■7-旧校舎の怪談-I

「人体模型なんてよ、この手の怪談話じゃお決まりみてぇに出てくるわりに、実際は置いてねえ学校も多いよな。……けど、この学校にはあるんだよ。絵に書いたような半分臓物晒した状態の、気持ちわりい人体模型がな」


 そう言って語り始めた鴻上。最初は抵抗していたわりに、意外と流されやすいタイプなのか。そんなことを考えていたのが表情に出ていたのか、美月の方をじっと睨んで彼は舌打ちをこぼす。


「何だよ、デカ乳女」


「でか……!?」


 思わず言葉を失う美月。すると横合いの両前が、美月の方を……というより彼女の胸元を見つめながら、妙ににやけた笑みを浮かべていた。


「確かに美月ちゃん、スタイルいいよねぇ。ふふ」


「うわ、キモ……」


 横で田村が軽蔑の表情を浮かべる中、氷室が「話を続けて下さい」と鴻上に言い渡す。

 鴻上はなにか言いたそうだったが――とはいえ氷室の妙な威圧感に負けたのか、そのまま不服げに話を続けた。


「……話を戻すぜ。ええと、そう、人体模型だ。そんなもんがこの学校にはちゃんとあるんだが――あるって言ってもこっち側じゃなく、旧校舎らしいんだ。俺は直接見に行ったわけじゃねえけど、部の先輩からそう聞いた」


 意外にも、周りから茶々が入ることもなく静かに話は進んでいく。


「だからこいつは、その先輩が言っていた話だ。……その人体模型は、なんでも旧校舎の理科準備室に置かれているらしい。置かれてるっつーか、物置代わりの場所に突っ込まれて放置されてるって感じだな」


「思えば、高校の授業で人体についてそう深く扱うこともないからな」


 何やら納得顔で頷く宇津木を一瞥しながら、鴻上は不機嫌そうな顔のまま、けれど律儀に話を続ける。


「んで、そんな感じでどいつもこいつもこの人体模型のことを忘れてたらしいんだが……ある時に、久々に旧校舎の備品を整理するためにって先公が立ち入ったんだとさ。するとどうだ、置いてあったはずの人体模型が、どこにもねえんだ。それ見てよ、その先公は焦ったらしい。そりゃそうだよな、備品がなくなってる……しかも人体模型なんてでけえ物だ、勝手に物陰に落っこちるとかそういうもんでもねえ。なくなったってことは、誰かが盗み出したに違いない――そう思ったんだとよ」


 大して面白くなさそうに、淡々とそう語る鴻上。そんな彼をからかうように、田村が再び口を挟む。


「それでそれで? そこからどんな怖―いハナシになったんだっけ?」


「てめえ、ぶっ飛ばすぞクソブス」


 露骨に嫌そうな顔になりながら、彼は周囲に聞こえるように舌打ちして、さらにぶっきらぼうな様子で話を再開した。


「…………ま、大した話じゃねえよ。結局その人体模型は、なぜか旧校舎の女子トイレの個室に入ってた――って、それだけのオチだ。話したぞ、これでいいんだろ」


 早々に切り上げたいといった調子で吐き捨てるように言った鴻上に、氷室は肩をすくめながら頷く。


「いいでしょう。ありがとうございます、鴻上くん。ではそうですね、次は――」


「あ、それじゃあたしで。サクッとやっちゃうから」


 そう言って手を挙げると、田村は氷室の言葉も待たずに勝手に喋り始める。


「あたしの話は――まあ、めんどいしぱぱっとやっちゃお。『赤い紙、青い紙』――ってやつ、どうせ皆知ってるでしょ? トイレに入ってるとそういう変な質問されて、答えたらどっちにしろ殺されるってやつ。出るんだって、旧校舎で。……おわり」


 勝手に巻きで話し終えてしまった彼女に、氷室は何か言いかけて、けれど肩をすくめるだけでそれ以上は言及しなかった。

 とにかく話した、という体裁が整っていれば何でも良いらしい。そう気取ったのか、次に口を開いたのは両前だった。


「あ、田村さんみたいな感じでいいんだね。なら僕も、さくっと話しちゃおうかな」


「できれば、ちゃんとした体裁でやって頂きたいのですがね――まあ、お任せしましょう」


 肩をすくめる氷室ににこにこしながら頷くと……それから彼はなぜか美月の方に目配せして、おっとりとした調子で話を始める。


「まあ、美月ちゃんも聞いていることだし、気合入れて話しちゃおうかな」


 何なんだこいつ……という内心の反感はあれど、場をかき混ぜても仕方がないので黙ったまま美月は耳を傾けることにした。


「それじゃあ、そうだね。美月ちゃん、美月ちゃんはピアノ、弾いたりする?」


「……昔はちょっとだけ。今は、家にもないからやらないけど」


「そっかぁ。キレイな指だから似合いそうなんだけどなぁ――まあいいや、僕がするのはね、ピアノにまつわるお話しなんだよ」


 そう前置きすると、彼はたっぷりと間をとって皆を見回した後で話を続けた。


「皆はさ、音楽の授業の時に気付いたことはないかな。うちの音楽室、ピアノってないんだよね」


「言われてみれば、たしかに……。変なの」


 六花がぽつりと同意すると、彼は満足気に頷いてみせる。


「そう、変だよね、音楽室にピアノがないなんて。それどころかさ、体育館にだってない――始業式とかでは校歌の伴奏も放送でやってたりする。これってさ、明らかに異常なことだと思うんだよね。……って言ってもそれに気付いたのって僕じゃなくて、僕の友達の知り合いなんだけどさ」


「あんたみたいなキモいのに友達いたんだ、そっちの方が怪談だわ」


「あはは、田村さんはキツいなぁ……」


 露骨に嫌悪をぶつけてくる田村に困り笑いで返しつつ、「まあいいや」と彼は仕切り直す。


「ともかくさ、この学校のどこにもピアノがないことに気付いたその人は、気になって音楽の先生に訊いてみたんだって。そうしたら音楽の先生も、理由については知らないって言うんだ。けどね、その先生はやっぱり不便には感じていたみたいだから、一回備品として買うよう要望は出したらしいんだけど……それでも通らなかったんだって」


「通らないなら、理由とかはなかったの?」


 そう質問したのは六花。そんな彼女に、両前はゆっくりと頷いて、


「それがね、その理由っていうのが……『事故の原因となりうるため』だって言うのさ」


 なんて、そんなことを言うと意味ありげな様子で一度口をつぐみ――皆をたっぷりと一瞥した後に再び口を開く。


「ピアノで事故なんて、どういうことだろう? そう思ったその人は、さらに色々と調べてみようと思ったんだ。で、まず考えたのは実際にピアノにまつわる事故があったのか、そもそも過去にこの学校にピアノがあったのかってところなんだけど――結論から言うと、どっちも『あった』らしいんだ」

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