■8-「校舎裏の鳥居」

「皆はさ。鳥居を見かけた時って、どうしてる? そこの筋肉先輩とか」


 六花がそう話を振ると、筋肉先輩……宇津木は少し面食らった様子で、けれどすぐ「ふむ」と頷いて口を開いた。


「筋肉先輩とはなかなか直球なあだ名を付けるな、後輩女子。まあいいだろう、悪くない――鳥居を見た時か。俺はそうだな……軽く会釈をするな。特に意味はないのだが」


「いいですね。じゃ、そっちの茶髪くん」


「んだテメェ……」


 臆面もなくいきなりあだ名で呼んできた六花の距離感にやや驚いた様子で、抗弁にも切れ味が足りていない鴻上。

 だが悪意のない笑顔を向けてくる六花にそれ以上罵声を返すのもはばかられたのか、彼は視線を逸しながらぽつりと呟く。


「……何もしねえよ、別に。悪いかよ」


「ううん、全然。っていうか多分筋肉先輩みたいな人の方が珍しいんじゃないかな、最近は」


 あっけらかんとそう返しながら、六花は皆を見回して話を続けた。


「鳥居ってさ、不思議だよね。神社とかの前にあるのは分かるけど、それ以外の……たとえば道端とかにもいきなり立ってることもあるし。あれってどういうものなのかな――わたしはあんまりそういうの詳しくないから分からないけど、なんか見るたびにちょっと改まっちゃう。……まあ、それはいいや、それよりも本題に入ろっか」


 とりとめもなくそう話しながら、彼女はそこで仕切り直すと、水守へと顔を向けて続けた。


「みーちゃん。みーちゃんはさ、旧校舎の裏にある鳥居、知ってる?」


 ふるふると首を横に振る水守に、「だよね」と笑いながら返す六花。


「実はわたしも見たことはなくて、このお話しはあくまで、くー先輩から聞いただけの――ああ、くー先輩っていうのはうちの園芸部の部長なんだけどね」


「それで、鳥居がどうしたのよ」


 ややイライラした様子でそう挟んだのは田村。だが六花は特に気を悪くしたふうもなく、「ごめんなさい」と謝って話を続けた。


「そう、鳥居鳥居。うちの先輩が、そのまた先輩から聞いた話なんだけどね……旧校舎の裏の林に、すっごく古い鳥居があったしいんだ。祠とかお社とかはなくて、ただ鳥居だけがぽつんとあって……園芸部の先輩が見つけて、けっこう汚れてたから気になって手入れをして……鳥居以外に何もなくて寂しい場所だったから、学校に掛け合ってそこに花壇を作ることにしたんだって」


 そう語る彼女に、水守が「へぇ……」と感嘆の声を漏らす。


「知らなかった……」


「随分前のことらしいからね。……でね、そのことで許可を取りに行ったら、そこでちょっと不思議なことがあったらしくて。っていうのも、学校側は誰も、その鳥居のことを知らないって言うんだよね。敷地内にちゃんとあるのに」


「それは、不思議な話ですね」


 相槌を打つ氷室に、「でしょ」と六花。


「でもまあ、許可自体は出たから園芸部で花壇を作ることにしたらしいんだけど……当時の先輩はとってもびっくりしたらしいんだ。なんでかって、そこではお花がとっても元気にすくすく育ったんだって」


「実は鳥居の下に死体が埋まってた、とかだったりして」


 にやにやと笑いながらそう茶々を入れてくる田村に「違う違う」と首を横に振る六花。


「別にね、そういう変なことは起きなかったんだって。ただ日に日に鳥居の周りはキレイになっていって――けど、ある日に突然、鳥居がなくなっちゃったんだ」


「なくなった?」


 美月が思わず訊き返すと、六花は頷いてさらに続ける。


「朝に登校して、部員が鳥居のところへ行ったら……確かにあったはずの鳥居がなくなっていて。だから最初は場所を間違えたかと思ったらしいんだけど、そのへんには皆で植えた沢山のお花が咲いていて……。結局それっきり鳥居は二度と現れなかった。キレイに咲いてたお花もすぐに枯れちゃったから、結局目印になるものも今じゃなくて――そういうものがあった、っていうお話しだけがくー先輩の代まで残って、今に至る……んだって。おしまい」


 そう言って話を締めくくる彼女に、それから少し間をおいた後で氷室が静かに、頷いた。


「――なるほど。六花さん、飛び入りでのご参加ながら素晴らしいお話をありがとうございます」


「六花ちゃん、すごい。そんなお話よく持ってたね……」


 氷室に続いて水守がそう褒めると、六花は「それほどでも」と頭をかいて笑う。

 どうやら主催である氷室は、少なくともお気に召したようだったが――他の参加者たちを見ると、そうとも言い切れない様子。

 腕を組んでいた田村が、退屈そうな表情で唇を尖らせた。


「オチ、そんだけ? なんかもっとないの? 実はこの鳥居の正体は~みたいなやつとか」


「うーん。くー先輩が話してたの、これだけだったし。鳥居がなくなったの、何年も前らしいから直接知ってる人はいないし。ごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げる六花だったが、そこで氷室が「いえいえ」と口を挟む。


「そう言うものではありませんよ、田村さん。この『七不思議会』は、こうして七不思議を蒐集することにこそ本来の意味がある――六花さんはよく、務めを果たして下さいました」


「あっそ。まあ、私は別に何でもいいけど」


 つんけんした様子でそれきり沈黙する彼女を一瞥した後、氷室は皆を見回して続けた。


「さて、ではこれで六つのお話が終わりました。『七不思議会』――儀式・・としてはこれでおしまいです」


「じゃあ、僕たちのうちの誰かがまた死ぬのかな?」


 うふ、うふ、と何故か楽しそうに笑う両前に、美月は完全に嫌悪の目を向けていた。なんなのだ、この男は?

 そんな美月の内心をよそに、宇津木のどでかい笑い声が響く。


「死ぬとしたら、それは困るな! 今日は最後の晩餐に、牛丼特盛で食って帰るとしようか――では諸君、俺は先に帰るぞ! はっはっは!」


 言うや、マイペースに立ち上がってそのまま部室を出ていく宇津木。そんな彼の背中を見送りながら、鴻上が静かにぼやく。


「アホくせ。……おいクソメガネ、それじゃあもう終わりでいいのかよ。俺も帰るぞ」


 そんな鴻上の問いに、氷室はゆっくりと頷いて返す。


「結構です。ご苦労さまです、鴻上くん。今日はご参加頂きありがとうございました」


「ふふ。明日、死んでないといいね」


 おちょくるような田村の言葉に舌打ちだけ返すと、そそくさと椅子を引いて出ていく鴻上。そんな彼に引き続いて、その田村もまた席を立つ。


「じゃ、あたしも帰るわ。また明日、生きて学校に来られるといいね?」


 立て続けに三人が帰ってしまった後。部室の中に残されたのは美月たち三人と氷室、そして両前の五人。

 そんな状況で……両前は「あはは」と小さく笑みを浮かべて美月へと顔を向けた。


「僕は、どうしようかな。こんな可愛い子たちとお話できることなんてそうそうないしね……うふ、うふ。ね、ねえ美月ちゃん――美月ちゃんって呼んでもいいよね。せっかくだしライン交換しない? ……ほ、ほら。今日帰ってからなにか危ないことがないか、お互いに確認とかできると安全だしさ――」


 鼻息荒く美月へとにじり寄ってくる彼から距離を取りつつ、美月は六花と水守へ目配せして立ち上がると、出口まで向かいながら両前と氷室へ告げる。


「ごめんなさい、私ラインやってないから。……私たちもそろそろ帰ります、今日は飛び入りで来ちゃってごめんなさい。それから――何もないことを、祈ってます」


 返事を待たず退室する美月。そんな彼女の後を追いかけながら、しばらく廊下を進んだところで水守が不安げに口を開いた。


「み、美月ちゃん……ごめんね。なんだか変なことに巻き込んじゃって」


 しょんぼりする彼女に、美月は軽く首を横に振り、


「大丈夫よ。そもそも七不思議のことなら、六花が引き受けてくれちゃったし……」


「そっちじゃなくて――ううん、そっちもなんだけど、その」


 言葉を濁す彼女。彼女の言わんとすることを理解して、美月は「ああ」と苦笑した。


「なんかちょっと目をつけられたような、変な感じだけど……どうってことはないわよ。むしろ私の方こそ、少し空気を悪くしちゃったかも」


 両前文彦。苦手なタイプの人間ではあるが、とはいえ別に、だからどうということもない。

 この巨大な学校である、今回の会が終わればもう顔を合わせることもないだろう。

 美月のそんな返答に、水守は「そんな」とぶんぶん首を横に振り、


「美月ちゃんと六花ちゃんがいてくれたから、本当に……本当に、心強かったよ。ありがとう」


 そう言って顔をほころばせる彼女に、美月と六花もまた、顔を見合わせて微笑む。


「……ま、色々考えてもしょうがないし、今日はさっさと帰りましょう」


「うん、そうだね。みーちゃんは、帰れる? 今日うち泊まる?」


「えっ!? 何で!?」


「だって怖がってそうだし。あ、うちの家族なら心配いらないよ、みーちゃんならいつでもお嫁に来ていいって言ってるから」


「どういう関係性よあんたたち……」


 などなど。少しずつ、ほぐれた空気の中で三人は帰路につき――帰宅路で別れた後、美月は薄暗い空を見上げながら、ぼんやりと物思いに耽る。

 心配性の水守が怖がるのは分かるが、まさか彼女だけでなく、参加者全員があの場に集まっているとは正直思っていなかった。

 確かに、数日前に顔を合わせた人間が事故に巻き込まれたとあっては不安になるのも仕方はないだろうが……例えば鴻上のような、いかにもそんなことをバカにしそうな人物までもが律儀に来ていたのはどういうことか。


「……ま、それこそ考えすぎかしら」


 巡らせかけた思考を振り払いながら、美月は静かにため息をつき――ふと、振り向いて背後を見る。

 何も、いない。

 分かっているのに、誰かの視線を感じたような気がして。……だから美月は思わず失笑して、再び歩き出す。

 他人のことは言えないくらい、どうやらあの会の空気にあてられて過敏になっていたらしい。

 そう思うことにして、少しだけ歩調を早めながら家へと急いで――


 けれどその、次の日。

 美月は自分の考えの甘さを、まざまざと痛感することになる。




 田村が、消えたのだ。

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