■11-ガラの悪い助っ人たち

 そんなわけで学校を出て、三人が向かった先は繁華街の一角にある雑居ビル。

 何を隠そう、目指す先は東郷の組事務所であった。


「……ねえ、はっちゃん? 本当にここ、入るの……?」


 珍しく弱気な様子の六花に、美月は「うん」と軽い調子で頷く。


「言ったでしょ。協力してくれそうな人のこと」


「はっちゃんの家の事件を解決してくれた人たち、だよね。いや確かにヤの字の人だって聞いたような気はするけども!」


「じゃあいいでしょ。ほら、入るわよ」


「六花ちゃん。あんまり制服着たまま外に立っててもよくないよ」


「みーちゃん意外と冷静っ!?」


 そんなやり取りの後、斜陽の差し込む階段を慣れた足取りで上る美月。その後を、思いの外気圧されたふうもなくついてくる水守と、そしてさらにその数歩下からおっかなびっくりついてくる六花。普段の二人とは立場が逆で、美月はこんな状況だというのになんとなく笑ってしまう。

 三階に入っている事務所のインターホンを押して、「私だけど」と声を掛けると――ややあって中から出てきたのはコイカワだった。


「美月ちゃん、よく来たなァ! ……おっと、そちらのカワイコちゃんたちはどちらさんで?」


「水守ちゃんと、六花ちゃん。私の友達」


 いかにもなチンピラ的風貌である彼を前に露骨に固まっている六花を差し置いて、水守がぺこりとお辞儀する。

 そんな二人をまじまじ眺めながら、コイカワは珍しく微妙な表情を浮かべてみせた。


「へェ、美月ちゃんのダチかァ……その、なんだ。こう言っちゃ悪いんだが、カシラからカタギさんはなるべく事務所に入れるなって言われてるんで、その――」


「分かってる。けど、ちょっと――貴方たちに相談したいことがあって」


 神妙な顔で告げた美月に、するとコイカワもまた何かを察したのか。しばらく顎に手を当てて考えた後――大きく頷いて奥へと戻っていく。


「あいわかった。いつも世話になってるんだ、俺たちでよければ“相談ハナシ”くらいならいくらでも乗るさァ――入ってくれ」


 男気ある笑みを浮かべて招いてくれたコイカワに礼を言いながら、「ごめんください」と美月たちも続く。

 事務所の中は珍しくがらんとした様子で、どうやらコイカワだけしかいないようだった。


「東郷さんは?」


「カシラはちょいと親父殿に呼ばれててなァ、留守だ。……ささ、座って座って。そっちの嬢ちゃんも」


「ひっ!?」


声をかけられただけで露骨にビビる六花を見て、コイカワは珍しくしょんぼりした様子で美月に耳打ちする。


「なあ、俺なんかしちゃったかァ?」


「顔がいかにもなチンピラ顔だから」


「女子高生受けを狙って今日は鬼○の刃っぽい柄のシャツ選んだんだけどなァ」


「あんたの中の女子高生観はどうなってんのよ。……っていうか女子高生受けを狙うな」


 小声でそう言い合った後で、コイカワはおよそ似合わないぎこちない笑みを浮かべながら、六花ににじり寄ってこう告げる。


「あー、えーと、なんだ。怖がんないで座ってくれ、別におじさん、“強姦レイプ”とかしねェから。ほら、喉乾いてンじゃねェか? アイスティーとかも出せるぜ?」


「うぅ……」


 めちゃくちゃ涙目になる六花の前で、美月は手近にあったスリッパでコイカワのパンチパーマを叩く。


「なんでかえって怖がらせるようなこと言ってるのよ!?」


「えぇ!? そんなつもりは!」


 戸惑うコイカワに、するとそこで六花が涙をふきながらぺこりと頭を下げた。


「あぅ、その、ごめんなさい……勝手に怖がっちゃって」


 そんな彼女の手を引いたのは、水守だ。隣に六花を座らせた後、彼女もまたコイカワに頭を下げてこう続ける。


「ええと、わたしからも謝ります。六花ちゃん、昔ちょっと――その筋の人絡みで、怖い目に遭ったことがあって。それで苦手意識を持ってるんです」


 いつもの彼女らしからぬ毅然としたその態度に美月が少し驚いていると、コイカワもまた頭をかきながら小さく頷いてソファに腰掛けた。


「あァ、別に謝らなくていいさ。ヤクザもんが怖がられるのなんて当たり前のことだからなァ、気にせんでくれ。それよりよ、その……相談ってののハナシ、聞かせてもらってもいいかい」


 促す彼に、美月たちは顔を見合わせた後、代表して美月が話を始める。

 七不思議会のこと。学校で起こった不審死と、昨日の今日で発覚した行方不明。そして、名前を偽っていた氷室という上級生――一通りをかいつまんで話し終えると、コイカワは「うーむ」と腕を組んで唸った。


「なんつーか、思ったよりも“不運ハードラック”と“ダンス”っちまってる感じだなァ……」


「今日、旧校舎の新聞部が物置にしてるっていう教室を探したいと思ってるんだけど――その、誰かついてきてくれる人、頼めないかしら。無茶なお願いなのは、分かってるんだけど……」


 そう言って頭を下げる美月に、コイカワは慌てた様子で「いやいや!」と首を横に振る。


「美月ちゃんが頭を下げるこたァねえ! 美月ちゃんが最近夕飯とか作ってくれるようになったお陰で、組員全員健康診断の評価が1ランク上がってんだぜ! 感謝すンのはこっちの方だし、その美月ちゃんのダチの困りごととあっちゃあ手助けしなきゃ任侠がすたる。ただ――」


「ただ?」


「これだけの話となると、俺一人の裁量で乗っていい話かどうか。……せめてもう一人、誰か巻き込めるといいんだが――あ」


 とそこで、何か思いついた様子で彼は懐からスマートフォンを取り出すと、誰かに電話をかけ始める。

 誰相手なのかと思っていると、その答えはすぐに分かった。


「おう、ヤス。今暇か? ……あ? ラーメン? 喰いながらでいいから耳だけ貸せや。美月ちゃんがな、俺らに相談だって言って来てんだよ」


 ヤスに掛けたらしく、ことのあらましを電話口でまくし立てた後、コイカワは最後にこう付け加える。


「ちなみにヤス、お前ェどここうだっけか。……東芦原? よし、そうだよな。なら丁度いい――そしたら19時ぐらいで集合な。アん? 今日はラーメン巡りの予定だったァ? うるせぇ、美月ちゃんの一大事なんだ、来なきゃカシラにぶっ殺されるぞ! 分かったなら用意して19時な――」


 何やら話がついた様子で、そう怒鳴って電話を切るとコイカワは美月たちに親指を立てる。


「オッケーだぜ、美月ちゃん。ヤスを連れていける」


「ありがとう……けど、本当に大丈夫?」


「いいっていいって。むしろ美月ちゃんの頼みをここで突っぱねたとあったら、俺たちが東郷さんにぶっ殺されちまうぜ」


 そう言ってその強面で、けれどどこか愛嬌のある笑みを浮かべながら、彼は三人に続ける。


「そうしたらよ、これから早速準備して、行こうじゃねえか。明日まで待ってたらまた、妙なことが起きちまうかもしれねェし」


「そうね。そうしたいけど――二人は、大丈夫?」


 これから旧校舎に乗り込むとなると、帰れるのは真夜中になってしまうが。

 そんな美月の問いに、二人とも真剣な顔で頷いた。


「連絡のメッセージ送っといたから、大丈夫! でもみーちゃんのおうちは、その辺り厳しいからなぁ」


 六花のそんな言葉に、申し訳無さそうに頷く水守。


「門限はどんなことがあっても破るな、って、うちの家訓で……だから、その」


 家訓なんてものが存在するご家庭と対面したのはこれが初めてだったが、それはさておき美月は安心させるように水守に向かって頷く。


「分かったわ。それなら水守ちゃんは帰ってて。……何なら一番危ないのは水守ちゃんだし、一緒に来るよりはそうしてた方が安全だろうから」


「ごめんね。二人を巻き込んでおいて、わたしだけ……」


「いいっこなしよ。友達でしょう?」


 そう言ってウインクする美月に、六花もまた大きく頷く。


「そうそう。だからみーちゃんは、危ないことがないようにおうちの人と一緒にいてね」


「……うん、分かった。ありがとう、二人とも……」


 ――と、話がついた辺りでコイカワが景気よく立ち上がり、自信満々に宣言する。


「よぅし、そうしたらこのコイカワ様とヤスでしっかりバッチリゴーストバスターズしてやるぜ! 嬢ちゃんたち、惚れるんじゃねえぞ? 最近は色々条例とかうるせェからな」


「そんな心配しなくても惚れないから大丈夫よ。……でも、ありがとうね。頼りにしてる」


「おう、任せときな!」


 かくして。

 コイカワとヤスの二人を仲間に加え、美月たちは夜の学校へと訪れる――

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