DAY3-18:15-<2>

 一歩、一歩と、薄暗い廊下を警戒しながら進んでいく四人。

 ただでさえ外はもう夜。家の中を壁のように区切る無数の襖のせいもあって、家の中はどこもかしこも電灯の光があってなお暗い。

 それゆえに過敏になっていた……というのもあるだろう。古くなった蛍光灯がちかちかと明滅した瞬間、


「わひゃあぁ!?」


「ぎゃあァ!?」


ヤスが突然大声を上げて、それにつられたコイカワが飛び上がって叫び出す。

 先陣を切る東郷、最後尾のリュウジが同時に反応して構えると――ヤスがバツの悪そうな顔で苦笑した。


「……すいません、床が軋むもんでびっくりしちまったッス」


「おっ、おま、おまえなァ……! “ぶっ殺す”ぞコラ!」


「ひぃ、すんませんッスコイカワさん!」


 ヤスの安全メットの上から金属バットで小突くコイカワ。涙目でぎゃんぎゃんと喚く二人を見てため息をつきながら、東郷は再び歩を進めていく。


「緊張感ってもんはねぇのか、てめぇら」


「むしろカシラとリュウジさんがおかしいんスよぉ! この気味の悪い家で、なんでそんな平然としてるんスか!?」


「つってもなぁ、リュウジ」


「ええ。カシラがいれば怖いもんなしです」


 真顔でそう返すリュウジを変なものでも見ているかのような半眼で見つつ、ヤスは「ひぇ~……」と呟く。

 そんな彼を見ていて、東郷はふと、彼の足元に何かがこぼれているのに気付いた。


「おいヤス、そりゃ何だ?」


「え? ……うわわ、やべっス。さっきの塩の袋、開けっ放しにしてたせいで床にこぼしてたみたいッス」


 見るとヤスの言う通り、彼が歩いてきたあとに白く輝く粉がぱらぱらと落ちている。

 慌ててリュックサックに入れていた塩袋の口を締め直そうとするヤスに、けれどそこで東郷は「待て」と止めた。


「せっかくだ、お前このまま塩撒きながら歩け」


「え、何でッスか?」


「なんとなくだ。こうしておけば、昼間みたいに変な場所に閉じ込められずに済むかもしれん」


「了解ッス!」


 そんなやりとりの後。彼の撒いて歩いた塩が功を奏したのかは定かではないが――今度は昼間のような足止めはなく、四人はあっさりと仏間まで辿り着いた。

 十六畳ほどはあるだろうか。広々とした空間ながら周囲は襖で仕切られていて、明かりは電灯のもののみ。奥にはぽつりと仏壇が収納されているのが見えるが、他はせいぜい部屋の隅に段ボール箱が数個積まれている程度で、広さに対して置かれている物は少ない。

 そして――壁には、なるほど以前にコイカワたちが言っていたように、無数に四角い変色痕が残されていた。


「……とりあえず、手分けして探してみるぞ」


 そう東郷が言うと、各人が部屋中に散らばって辺りを探り始める。東郷もまた、壁へと近づいてその変色痕を観察し始めた。

 恐らくは何かが、そこそこ長い間ここに飾られていたのだろう。よく見てみると壁には釘穴がある。

 絵画か、あるいはこのサイズだと――


「なるほど、写真か」


 ぽつりと呟いた東郷に、近くにいたコイカワが不思議そうな顔をした。そんな彼に、東郷は己の着想を告げる。


「お前らが言ってたこの壁の痕……こいつは多分、写真の額が飾ってあったんだろう」


「はァ、写真ですか。けどこんなに飾ることってあります?」


「ヤクザの屋敷なら不思議じゃねえさ。おおかた木藤会の歴代組長の肖像でも飾られていたんだろう、うちの親父殿の屋敷にも同じようなのはあるぜ」


 近年に新興したようなチンピラ上がりの組は知らないが、経極組のような歴史の長い極道はそうした伝統を重んじるものである。

 木藤会が全滅し売り家になった際に、ここにあった写真も全て業者に撤去されたのだろう。


「いやぁ、分かってみるとなんてことのないことッスねー」


 そんな呑気な声を出しながら、壁の痕跡を眺めていたヤス。だがその時――不意に彼が、悲鳴を上げた。


「わ、わわわわ!」


「んだよォヤス、まーたビビってんのか。騒ぎが多き……うどぉわ!?」


 そう言いかけたコイカワまでもが驚愕の声を漏らしている。その騒ぎに視線を移すと……東郷は眉間のしわを深くする。


 壁に残ったいくつもの痕跡、写真掛けのためだろう、そこに開けられたいくつもの釘穴。

 ……ヤスたちの正面の壁に開いた無数の釘穴から、赤黒い液体が流れ出していたのだ。


 最初はひとつの穴から、だんだん周りの穴からも流れ始めて――鼻腔をくすぐるのは鉄錆びた独特の臭気。

間違いない、血の匂いだ。


「カシラぁ! やべえッス、やべえッスよぉ!」


「“呪”いだァ! ひええぇぇぇ!!」


「うるせえなお前ら。極道のくせに情けねえ、こんなんただ血が流れてるだけじゃねえか」


「だけ!?」


 なんてことのない様子でそう言い放つと、東郷は同じく微動だにせず状況を伺っていたリュウジに合図する。

 するとリュウジは無言の意図を察して――迷うことなく拳銃を抜くと、流血している壁に向かって鉛玉を撃ち込んだ。

 発砲音とともに砂壁の表面が弾けて崩れる。そんな唐突な破壊活動を前に、ヤスは顔を青くしながら声を上げた。


「何してるッスか、リュウジさん!?」


「壁から血が出てくるなんて不思議すぎるだろう。ひょっとしたら中に何か手がかりがあるのかも知れん」


「そうかもッスけど……」


 そんな返事だけ返した後、リュウジは腰に差していたバールを引っ張り出して壁を殴りつける。

 経年劣化もあってか、表面は簡単にぱらぱらと崩れて――するとそれと同時に、壁からの流血はぴたりと止まる。


「……収まったッスね」


「いきなりぶっ放されたからよォ、悪霊もビビったんじゃねェ?」


「案外ビビりっスね! あっはっはッス!」


「ギャハハ! ざまあみやがれだ悪霊ォ!」


 何もしていないのに加速度的に調子に乗っていく二人を東郷が呆れ混じりに見つめていると――その時彼らの背後の壁に、ぴしりと亀裂が走る。


 続けざまにその亀裂を割って中から出てきたのは……腕だった。

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