■12-旧校舎探索-I

 かくして、その日の19時。しんと静まり返り人気のなくなった学校の門前で、ヤスがスクーターを停めて待っていた。


「いやぁ、女子高生と夜の学校でデートできるなんて夢みたいッスね」


「バカおめェ、ただのデートじゃねえ。2対2だからダブルデートだ」


「アホなこと言わない。……ありがとうね、ヤスさんも。今日は宜しく」


 突っ込みつつ礼を言うと、ヤスは「いいってことッス」とにんまり笑ってみせた。


「久々にこうして母校に来れたんで、ある意味いい機会だったッス」


「あ、そっか。ヤスさんもここの卒業生なんだっけ……って、ヤスさんが?」


 一応、けっこうな進学校なのだが。そういう意味合いの視線に気づいたらしく、じっと見つめる美月にヤスが渋い顔になる。


「ひどいッス美月ちゃん……。今はこんなッスけど、高校生の頃はそりゃもう成績優秀、品行方正のヤスくんだったッスよ」


「信じがたいわね……」


 と、そんなやり取りをしていたところで、珍しく借りてきた猫のように大人しくしていた六花が「あの」と声を発した。


「今日はありがとうございます。その……私が言うのも変ですけど、こんな頼み事を引き受けてくれて」


「へへ、心配ご無用、ゴムは必要ッス。こう見えて俺たちはこの手の事件についてはプロフェッショナルッスからね」


「そうだぜ。なにせ美月ちゃんの家の事件の時もなァ――見せてやりたいぜ、血みどろになりながらもあの屋敷の呪いに立ち向かったこの俺の“勇姿カガヤキ”をよォ」


 六花が知らないのを良いことに好き放題言っている二人を半眼で見つめつつ、美月はため息交じりに口を挟んだ。


「頼んでおいてこんなこと言うのも何だけど、あんまり騒がしくしないでよね。あんたたちみたいなのが夜中に学校に忍び込んでるのが見つかったら、幽霊なんかよりよっぽど警察沙汰なんだから」


「大丈夫ッスよ美月ちゃん。それについても対策済みッス。ほら」


 そう言う彼の格好を今になってよく見てみると、普段の青いスカジャンとは違う……何やらくたびれたツナギを着ていた。


「なにそれ」


「作業着ッスよ。ここの旧校舎の解体、うちの組と関係のある業者が請け負ってたんスけど――なんか妙なことが立て続けに起こるってんで今のところ中断してて。なんで、そこの業者の服をちょいと借りてきたッス。はいこれコイカワさんの分」


「おっ、サンキュー」


 言いながら――何を思ったかその場でズボンを脱ごうとするコイカワに、美月は顔を赤くしながら抗弁する。


「こんなところで着替えないでよ!?」


「おっと、悪ィ悪ィ」


 悪びれた様子もあまりないままにへらへらと笑いながら、校門の中の茂みへと入っていくコイカワ。そんな彼を呆れた顔で見送りつつ六花の方を見ると、彼女もまた顔を真っ赤にして硬直していた。


「ごめんね六花。バカばっかで」


「だ、大丈夫……。でもはっちゃん、凄いね。あんな怖い人たち相手に堂々としてて……」


「なんでこうなっちゃったのかな、って気はするけどね……」


 苦笑しながらそう返すと、六花も「あはは」と小さく笑う。少なくとも、多少は緊張がほぐれてきたか。

 そんな頃合いで丁度コイカワが着替えて戻ってくると、彼はヤスに向かって「そういや」と呟く。


「ヤスよォ、ちゃんと色々準備はしてきてんのか? なんかこう、魔除けとかそういうの」


「モチのロンッス。今日もたらふく持ってきたッス!」


 言いながらスクーターの荷台に積んでいた白い粉を担ぎ上げる彼を見て、六花が驚いた様子で美月を見る。


「ねえ、あれってまさか――」


「大丈夫、ただの塩よ」


「ただのじゃないッス! うちで清めた魔除けの塩ッス!」


 そう言って胸を張るヤスに、コイカワが何とも言えない表情を浮かべてぼやく。


「まー、効果はあるんだろうけどよォ……またこれ体にかけるのかよ? 俺乾燥肌だから、あんまかけたくねェんだけど」


「命には代えられないッス。さあほら、かけるッス」


 言いながらコイカワの肩に塩を撒いていくヤス。続けて美月たちも、彼から塩を借りてお互いに掛け合う。

 そんな準備が済んだところで、ヤスが続けてコイカワに手渡したのは鈍色に輝く金属バット。全体的に御札が貼り付けられて妙なことになっているそれを受け取ると、コイカワは満足げに頷いた。


「よぅし、こいつがあれば呪いだろうが幽霊だろうがホームランってもんだぜ」


「負ける気がしないッス!」


 そう言うヤスが握るのは、同じく御札が巻きつけられた木刀。たとえツナギを着ていたとしても、この武装では到底言い訳不能な気もしたが……とはいえ何が起こるか分からない以上は致し方ない。


「じゃ、行くとするか!」


「旧校舎の七不思議解明ツアーッス!」


 妙にわくわくした様子の二人――男子というのはいくつになってもこういうものなのだろうか。小さくため息をつきながら、美月もまた六花とともに、彼らの後をついて敷地内へと立ち入ることにした。

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