■5-七不思議会

 そうして、その日の放課後。

 水守たちとともに部室棟の三階にある新聞部部室へと向かうと――そこにはすでに、五人の男女が集まっていた。

 長方形の会議机を囲む彼ら。その視線が一斉に集まるのを感じていると――


「ちっ、やっと来たのかよ」


 こちらを見るなり開口一番にそう言ったのは、ヤンキー風の茶髪の男子生徒だった。この学校にしては珍しいタイプだが、とはいえ東郷たちをすでに見慣れている美月からしてみれば特に感想もない。

 だが水守は彼の態度に早速萎縮した様子で、肩を震わせながら頭を下げる。


「す、すいません……」


「いいじゃないか、鴻上こうがみくん。集合時間はまだなんだからさ。そんなに言わなくても」


 そう言ったのは老け顔の、大柄な男子。おそらくは上級生だろう――おっとりとした態度でそうなだめる彼に、鴻上と呼ばれたヤンキーは小さく舌打ちして黙り込む。

 すると今度は口を開いたのは、この中でただ一人いた女子生徒であった。


「いちいち噛み付かないと済まないなんて、とんだ駄犬ね」


「……あぁ? てめぇ喧嘩売ってんのか?」


「あらら、そのくらいの文脈を読むくらいの脳みそはあるんだ」


「このアマ……上級生だからって、ナメんじゃねえぞ」


 そんなやり取りで始まる前から一触即発なムードが漂う中、その空気を吹き飛ばしたのは別の男子の大笑いだった。


「はっはっは、どうしたどうした二人とも。いきなりそんな喧嘩腰にならないで、矛を収めたまえ! 話し合いをする前からこれでは保たんぞ、仲良くしよう、仲良くな!」


 見るからに体育会系、見るからにスポーツ部といった風情の、体格のいい精悍な男子生徒。そんな彼の能天気な言葉に少しばかり空気が和らぐ中で、一番奥に座っていた男子が「そうですね」と呟いた。


「宇津木くんの言うことももっともです。今回は皆で話し合い、対策を取るためにこうして集まったのですからね。……それでは彼女もいらっしゃったことですし、少しばかり時間には早いですが始めるとしましょうか――と、その前に」


 両手を顔の前で組んた彼――あまり健康的ではない青白い肌、眼鏡をかけた痩せぎすの男子だ。彼はそう告げた後で美月と六花の二人をじろりと見ると、その目を鋭く細めてみせた。


「ええと、そちらのお二人は」


「わたしの、友人です。……わたしが無理を言ってついてきてもらったんです、ごめんなさい。勝手に……」


 そう言って謝る水守に代わって、美月は一歩前に出るとこちらを睨む男子生徒を真っ向から見返した。


「もしもどうしてもダメだって言うなら、大人しく帰ります。でも皆さんの事情を考えれば、頭数が少しでもいたほうが何か役に立つかも……と思って一緒に来ました」


「……なるほど。趣旨はご理解頂けているというわけですか。ならば、よいでしょう」


 そう言って彼が指し示したほう、余りの椅子を各自で持ってきて、美月たちもまた下座につく。

 そうして皆が揃ったことを改めて確認したところで――不健康そうな男子生徒がゆっくりと、口を開いた。


「では、改めて。今日は再びこの『七不思議会』へとお集まり頂いたこと、感謝いたします。それと――亡くなられた十束さんに、哀悼の意を」


 そんな彼の言葉に、鴻上と呼ばれていたヤンキーが「あぁ?」と声を荒げた。


「亡くなられた、って。あいつぁ怪我しただけじゃねえのか?」


「今朝方までは。ですがある筋から聞きまして――彼女は今日の昼頃に、息を引き取られたそうです」


 そう語った彼の言葉に、先ほどまで刺々しかった一同の空気が重苦しいものへと変わる。

 あのヤンキーも流石に大人しくなって……そんな皆の様子をぐるりと一瞥した後で、上座の彼もまた少し悲しげな表情を浮かべながらこう続けた。


「……一日だけの付き合いとはいえど、言葉を交わした方がお亡くなりになるのは辛いものです。ですが彼女の死を悼むのはこれぐらいにして、僕たちは話し合わなければいけません――僕たちが、彼女のようにならないために」


 その発言に、その場の皆が息を呑む。

 やはり彼らも水守と同様……この事件が単なる偶然ではないと、そう感じているのだ。


「さて、それではそろそろ会を始めるとしましょう。ですがその前に……今日は以前とは顔ぶれが違う。せっかくですからもう一度、自己紹介から始めましょうか」


「あぁ? んなまだるっこしいこと……」


「良いではないか、自己紹介! 俺は自己紹介がこの上なく好きだぞ!」


 嫌そうにする鴻上と対照的に、はつらつとした声でそう告げるのは確か宇津木という上級生だ。

 そんな彼らの声を横に聞きつつ、不健康そうな上座の彼が切り出す。


「……では、時計回りに自己紹介していきましょうか。まずはこの会の主催である僕――僕は新聞部の部員、三年の氷室コウと申します」


 そう言って軽く会釈する彼――氷室の後に、その隣に座る宇津木が大音声で続いた。


「俺は宇津木、宇津木春人はると。学年は同じく三年、僭越ながらボクシング部の主将を務めている! 拳には少しばかり自信があるぞ!」


 がはは、とうるさく笑いながら自己紹介を終える彼。その次は――水守だった。


「ええと、二年の……」


「ちっ、どうでもいいよ、お前なんかよ。三宅の代打で来たんだろ?」


 水守の発言を遮るようにしてそう言ってきたのは、やはり鴻上だった。どうにも最初から、やたらと噛み付いてくる男である。

 美月は思わず何か言おうとして――けれどそれより先に口を開いたのは、最初に鴻上をなだめていたあのおっとりとした男子だった。


「それじゃあ、次は僕かな。僕は両前文彦、二年生だ。こんなナリでって思われそうだけど、音楽部にいるよ」


 そう言って微笑む彼、両前。人当たりの良さそうな雰囲気だが――けれど水守のことなどまるで気に留めたふうもなく、一方的に自分の自己紹介を終えてしまった。

 そんな彼の態度に美月が少しむっとしていると、さらに次……口を開いたのは、鴻上だった。


「…………鴻上アラタ。一年」


「なに、それだけ? まあいいけど、別にあんたの部活なんて聞きたくもないし。……あ、でも。ひょっとしてそんな見た目のくせして意外とヲタク系だったりして?」


「るせぇよ。とっとと自己紹介しろ、ブス」


 そんな鴻上の態度に、最後にあの女子生徒がけだるげな表情のまま小さく手を挙げた。


「田村つぐひ。三年で、書道部よ。おわり」


 あくまであっさりとしたその発言で、美月と六花を除いた六人が一応(水守はできていないようなものだが)が自己紹介を終えた形になる。

 すると今度は氷室が、美月と六花をじっと見つめて促すように手を差し出した。


「では、新顔のお二方も」


 そんな彼の言葉に、先に口を開いたのは六花。


「ええと、庭里にわさと六花、みーちゃん……水守ちゃんと同じ二年で、クラスメイトです」


「同じく、二年の八幡美月です」


 美月がそう名乗ると、同学年である両前がいささか驚いた顔で美月を見返した。


「八幡さんって……ああ、ひょっとしてあの『死霊ノ館』に住んでたっていう!」


「なにそれ」


 首を傾げる田村に、両前は嬉々とした様子で勝手に話し始める。


「住宅地の外れで、この前たくさん警察が押しかけてた家があったの、知りませんか? あの家、前にも何度も何度も住人が死んでて……この辺りじゃ死霊ノ館って呼ばれてる有名な訳あり物件だったんです。そこに住んでたんですよ、彼女」


「へぇ、コワ。じゃあこの子もあたしたちに負けず劣らず、呪われちゃってるってわけだ」


愉快そうに呟くと、田村は頬杖をついて舐めるような視線を美月に向けた。

 ……なんなのだ、この集まりは。嫌悪感が顔に出そうになるのを隠しながら、美月がじっと口をつぐんでいると――氷室が再び口を開く。


「そのくらいに。今大事なのは、僕たちが巻き込まれているこの状況なのですから」


 そんな彼の言葉に、そこで宇津木もまた喋りだした。


「ああ、そうだな! ……ところで氷室よ、正直なところ俺はあまり頭が良くないものだから、まだよく飲み込みきれていないのだが――今日こうしてわざわざ集まって、お前は俺たちに何を期待しているのだ?」


 そんな彼の素朴な疑問に、他の参加者からも同意の声が上がった。


「確かに。十束さんが自分の話した怪談と同じような目に遭って死んだ……それはいいとして、僕たちはこれからどうすればいいのかな」


 そんな両前の問いかけに、氷室はゆっくりと頷き、口を開く。


「率直に言えば、僕にも正直どうするのが最善かは分からないところです。そもそも十束さんのこと自体、本当にそれが何かしらの心霊現象によるものなのか、単なる不運な事故であったのか――そこも断定はできないのが現状です」


「あら、随分とちゃぶ台をひっくり返すのね。呪いじゃなかったら、あたしたちが勝手に怯えてパニクってるだけってこと?」


「そうなります――今のままでは、ね」


 勿体をつけてそう続け、口の端を持ち上げる氷室。そんな彼に……問うたのは、美月だった。


「今のままでは、って……貴方は一体、何をしようって言うの?」


 美月のその質問を、彼はまるで待っていたかのように愉快そうに頷いて。

 それから皆をぐるりと見回した後で……こう、続けた。


「実験をするんですよ。今ここでもう一度『七不思議会』を開いて――再び犠牲者が出るかどうか、調べるんです」

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