■9-二人目の犠牲者

 翌日の昼休みのことである。


「おい、てめぇら。ちょっとツラ貸せ」


 教室に入ってきて、真っ直ぐに美月たち三人へと近寄ってきたのは――あのチンピラめいた一年生。鴻上アラタ、その人だった。

 周囲の奇異の目が集まる中、戸惑う水守と六花に目配せしつつ……三人は結局、彼の後をついて教室を出、そのまま人気の少ない校舎裏まで歩かされる。

 やがて鴻上が足を止めたところで、美月は毅然とした態度でもって口を開いた。


「……で、なんのつもり。こんなところまで引っ張ってきて」


 そう問うた美月を負けじと睨み返しながら、彼は――苛立ちを隠そうともせず、こう告げた。


「田村が、いなくなった」


 その発言に、流石に美月も言葉を失って、六花と水守を見る。二人もまた、同じような表情をして絶句していた。


「……田村さんって、あの、三年生の……」


「ああ、そうだ。田村つぐひ。あいつが今朝から、学校に来てねえ」


 水守に向かってそう答えた彼に、美月は眉をひそめてこう告げる。


「今朝から、って。それで『いなくなった』って……流石に慌てすぎじゃないの?」


「そんなわけあるかよ、学校にも連絡してねえ、電話かけても出ねえ。昨日の今日でこれだ、何かあったに決まってんだろ!」


 血相を変えてそう叫ぶ彼の発言にどうにも妙な違和感を覚えて、美月は首を傾げた。


「……電話、って。なんであんたが、大して知りもしない先輩相手にそんなことまで。っていうか何で番号を知ってるのよ」


「それは……そんなことは、どうでもいいだろ。それよりもお前ら、何か知らねえか」


「知ってるわけないでしょ。昨日会ったばっかりの三年生のことなんて」


 憔悴した様子の鴻上にそう言って返すと、彼も流石に自分が唐突な話ばかり口走っていたことを自覚し始めたらしい。バツの悪そうな顔で口ごもった後、舌打ちしながら「くそ」と呟いた。

 どうにも妙だ。昨日は彼を含めて参加者の誰もが「呪いなど存在しない」と言わんばかりの態度だったのに……今の彼は明らかに憔悴しきっている。

 だから、というわけではないが――美月はふと、こう問いを続けた。


「ねえ。貴方はなんで、あんな会に参加したわけ? 怪談話に興味があるって顔でもなさそうだけど」


 そんな美月の質問に、鴻上の顔に浮かんだのはわずかな動揺。口ごもる彼を前に美月たちが訝しんでいると……彼は諦めたように、ぽつりと呟いた。


「……田村に、誘われたんだ」


「何で、彼女に? 知り合いなの?」


 首を傾げる美月に、彼はややイライラしたような声音で、


「あー、くそったれ! 俺の彼女なんだよ、つぐ姉はよ!」


 やけくそ気味にそう叫んでそっぽを向く彼に、美月たちはしばらく言葉を失っていた。


「……彼女って。あなたと、あの人が? 随分とおちょくられてたような気がしたけど」


「秘密にしてんだよ……。だからお互い、知らない奴のフリしてたんだ」


 深いため息を吐きながら、彼は続ける。


「つぐ姉とは、幼馴染なんだ。昔から腐れ縁で、去年に付き合って――つぐ姉がこの高校に入ったから、俺も不良やめて勉強して、ここに入学したんだ」


 不良をやめている見た目には見えないが、そういうことらしい。実際、この学校は進学校ではあるから、彼が努力したというのは本当のことなのだろう。


「わたしもみーちゃんと一緒の学校入ろうと思って頑張ったからねー。一緒だ」


 能天気に呟く六花の前で、鴻上は静かに続ける。


「つぐ姉が誘わなけりゃ、あんな陰気臭い会、絶対参加なんざしなかった。なのに……くそったれ、なんでこんなことになっちまうんだよ――」


「鴻上、くん……」


 辛そうな表情で、項垂れる鴻上を見つめる水守。

――すると、その時のことである。


「お、なんだか面白そうな話してるじゃないかぁ」


 割り込んできたのは、昨日にも聞いた声。

 両前文彦――妙に美月へ色目を使っていた二年の男子であった。


「てめぇ、いつから……」


「君があの性格の悪そうな先輩とカップルだって話をしてたあたりから、かな」


 唐突に出てきた彼に警戒心を顕にする鴻上。そんな彼をにこにこと、人当たりのよさそうな……それでいてどこか嫌な笑みを浮かべながら、両前は続けた。


「ま、そんなことはどうでもいいんだけどさ。それよりなんだっけ。田村先輩が行方不明? っていうことはつまり……七不思議の呪いが、実際に起きているってことだよね?」


「それは――まだそうと、決まったわけじゃねえだろ」


「いやいや、だってこんな短期間に二人もこんなことになるなんておかしいよ。……ああ、ひょっとしたらあの新聞部の先輩とかなら、何か知ってるかもしれないけど」


 そう両前が言った瞬間、鴻上が目の色を変えて彼ににじり寄る。


「氷室! そうだ、おい、あいつはどこにいる!」


「知らないよ。僕だって、あの先輩と付き合いがあるわけじゃないし……。まあ3年の教室を片っ端から当たれば、どっかにはいるんじゃないかな」


 両前のそんな答えに、すると鴻上は美月たちのことなどもはや眼中にない様子で一目散に走り去っていった。

 その後姿を見送りながら、両前が「うふふ」と気味の悪い笑みをこぼす。


「単純だなぁ、彼……まあでも、都合がいいや。そもそも僕は彼のことなんてどうでもよくてね、本当は君たちに用があったんだ」


「……どういうこと?」


「どうって。分かるでしょ? 『呪い』のことだよ」


 そう言うと、彼は勿体をつけながら……こう言葉を続けた。


「僕はね、君たちと協力したいと思うんだ――この呪いとやらに、皆殺しにされる前にね」

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