■10-協力者、あるいは。
「協力、ですって?」
訝しげに返す美月に、両前はにこにこしながら大きく頷いた。
「そう。あるいは仲間、って言ってもいいかもね。君たちだって不安だろ? こんなことになってちゃさ。ねえ――」
そう言ってあろうことか一方的に握手してこようとする彼から一歩後ずさりつつ、美月は鋭い目つきで返す。
「呪いなんて信じてなかったんじゃないわけ?」
「昨日の段階ではね。けど実際に実験の成果がこうして出ちゃってるんだ、僕も流石に……これはヤバいなって思うよ」
本当にそう思っているのか分からない軽い調子でそう言いながら、彼は水守を一瞥する。
「水守さん、だっけ。君だって不安だろ? こういう時はさ、しっかり皆で話し合わないといけない……そう思うだろ?」
「その……えっと」
答えに窮してしどろもどろになる水守。美月相手ではなく、彼女の方に話を振ることで断られづらくしようという魂胆か。
確かに彼の言う通り、ここは協力するべきなのかもしれない。だが――どうにも妙な彼の態度から、素直にその手を取る気にはなれずにいた。
だが――美月はあくまで、今回の件では傍観者に過ぎない。当事者は、水守と両前だ。
だから水守が彼と協力すると言うのなら、美月がそれを突っぱねるのもお門違いだ。
そう、美月が思考を巡らせていた……その時。
「すいません……ごめんなさい」
水守がそう告げて頭を下げるのを見て、両前が不思議そうに首を傾げた。
「ええと、それは、どういうことかな」
「わたしたちは……わたしたちで、何とかしようと思います。だから――その」
弱々しい声ながらもはっきりと、彼に拒否の意志を告げる水守。そんな彼女に、両前は途端に表情を変えて大きく舌打ちをこぼす。
「僕のことは仲間外れってわけかい。ああ、そうかい。ならいいさ、君たちは……せいぜい七不思議に喰われて、勝手に死ぬといいさ!」
「待ってください、そういうわけじゃ――」
何か言おうとする水守の手を乱雑に振り払うと、あの笑顔が嘘のように表情を暗く歪ませながら両前は踵を返して立ち去っていく。
その背を見送った後、肩を落とす水守に、六花が声をかけた。
「みーちゃんは、悪くないよ。だからそんな、落ち込まないで」
「うん……。でも、どうしよう。これで良かったのかな――わたしたちだけじゃ、どうすればいいのか分からないし」
呟く彼女に、六花が「うーん」と首をひねって美月へ振る。
「あの人が言ってたみたいに、昨日の新聞部の先輩のとこにでも行ってみる?」
「……そうね。ひょっとしたらそれで、何か分かるかも」
氷室という三年生。七不思議会について、彼はどこか含みのある言い方をし続けていたように思う。
少なくとも、もう一度問い質してみる必要はあるはずだ。
「……三年生のクラスと、新聞部を当たってみよう。そうすればきっと見つかるはず」
美月の言葉に、六花と水守も頷いて。
……しかしその結果は、思わしいものではなかった。
――。
その日の放課後、三年の教室全8クラスを回り終えて。
結果として……そのどこにも、氷室というあの男子はいなかった。
へとへとになりながら誰もいない自クラスに戻って腰掛けながら、六花が大きく息を吐く。
「……みーちゃん、何か手がかりあった……?」
「ううん……わたしの行ったクラスにも、いなかった。『そんな人知らない』って――」
肩を落とす水守に、美月もまた言葉を続ける。
「私は新聞部に行って訊いてみたけど……そもそも氷室なんて奴はいない、って言われたわ。どうなってるの、これ……?」
分担して三人で各クラスに氷室を探しに行って、収穫と言えばそれだけだった。
新聞部に所属している、という話だったのに――当の新聞部の人間すら、彼のことを知らない。
どころかどうだ、同じ学年の生徒たちの誰も彼のことを知らない、クラスにいないと言う……まるで意味が分からなかった。
美月の話に、六花が難しい顔で唸る。
「だとしたら偽名を使ってた……とか、そういうこと?」
「そうなるわね。何のためにそんなことをしてたのかは、分からないけど」
もう一つの可能性も考えはしたが、とはいえそれはあまりにも現実味がないために口に出さずにおく。
「新聞部の人、他に何か言ってた?」
「ううん。七不思議のことは聞いたことはあるけど、最近は取り扱ってないから分からない――って。だけど過去の記事にならひょっとしたら手がかりがあるかも、とも言ってたわ」
「じゃあ、見せてもらうしかないじゃん! もっかい新聞部に行こうよ!」
色めき立つ六花にしかし、美月は渋面で首を横に振った。
「それが、そう簡単な話じゃなくてね。……校内新聞のバックナンバーは一年ごとに全部、旧校舎の教室に運び込んでるんだって」
「……ということは、調べるためには旧校舎まで行くしかないってこと……?」
そんな水守の言葉に、「うぇ……」と呻く六花。
「旧校舎ってそもそも立入禁止……だけど、それはこの非常事態だからしょうがないとして。……はっちゃんはっちゃん、なんか起きないかなぁ……? トイレの花子さんとかいないかなぁ」
「なにビビってるのよ」
「怖いの苦手なんだもん! うちの部の先輩が暇になるとめちゃくちゃ怖い話ばっかりしてくるし……」
「園芸部よね?」
どうにも奇天烈な部らしいが、それはさておき。水守よりも怖がっている六花を見つめて、美月は肩をすくめる。
自分は正直、あの家のこともあったので麻痺している部分もあるのかもしれないが――まあ確かに、女子三人だけで旧校舎の探索というのもあまり気持ちのいい話ではない。
「変質者が住み着いてるかも、みたいな話も聞いたことがあるから……六花ちゃんの言う通り、わたしたちだけだと、危ないかも……」
「そうね……」
とはいえ今さら両前に協力を求めるというのもナンセンスだ。ならばどうしたものか――そう考えあぐねた挙げ句、美月はひときわ大きなため息をついた。
情けないことに。思いついた助っ人はもう、彼らしかいなかったからだ。
「……ねえ、二人とも。協力してくれそうな人には、心当たりがあるんだけど――」
「「けど?」」
じっと見つめる二人に、美月は苦笑交じりにこう続けた。
「ひょっとしたら、呪いよりタチが悪いかも」
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