■7-旧校舎の怪談-II

「結論から言うと、どっちも『あった』らしいんだ」


 声を潜めて雰囲気を出しながらそう言うと、両前は神妙な表情でもって人差し指をぴんと立てる。


「知ってたのはもう退職しちゃった先生で、むかーしから務めてた人らしいんだけどね。その人が言うには、まだ旧校舎だった頃……今から三十年くらい前には普通にピアノがあったんだって。だけどちょっとした事故があったんだってさ」


「事故?」


 美月の言葉に、彼は満面の笑みで頷く。


「なんでも『チキンレース』とか言って、ピアノの蓋を閉じる瞬間に指を引っ込めるっていうバカげた遊びが流行っていたらしくてね――その時丁度いじめがあったみたいなんだけど、どうやらそのいじめられっ子が無理やりそのゲームに参加させられたらしいんだ。それで……」


 ばん、と勢いよく机を両手で叩く両前。その音に水守がびっくりして肩を震わせたのを見て六花がむっとするが、そんなことはお構いなしに彼は続ける。


「ひどい話でね――蓋に見事に挟まれて、いじめられっ子は結局、両手を切断しなきゃいけなくなったんだ。それだけならまだ良いけれど・・・・・、その後がさらに問題でね。いじめられっ子はピアノが好きだったらしいんだけど――両手をなくしたせいで当然弾けなくなってしまってね。結局その子はそのせいで世を儚んで、トイレで首を吊って死んでしまったんだってさ」


「ひどい……」


 口に手を当てて悲しげに呟く水守に、両前もまたうん、うんと同意してみせた。


「本当だよね、ひどい話だよ。けどね、この話にはまだ続きがあるんだ。……そのいじめられっ子が死んだ後、しばらくしてからのことだ。ある晩に当直の先生が見回りをしていたところ、聞こえてきたんだ。何がって……そう、ピアノの旋律が、だよ」


 そう言うと、机の上でピアノを奏でるような動きをしてみせる両前。似合わないきざったらしい動作、本人は弁に熱が入っているのだろうが、なんとも反応に困る所作だ。


「たまたま当直をしていたのが当時の音楽の先生だったのもあってね、すぐにそれが、あの子……自殺したいじめられっ子の演奏だって気付いたんだってさ。けど、そんなはずはないよね。この世にそんな非科学的な、現実離れしたことが起こるはずがない。だから先生は音楽室まで確かめに行って……そこで見たんだ。切断された両手で、半狂乱になって笑いながら鍵盤を叩き続けている――いじめっ子の主犯格の姿をさ」


 一息にそう語り切ると、両前は一同の顔を再び順繰りに見つめた後、肩をすくめて首を横に振った。


「そのいじめっ子は結局、病院に運ばれてすぐに死んだらしい。学校は短期間で同じような事故が起きたのもあって、流石にピアノの撤去を余儀なくされて今に至ると。ことの真相はそういう事情だったんだって。いやぁ、怖い話だよねぇ。美月ちゃんはどうだった?」


「別に……そりゃあ、イヤな話ではあったけど」


 苦い顔でそれだけ返す美月に満足げな笑みを返すと、両前は氷室へ向き直る。


「こんなところで、いいかな」


「ありがとうございます、両前くん。真に迫る、いい語り口でしたよ。……では、お次は水守さん――と言いたいところですが」


 そう氷室が言いかけたところで、その時腕を組んで沈黙していた鴻上が苛立たしげに机を蹴った。

 がん、という大きな音で怯える水守を睨むと、彼は舌打ちしながらこう告げる。


「どうでもいいだろ、こいつの話なんて。それよりか、今日は死んだ十束の代わりをどうするかってことの方が大事じゃねえのか」


 そんな彼の促しに、氷室は「ふむ」と口元に手を当てる。


「一理はありますね――これまでやってきてもらってこう言うのも悪いですが、同じお話しをしてもらうというのも皆さんにとってはいささか退屈な部分もあるでしょうし。ここはひとつ、水守さんについてはお話しされたというていで話を進めることにしましょうか」


 そんなやり取りに、当事者である水守は当然戸惑った様子で声を上げた。


「あ、あの……それで、その、いいんでしょうか」


 そんな彼女に、横合いの田村がけらけらと笑う。


「どうだろうねー、ちゃんとやらなかったせいで、呪われるかもよ?」


「ちゃんとやってねえのはお前も同じだろ」


 鴻上のダメ出しに険悪な空気を漂わせ始める二人。そんな彼らを差し置いて、両前と宇津木の二人は、


「僕はいいと思うな、やらなくて。『七不思議会』としてはそれで成り立つでしょ、多分」


「俺はどっちでもいいな!」


 口々にそう言う。そんな彼らの様子をぐるりと観察した後で……氷室はやがてこう告げた。


「では、水守さん。水守さんのお話ししてくれたのは――『真夜中の合わせ鏡』についての怪談でしたね」


「は、はい……」


「では、それは話してもらったということで、いいですね?」


 同意を求める風でありながら、集まった皆の空気はすでに、有無を言わせぬものになっていた。

 ただでさえ気弱な水守である、そんな空気を感じ取った彼女はやがて小さく、震えるようにこくりと頷いてみせた。


「では、水守さんの順番は済んだということで。それでは次の……最後になる、六番目のお話ですが」


 そんな彼の言葉に、美月は「ちょっと待ってよ」と声を上げた。


「六番目って……七不思議会なのに、六つしか話さないの?」


「ああ、そちらのお二人には言っていませんでしたね。七不思議の七番目は、この会では話さない決まりになっているんですよ」


 あっけらかんとそう言った後で、「それより」と続ける氷室。


「大事なのは、まだ話されていないこの六話目。これを誰に話してもらうかということですが……丁度まだ話していない、新顔の方がお二人いらっしゃいます。どちらか、お話し頂けませんか?」


 彼の視線が真っ直ぐに、美月と六花に突き刺さって。

 すると間髪入れず、手を挙げたのは六花の方だった。


「じゃあ、わたしが話すよ」


「六花? 貴方……いいの?」


 美月の問いかけに、彼女はというと笑顔で……ほんの少しだけ怯えの混じった、彼女にしては珍しい表情を浮かべながら、けれど大きく頷いて返す。


「一緒に来てほしいって頼んだのは、わたしからだし。そこまではっちゃんを巻き込むわけにもいかないっしょ」


「六花ちゃん……。その、ごめん……」


「いいんだよ、みーちゃん。ごめんよりそこは、ありがとって言って――なんてね」


 水守にそう言って笑った表情は、いつもの陽気な彼女のそれで。

 そんなやり取りの後……六花は周りの参加者たちを見つめながら、口を開いた。


「じゃあ、六番目。わたしが話すのは――『校舎裏の鳥居』の話だよ」

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