■4-呪われた少女-I

「……呪い?」


 水守の言葉に美月が思わず尋ね返すと、彼女は憂いを帯びた表情でこくり、と小さく頷いた。


「言おうかどうか迷ってたんだけど……美月ちゃんなら何か、意見をくれるかなって思って。その……美月ちゃんは幽霊とか呪いとか、そういうのってあると思う?」


「それは……」


 口ごもりながら、美月は水守と、そして隣の六花を交互に見やる。二人とも、単なる茶飲み話という表情でもない――昼休みの騒がしい教室の中でいささか不釣り合いな、真剣そのものの態度だ。

 だから美月は少し悩んで。それからゆっくりと、頷いた。


「私は、そういうのはあると思う。……さっきも言ったけど、前の家でもまあ、色々あったからね」


「そっか……」


 少し安堵した様子で胸をなでおろす水守。そんな彼女に美月は「それで」と続けた。


「そんなことを訊くっていうことは、水守ちゃんも何か……心当たりでもあるの?」


「それは……ええと」


 どうにも歯切れの悪い様子の水守。美月が怪訝な顔をしていると、代わりに六花が口を開いた。


「みーちゃん、相談しよう? はっちゃんならきっと、いいアイデア出してくれるよ」


「……うん。そう、だよね」


 六花の言葉に後押しされて、水守は小さく頷くと美月に向き直って口を開いた。


「ええとね、どこから話せばいいか分からないんだけど――その。わたし、呪われてるかもしれないの」


――。


 事の起こりは、一週間前だったのだという。

 六花とともに園芸部に所属している彼女だが、その日はたまたま日直の仕事があって放課後も部活に行かずに教室にいた。

 そんな時のことである、居合わせたクラスメイトから、彼女はある用事を頼まれたのだ。


「新聞部で開催してる、記事作りのための集会があるらしいんだけど……出席するはずだった子がたまたま急用で行けなくなっちゃったみたいで。それでわたしに、代わりに出てくれないかって言ってきたんだ」


「……部員じゃなくてもいいの、それって?」


「わたしもね、気になって訊いたんだけど……校内新聞のための記事のネタ集めだから、部外の人を集めてるんだって言ってて。とっても困ってそうだったから、わたし、行くことにしたんだ」


 そうして彼女はその頼みを引き受けることにしたらしいのだが。ここでひとつ、妙だと思ったことがあったのだという。というのも。


「……その集会の場所が、旧校舎だったの」


 旧校舎。十数年も前に新校舎へと代替わりし、今では使われず、取り壊しを待つだけとなっている建物だ。

 戦時中にも被害に遭わず、開校以来一度も建て替えられたことがないというおんぼろの木造校舎。そのため老朽化も激しく、一般生徒は立ち入りを禁止されているはずなのだが……新聞部がわざわざそんな場所を指定したのには、理由があった。


「……『七不思議会』。新聞部が開いてたのは、そういう集まりだったんだって」


 水守の代わりにそう告げたのは、六花だ。

 七不思議会。それはその名の通り、この学校に代々伝わっている「学校の七不思議」あるいは「学校の怪談」といった類のものを蒐集するための会合なのだという。


「数年ごとに開いて、学校の七不思議を集めて記事にしてるんだって、主催の新聞部の人は言ってたの」


「ふーん……学校の七不思議、ねえ」


 美月の場合はあまり周囲との交流がないのもあって、そんなものがあったことすら知らなかった。そう告げると、水守もまたおずおずと頷く。


「わたしも。……だからね、正直困っちゃったの。そんな集まりだなんて知らなかったから――いきなり知ってる話を話せって言われても、どうしたらいいか分からなくて」


「それで、どうしたの?」


「……嘘の怪談を、即興で話したの」


 水守の言葉に、美月は瞬きを二、三度繰り返した。


「嘘のって?」


「その……学校の七不思議とかって、有名なお話がいっぱいあるよね。そういうのの中から、思いついたお話を……話したの」


 つまりはこの学校とは何の関係もない、そこら中にありふれている話を披露したということらしい。……見かけによらず、大胆なことをする子である。

 内心で苦笑しながら、美月は話を促す。


「それで、どうなったの?」


「うん……その場は、特に何も言われずに済んで。だからそれで良かったのかな、って思ってたんだけど。その次の日に――あの事件が起きたの」


「あのって、どの?」


 首を傾げる美月に、横で聞いていた六花が意外そうな顔で口を開く。


「はっちゃん、知らないの? 3年の先輩が旧校舎で大怪我したって話」


「……あー、そういえば」


 言われてみれば数日前、朝から全校集会が開かれて何か物々しい話をしていた気がする。

 その日は前日に遅くまで東郷の事務所にいたから眠くて、寝ぼけ半分で聞いていたからほとんど頭に入っていなかったのだ。

 東郷にバレたらまたぶつくさ言うだろうな、気をつけないと。そんなことを思いつつ、美月は六花に頷いた。


「その日はあんまり聞いてなかったかも。大怪我って……何があったの?」


「うーん、全校集会じゃただ『旧校舎は立入禁止だから入るな』って言ってただけだったからよく分からないけど。他の子に聞いた話だと、なんか階段から落ちて背骨がぽっきり折れちゃって、そのまま昏睡状態になってるんだって」


「それはまた……」


 命があっただけ幸運と言うべきなのか、どうなのか。やや驚きつつ、美月は水守に向き直る。


「……それで、その事件がどう――って、ひょっとして」


 今までの話の流れからある可能性に気付いて呟くと、水守もまた、沈痛な面持ちでこくりと頷いた。


「その、怪我した先輩――新聞部の『七不思議会』に参加していた人だったの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る