■2-まだ何事もない、昼休み

 市立東芦原高校。

創立から70年以上の歴史を持つ伝統あるこの学校は、地元ではそこそこの進学校としても有名である。

 とはいえガチガチに厳しい校風かと言えばそんなこともなく、よく言えばおおらか、悪く言えば適当な部分も多い――とはいえそれでもと言うべきかそれゆえと言うべきか、風紀はわりと良い方だったりもする。

 地元暴力団が他所から流入してくる野良の売人やらチンピラやらを閉め出しているがゆえに、少年少女を非行に引きずり込む輩が蔓延しない……なんて話をささやく者もいるが真相はどうやら。

 ともあれ美月が通っているのは、そんな高校で。

 だからこそ、今の彼女は一種、校内でも特異な存在として認識されていた。


「はっちゃん、はっちゃん。一緒にご飯食べよー!!」


 昼休みの喧騒で賑わうクラス。一人で弁当を開けていた美月の元に、弁当箱を持って駆け寄ってくる二人の少女の姿があった。


 一人は小柄で、少し癖のついたセミロングの髪の可愛らしい女子。もう一人は対照的に背の高めな、サイドテールで結んだ金髪が快活さを感じさせる女子である。

 小柄な方が水守みなもり、金髪の子が六花りっか。二人とも、美月のクラスメイトで――一応、友人と呼べるだけの仲だと思っている。

 美月が何か言うよりも先にまず六花が近くの空席を引っ張ってきて陣取り、その後で「一緒でもいいかな?」と控えめに尋ねてくる水守に、美月は苦笑混じりに頷いてやる。

 見た目通り、猪突猛進傾向のある六花と引っ込み思案な水守――二人は幼馴染らしいが、なるほど良いペアだと毎度のことながら美月はそう感じていた。


 美月の広げた弁当を覗き見て、六花はきらきらと目を輝かせながら感嘆の声を上げる。


「いやぁ、いつもながらはっちゃんのお弁当は美味しそうだぁ。絶対良いお嫁さんになるよ」


「そりゃどうも。あとはっちゃん言うな」


 この六花、他人に容赦なく雑なあだ名をつけて呼ぶ傾向があるのだ。その馴れ馴れしさと見た目の良さのせいでクラスの男子たちがどれだけ勘違いして悶々としているか教えてやりたいものだが、あいにく彼女はそういう色恋へのセンサー能力がゼロに等しいため言ってもピンとはこないだろう。


「ごめんね、美月ちゃん。……あ、六花ちゃんってばもう口にお米粒つけてる……」


「え、どこどこ?」


「ああこら汁物を持ったままよそ見しない!」


 美月の抗弁などどこ吹く風で自分の弁当を広げ始める六花と、その隣で控えめに座りつつ甲斐甲斐しく彼女の面倒を見る水守。

 いつ頃からかはもう覚えていないが、この3人組が美月の昼休みの定番メンバーであった。

 騒がしい六花を呆れ混じりに見つめながら自分の弁当をついばむ美月。そんな彼女に、六花はきらきらした目で早速口を開く。


「ふぇえ、ふぃふふぃひゃん」


「飲み込んでから喋れ」


「…………ねえ、美月ちゃんっ! この前のアレ、どうなったの?」


 勢いよく水で食事を流し込むやそう問うてきた六花。アレ、というのは――まあ言うまでもない。美月の住んでいた、あの呪われた家のことだ。

 警察が立ち入ったりしたこともあり、以前にも増して美月が住んでいたあの屋敷は市内でも有名な物件となっていた。

 中から多数の死体が発見されたということもそうだが、何より警察が立ち入る直前にヤクザのような連中が出入りするのを近隣の人間が目撃していたこと、そしてさらにはあの屋敷をその後買い取ったのがヤクザと繋がりがあると噂される会社だったこと――そんなこともあって、憶測混じりの色々な道聴塗説が流布されるに至っていたわけである。

 そんな渦中、あの家に住んでいた張本人である美月も当然、噂の的となっていたわけだが。

 しかしそれを直接的に、美月本人にド直球で尋ねてきたのはこの六花が初めてだった。


「どうって、どういう」


「いやほら、はっちゃんの前の家、警察が調べたり、怖い感じの人が出入りしたりしてたんでしょ? 実際住んでてどうだったのかなって気になるじゃん」


 つくづく正直な物言いだが……それゆえにだろうか、不思議と嫌らしさも感じない。

 それが六花というこの少女の魅力なのだろう、というのは、これまでの付き合いの中で美月もよく知っていた。

 だから美月としても、周りに聞こえるのも構わずにあけっぴろげにこう話してやる。


「色々あったわよ。包丁が勝手に飛んだり、夜中足音がしたり……ついでに家の中で迷子になったり」


「すっご。それでそれで?」


「最終的に、借金取りのヤクザが全部除霊して帰ってった」


「なにそれ」


 首を傾げる六花だったが、それは話している美月としても同意見だった。

 隣で同じく真面目に聞いていた水守はというと、これまた真面目な顔で、


「ヤクザ……それって何組のヤクザさん?」


「いや、それ聞いてどうするのさみーちゃん」


 ……たまに天然が炸裂するのがこの水守という少女である。「忘れた」と返すと、再び六花が口を挟む。


「でも、そうなんだ。やっぱあのお屋敷呪いの家だったんだねー。はっちゃんが無事でよかったよ」


「そりゃどうも」


 気軽にスキンシップを取ろうとしてくる六花を押し返しながら、美月は肩をすくめて弁当に向き直る。するとそんな美月に、今度は水守が控えめな様子で話しかけてきた。


「ねえ、美月ちゃん。その、変な質問だけど、美月ちゃんは――やっぱりあのお屋敷に住んでてそんな経験もしたりして……『そういうこと』に詳しかったり、する?」


「そういうことって?」


「ええとね、その……」


 そこで少しばかり言いよどんだ後、水守は意を決したような表情でもって、続ける。


「――幽霊とか、呪いとか、そういうの」

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