■4-呪われた少女-II

 先輩の名は、十束とつかまさみ。陸上部所属のエースだったという。

 そんな彼女が背骨の骨折とは不幸にも程がある話だが――とはいえ、美月は首を傾げながら水守に返す。


「……災難だとは思うけど、たまたまタイミングが重なっただけじゃないかしら。呪いとか、そういうのとは限らないんじゃない?」


 けれど水守はぶんぶんと首を横に振り、膝の上に載せた掌を震わせながら、怯えた表情で続けた。


「わたしもそう思いたい。でも……偶然とは、思えないの。だってあの人が話したのは――『十三階段』の話、だったから」


「……十三階段?」


 無言で頷く水守の代わりに、六花が口を開いて言葉を継ぐ。


「真夜中に、普段は12段しかないはずの階段に13段目ができて……それに出くわしてしまうと異界に連れて行かれちゃう、みたいなお話だったかな」


「うん。十束先輩が話したのも、大体同じような内容だった。『深夜0時に旧校舎の3階と2階をつなぐ階段を上り下りすると、存在しないはずの13段目で足を踏み外して異界に連れていかれる』って」


 十三階段の話をした当事者が、あろうことかその翌日に階段から転落してしまったというわけだ。

 ……確かに出来すぎな話ではある。当事者ならばなおさら、薄気味悪いと思うのも仕方のないことだろう。


「それじゃあ――今回の話で考えるなら、怪談を話した人が、自分の話した怪談と同じような目に遭うっていうこと?」


「……分からないけど。でも、ただの偶然じゃないと思うの。あの日からわたしの周りでも、変なことが起こってて――」


「変なことって?」


 尋ね返す美月に、水守は口ごもりながら、声を潜めて続ける。


「その……鏡の前を通るとね、中から誰かが、わたしのことを見てるの」


「鏡?」


 うつむき加減のまま、こくりと頷く水守。


「わたしが話した怪談――真夜中の合わせ鏡、っていうお話だったんだ。有名なお話だから美月ちゃんも聞いたこと、あるよね」


「ある気はするけど、細かいことは覚えてないかな……。真夜中に合わせ鏡をすると、何か起きるんだっけ」


「細かい内容はけっこうバラバラなことが多いけど……わたしが話したのは、『真夜中に旧校舎の大鏡で合わせ鏡をすると、四番目の鏡にこの世のものじゃない誰かが見える』っていうお話だったの」


「……で、合わせ鏡じゃなくても誰かの視線を感じるっていうわけね」


「う……そうなんだけど」


 バツの悪い顔で言いよどむ水守に、美月は肩をすくめて腕を組む。

 こんな揚げ足を取るような形にはなってしまったが、とはいえ水守は正直な、いい子だ。一年の時からの付き合いで、彼女がそんな余計な嘘をつくような人間でないことはよく知っている。

 それに――もともと気が強く人を寄せ付けないタイプであるうえにあの曰く付き物件に住んでいたこともあって、いじめなどにこそ巻き込まれないものの、周囲を寄せ付けない壁のようなものが常にあった美月。

 そんな彼女に、おっかなびっくりでも「友達になろう」と言ってきてくれたのが――水守と六花の二人だった。

 ……ならば、困っている友達のことを助けずしてどうする。

 そんなのは任侠じゃねえ――なんて、あの人ならば言うだろう。

 ふと脳裏をよぎった反社めいた面構えに苦笑しながら、不安げな表情の水守に向かって美月はしっかりと頷いた。


「分かった。水守ちゃんのこと、信じるよ」


「……! ありがとう、美月ちゃんっ……!」


「よかったね、みーちゃん!」


 安心したように微笑む水守と六花。姉妹みたいな二人を見つめて微笑みながら、美月は「それで」と続けた。


「信じるのはいいけど、とはいえ私、別に霊能者とかそういうんじゃないから何もできないけど……どうすればいいのかしら」


 そんな美月の問いかけに、水守は「えっとね」と言葉を続けた。


「その……この前の先輩の件で、『七不思議会』に参加してた他の人たちもちょっと気味悪がってるみたいで。それで今日の放課後、また一回集まろうってことになったの」


「なるほどね……。じゃあそこに一緒に行けば、何か分かるかもしれないね」


「そゆこと!」


 六花が大きく頷いて、それから舌を出して苦笑する。


「私もついていこうとは思ってるけど、あんまり頭脳労働派じゃないから。はっちゃんみたいな才女に一緒についてきてもらえると心強いなって思ってたんだよね」


「才女って……まあいいわ。それじゃあ今日の放課後ね。場所はどこ?」


「今度は新聞部の部室に、って」


 水守の返答に了解しつつ、美月が思いを馳せたのは――あのヤクザたちのことだった。

 もしも今回の一件があの屋敷と同じような「この世ならざる」事件だとすれば、彼らの力を借りられたら心強いのだが……なんて。

 そんなことを考えている自分に気付いて、美月は呆れ混じりのため息をつく。

 こんなことでヤクザに頼るなんて、言語道断だ。

 そう自分に言い聞かせ直して、美月は再び水守たちとの談笑に興じるのであった。

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