかねェな……こんな薄気味悪いところで一部屋一部屋探すなんて考えたくねェけど――よっと」
言いながら手近にあった教室の戸を金属バットの先で開けて、彼はヤスに手招きした。
「なんスか?」
「おいヤス、お前先に入れ」
「えぇー……怖いじゃないッスかぁ」
「お前の方が俺より下っ端だろ? こういうのは下っ端が先行くもんなんだよ、オラ行けっ」
露骨にビビっているコイカワのそんな言に、仕方なしに進んでいくヤス。それほど広くはない部屋で、中は雑多に物品が放置されている。それらを漁りながら、しばらくしてヤスが「あっ!」と大きな声を出したものだから美月と六花、そして特にコイカワが露骨に肩を跳ね上がらせて驚いた。
「ななななななんだよてめェ! でけえ声出すな!」
「いやー、ここ剣道部の物置っぽいんスけど、めちゃくちゃ臭い古い面具が落ちてて思わずびっくりしたッス」
「びっくりしたのはこっちだこのどアホ!」
のんきな笑みを浮かべるヤスと、対照的に若干涙目になっているコイカワ。そんな二人を半眼で眺めていると――不意に今度は後ろで、「きゃっ!」という声が聞こえて美月ははっと振り返る。
「六花、どうしたの?」
「えっ、あっ、うん……ごめん。なんか見間違えたかも」
「見間違えたって、何を?」
問う美月に、彼女は少し口ごもった後、廊下の向こうの闇を見つめて自信なさげにこう呟いた。
「みーちゃんが、いたような気がして。……あはは、そんなはずないよね。ごめん、変なこと言って」
彼女の視線の先を一応美月も確認してみるが、そこにはただ暗い廊下が続くのみで、
動くものなどは見当たらない。
「……まあ、こんな気味の悪いところだから。見間違えることもあるでしょ」
それだけ告げて、再び一行は校舎内の捜索を続ける。
一箇所、一箇所と戸を開けては中を確認する作業。張り出した表札の印字はすでに消えていたり、そもそも表札自体が誰かに取られてしまったのか失われている教室もあって、そこで何の教室かを判別することは難しい。
「うわ、ここ理科室っぽいッス。そっ閉じッス」
そう言うヤスが開けたのは1階の端の教室。続いて中に入ってみると、なるほど他より広めの空間に実験机のような幅広の机がいくつか並んでいるのが見える。
壁際にある棚には金属製の実験器具が並びっぱなしになっていて、どうやらヤスの言う通り、理科室のようだ。
別に理科室に用はないのだが、ヤスとコイカワはなぜか興味津々な様子で中を物色し始める。
「すげェ、見ろよこれ。なんか変な瓶詰めがあるぜ」
「うわわ、キモいッス。ハブ酒かなんかッスかね」
「ンなわけねーだろ、こういうのはだいたい理科教師が秘密の実験してたって相場が決まってるんだよ」
「あー、アリよりのアリッスね」
無駄話にも程がある会話であった。げんなりしながら、美月は彼らに呆れ混じりに声を掛ける。
「あんたたち。理科室になんか用はないんだから、さっさと行くわよ」
「ッス。……そういや理科室って言えば、俺らの代でも七不思議って言って噂になってたのがあったッスねー」
そうしみじみと語る彼に、六花が会話に参加してきた。
「人体模型のやつですよね。人体模型が勝手に別のところに移動してたっていう」
鴻上の語った怪談だ。だがしかし――ヤスはと言うと「それもあったッスけど」と続けて、
「俺らの代で噂になってたのはもういっこあって。それこそさっきコイカワさんが言ってたような……昔の理科教師が秘密の人体実験をしてたっていう話だったッス」
「ふぅん……」
その話は七不思議会でも出ていなかった、初耳の話だ。まあ、彼が卒業したのは何年か前のことだから――そういうこともあるのかもしれない。
そう流しながら、美月は理科室を後にしようとして。
……その時だった。
不意に、がたんと物音がして、美月は慌てて室内を振り返る。すると――
「……いや、すまねェ。椅子につまづいてよ。へ、へへ」
ごまかすように笑うコイカワに小さくため息を吐いて、今度こそ一行は理科室を後にする。
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