■6-「こっくりさん」

「何言ってやがる、てめぇ……」


 氷室の言葉に、真っ先にそう抗弁したのは鴻上だった。

 今にも立ち上がって殴りかかろうかという様子の彼に、けれど氷室は怯んだ様子もなく淡々と返す。


「ですから、実験ですよ。十束さんが亡くなったのはこの『七不思議会』のせいなのか。もしそうならば――それが再現性のあるものなのか、それを僕たちの手で証明するんです」


「ふざけたこと言ってんじゃねえぞクソ眼鏡!」


 全く悪びれたふうもない彼の言葉に、けれど今回は美月も鴻上と同じ意見だった。


「……質問なんだけど、もしその実験が成功したら、それって」


「ええ。この中の誰かがもうひとり、死ぬ――そういうことになるでしょう」


「それって、余計に事態を悪化させるだけじゃないの?」


 美月の言葉にしかし、氷室は薄ら笑いを浮かべながら首をゆっくりと横に振ってみせた。


「まあ、そうかもしれませんね。ですがもし、ここでもう一度『七不思議会』をやっても何も起こらないのならば――十束さんのことは単なる不幸が重なったに過ぎず、僕たちはありもしない呪いに怯えているだけだということが証明されます」


「……危ない賭けにもほどがあるわ」


「僕は、いいと思うけどなぁ」


 氷室を睨む美月に、しかし横合いから言葉を挟んだのは両前だった。


「だってさ、考えてみてもごらんよ。君にこんなことを言うのも何だけど、呪いなんてものが実際にあるとは思えないだろ? だけど十束さんの件があったものだから、僕たちはこうしてスッキリしない気分でここに集まる羽目になっちゃったんだ――ここでもう一度同じことをやって、何とも無いってことを確認するのも悪くないんじゃないかな」


 にこにこしながらそんなことを言い出す両前に美月が言葉を失っていると、宇津木と田村まで、うんうんと頷いて同意を示す。


「さんせーい。正直、呪いとかありえないし。さっさと実験して、何もありませんでした、おしまい――それでいいでしょ」


「二人の言う通りだな! まあもっとも、俺は呪いなんぞがあったところで負ける気はしないが!」


 がはは、と能天気な宇津木の笑い声が響く中で、美月は水守と六花の表情を見る。……二人とも、不安そうな様子で互いに顔を見合わせていた。

 だが場の流れはすでに、氷室の思惑通りになりつつあるようだった。彼はぐるりと皆を見回した後で、薄ら笑いを浮かべたままこう告げる。


「では、話はついたところで――まず誰からお話しして頂きましょうか」


「うむ、では今回は俺から話すとしよう。と言っても、この前と同じ話なのでそこの二人以外にとっては退屈だろうがな、がはは!」


 よく響く声でそう名乗り出たのは、宇津木である。皆の視線が彼に向く中――氷室がゆっくりと頷いてみせた。


「では、宇津木くん。お願いします」


 それを皮切りに、宇津木もまた大きく頷き返すと話を始めた。


「では、俺が話すのは――『こっくりさん』の話だ。こっくりさん、そこの二人も知っているだろう?」


 美月と六花にそう振ってきた彼に、二人は仕方無しにおずおずと頷く。本人に悪気は一切ないのだろうが――どうにも圧が強く、美月としては苦手なタイプだった。


「一般的にこっくりさんというのは、文字を並べた紙を広げてその上で十円玉を……まあ、硬貨であれば恐らく何でもいいのだろうが、ともかく何かしらの硬貨を置いて参加者全員でその上に指を乗せる。そうして低級霊を召喚することで、そいつに色々なことを質問する……そんな遊びだったな。この学校に限らず、日本中のどこでも――いや、海外でもウィジャ盤という似たようなものがあるらしい、そのくらいにメジャーな心霊遊びとも言えよう」


「んで? そんなググれば分かるような死ぬほど有名な話がしたいわけ?」


「はっはっは、田村よ。いい司会進行だな、感謝する――そう、それではないのだ、俺がしたい話は。なぜなら俺がしているのは『この学校の』七不思議、この学校でしか伝わっていない、独自の『こっくりさん』の話だからだ」


「独自の……?」


 首を傾げる六花に満足気に頷いてみせながら、宇津木は話を続けた。


「君たちは誰かから聞いたことはないか。この学校で噂されている……『裏こっくりさん』というものを」


「裏って、ずいぶん安直な名前」


 思わずそう呟いた美月に、けれど宇津木は気を悪くした様子はなく大きく頷く。


「ああ、全くだ。これは俺がボクシング部のOBから聞いた話でな、だからこう頭の悪い名前なのかもしれん。……それはさておき、本題に入ろう。この裏こっくりというのは、基本的には皆がよく知っているであろうこっくりさんとあまり変わらん。皆で硬貨の上に指を置いて、文字盤を使ってお告げをもらうというものだ。だが……一つ大きく違うのは、これをやる間、参加者全員が硬貨を自分の力で強く引っ張ろうとする――という部分なのだ」


 そんな彼の話に、六花が首を傾げた。


「引っ張るって……つまり、こっくりさんの力で勝手に動くのを待つんじゃなくて、皆で動かしちゃうってこと?」


「ああ、そうだ。各人が自分が望む文字に、硬貨を引き寄せようとするわけだな」


「……それって占いでもなんでもないような……」


 ぼやく六花に、宇津木は「がっはっは」と大笑いして頷く。


「その通りだ。というのも、これをやっていたのは先も言った通り、ボクシング部の連中なのでな。自らの筋力に物を言わせて、こっくりさんに逆らおうというのが狙いなわけだ」


「ナニソレ……」


 呆れ混じりの六花と美月。だがそこで宇津木が、意味ありげな笑みを浮かべてみせた。


「とはいえ、だ。やってみるとこれが不思議なものらしくてな――話していた先輩が言うには、どうやら自分の意思で引っ張ろうとしているのに、これがどうやってもそうならないらしいのだ。力自慢のボクシング部員たちが全力で踏ん張ろうとしているのに、どうしたことか硬貨はまるで違う文字を示す。意味のない、でたらめな文字列だ。だがな、どうもこれを続けているうちに……やがてさらに、妙なことが起きてくるのだそうだ」


「妙なことって?」


「参加者のうち一人が選ぼうとした文字にだけ、どうしたことか硬貨がするりと移動するんだ」


「力づくで勝った結果とかじゃなくて?」


 美月の突っ込みに、けれど宇津木は神妙な顔をして首を横に振る。


「OBの先輩の時は、三年生が二人と一年生の新入部員とでやったらしいのだが――今までボクシングなどろくにやったこともない、筋肉も出来上がっていない一年の選んだ文字にだけ硬貨が進んだらしい。なんなら他二人が途中で示し合わせて同じ文字へと引っ張ろうとしたが、それでも勝てなかったそうだ」


 そう続けた後で、「しかもだ」と彼はさらに言葉を継ぐ。


「これだけならばまあ、単なる妙な話、程度なのだがな。この話には続きがあるのだ」


「続き?」


「一人だけ、思い通りに硬貨を動かすことのできた一年生。そいつはその翌日――もうひとりの参加者であった三年生との練習試合で、そいつの喉笛を噛み切って殺してしまったんだそうだ」


「殺した……って」


「なんでも、試合中に急に豹変したようになったらしくてな。まるで野犬か何かのように喉に食らいつき、顎の力だけで70キロ近い三年生の体を振り回したのだと。……いじめなどがあったわけでもなく、怨恨もない、突然の凶行というわけだ。結局一年生は精神病院に連れていかれて、今も入院しているらしいが――当事者だった先輩だけは、それがあの『裏こっくりさん』の仕業……いたずらに霊を呼び出して遊び道具にしようとした自分たちへの呪いだったのではないか、と、そう考えているのだそうだ」


 そう締めくくったところで、黙って聞いていた氷室が小さく拍手をしてみせた。


「ありがとうございます、宇津木くん。『裏こっくりさん』――その話は、新聞部の蒐集した過去の七不思議でも聞いたことのあるお話しです。きっとその先輩も、また別の先輩から『裏こっくりさん』の噂を聞いて試してしまったのでしょうね」


「かもしれんな」


 そう頷くと腕を組み、役目は果たしたとばかりに椅子に深く座り直す宇津木。

 そんな彼から視線を外すと、氷室はゆっくりと視線を移ろわせ――やがて一人に向かって、指を向ける。


「では、次。次は……鴻上くん、君にお願いしましょう。いいですね?」


 そう告げられた鴻上は、どこか不服そうな表情を浮かべた後……舌打ち混じりに、口を開いた。


「……ちっ、わーったよ。じゃあ俺の話だ、俺のは……」


「動き回る人体模型、だっけ」


 からかうように口を挟んできた田村に苛立ち混じりの視線を向けた後で、彼は頷きながら、話を始めた。

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